【完結済】暮れ六つの絞殺~あなたにこのトリックが見破れますか?~

久坂裕介

事件編

第一話

 俺は目をつむり、両手を固くにぎつぶやいた。

「俺に全てかかっていると言っても過言かごんじゃない……」


 そして

「よし、気合、入れるか!」と両手でほほはさむように、たたいた。


   ●


 それから俺は豊島屋とよしまやを目指した。仕事が終わったので、行きつけの居酒屋で一杯やろうと思っていた。豊島屋の入り口に立つと、左側に長屋が見えた。『豊島屋』と書かれた暖簾のれんをくぐり、入り口の引き戸に右手をかけ、開けようとしたが開かなかった。

「あれ?」と左手もかけて引き、やっと開けた。


 中に入ると店員の奈緒なおは、しっかりと俺の目を見て、はつらつとした声でむかえた。

「いらっしゃいませ! 新右衛門しんえもんさん」


 奈緒は客に対応する時はしっかりと、目を見た。それが目当てでくる客もいた。

 そして奈緒は黄色地に花柄の模様もようが入った着物を着て、白い前掛まえかけをしていた。


 俺は

「やあ、奈緒ちゃん」と返した後、奥にいる背の高い女主人のおこんに、文句を言った。

「やい、おこん! 入り口の引き戸が固いぞ、どうなってんだ!」


 おこんは青の着物を着て、たすきけもしていた。するとおこんは大声で返した。

「何、言ってんだい! そんなこと私に言ってもしょうがないだろ! 

 それにいきなり何、余計なことを言ってんだい!」


 俺は少し考えた後、小声で答えた。

「それもそうだな……、悪いな」


 そして注文した。

「ええと、取りあえず酒一合としめと、まぐろの刺身さしみね。あと奈緒ちゃん、今日も可愛かわいいね」


 すると奈緒は

「はーい。おこんさん、煮しめと、まぐろの刺身をお願いします」と伝えて、おこんは「はいよ!」と答えた。


 つまり俺の『可愛いね』は、無視された。だが俺は、くじけなかった。次こそは奈緒ちゃんを笑顔にしようと、決意した。


 豊島屋は入り口から見ると左側に、客に酒とさかなを出す横長の台が壁と平行に置かれていて、その前に腰掛用の酒のだるが三つ並んでいた。そして、その空き樽の間に二枚の板を渡していて、五人まで座れるようになっている。


 横長の台の奥では、おこんが肴を調理し、奈緒が酒や肴を客に出していた。

 更に食器等が置いてあるたなもあり、その左横の壁には十枚ほどの肴のお品名しながきが書いてある張り紙があった。

 また入り口から見て右側には、四枚のたたみかれていて座って飲めるようになっている。


 更に入り口から真っすぐ行った奥にはかわや(現在のトイレ)と書かれた板がってある扉があった。


 江戸時代は居酒屋に女主人や、女性の店員がいることは珍しかった。


 俺は、おこんに言い放った。

「しかし、いとこなのに全然似ていないなあ。奈緒ちゃんは目がぱっちりしてて、こんなにかわいいのに、お前は目が細いもんなあ。

 やい、おこん! お前、『どうしても居酒屋をやりたい。奈緒ちゃん、手伝ってくれない?』って言って奈緒ちゃんに手伝ってもらっているんだろ? ちゃんと奈緒ちゃんに感謝しろよ!」


 すると、おこんは悪態あくたいをついた。

「うるさいよ! それに今日も奈緒ちゃん目当めあてできたのかい、この不良岡ふりょうおかき!」


   ●


 岡っ引きは江戸時代の町奉行まちぶぎょうや、火付ひつ盗賊改とうぞくあらたがた等の警察組織の末端を担っていて、下級役人の一つの同心どうしんやとわれていた。


   ●


俺が「不良岡っ引きは心外しんがいだなあ。今日も一日の仕事をしっかりつとめたから、可愛い奈緒ちゃんと話しながら一杯やろうと思ってきたんじゃないか、ねえ奈緒ちゃん?」と奈緒に言うと

「ええ、まあ。今日もご来店らいてんありがとうございます」と流された。


 ま、またしても流された……。だが今度こそと、俺はくじけなかった。


 俺は上半身にい青の羽織はおりを着て、下半身には灰色の肌着をはいていた。


「まあ、いいや」と呟いて俺は、おこんに自慢じまんした。

「仕事なら、ちゃんとしてるって。江戸には北町奉行所と南町奉行所があるけど、俺が所属している南町奉行所管内で起きた事件、知っているだろ? あれ、今日、下手人げしゅにんつかまえて解決したんだぜ」

「ああ、あの呉服屋ごふくやの主人が殺されたってやつだろ? どうなったんだい?」


「ああ、同心の板崎いたさきの親分の指示で、俺は主人と金銭的にもめている奴を捜したんだ。

 すると怪しい奴が二人出てきた。男と女、一人づつな。男の方は背も高い、がっしりした体格の奴で、女の方はせていて、いかにもかよわそうなやつだった」


 おこんは興味を持ったようで、話をうながした。

「うん、それで?」

「うん、それで板崎の親分は考えた。主人は首をなわめられて殺されていた。男が首を絞められたら当然、抵抗するだろ?

 それでもなお首を絞めて殺すなんて、力のある男にしかできない、か弱い女には無理だってな。

 それで男の方を問い詰めると『自分がやった』と白状したんだ」

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