第55話 蜜月旅行④

 青い空がどこまでも広がっている。

 天候にも恵まれ、ライゼン王国の王家が仕切る決闘試合はちょっとしたお祭り状態になっていた。会場の外には屋台が並び、大勢の観客があつまり盛り上がっている。


「あれだな、獣人族ってこういうイベント好きだよな」


「ああ、わかるわ。私が試練で来たときもトーナメント組まれたときも、大きなお祭りみたいになってたわ」


「あはは……すみません。もう獣人族のサガとしか言えないです。戦いがからむことは常に全力で真剣なんですよ」


 気まずそうにエルゼが視線を外にそらして言い訳した。


「それでも、活気があっていいことだ。俺がいたときはもっと鬱屈した感じだったから。まあ、そういう意味でキーステッド王子も国を盛り上げたことになるな」


「ええ、真っ直ぐなのはいいのですが、もう少しだけ深く考えてほしいのです。今回の件だって、エルフの国の王女様に横恋慕だなんて……父が絶句してました」


「そうか……まあ、真っ直ぐなのはわかる」


 いまでは他国との行き来が盛んになったとはいえ、いまだエルフへの畏敬の念は消えていない。

 俺がシェリルと結婚したことで、他のエルフたちも他の種族へ興味を持つようになっている。


 でも、シェリルだけはダメだ。


「レオ、私はあなたの妻よ」


「うん、俺も誰にも渡すつもりはない」


 そうして俺とキーステッド王子の決闘試合がはじまった。




     ***




「それではご来場の皆様! 大変お待たせいたしました! これより、キーステッド殿下とエルフの国の召喚魔法士であるレオ様の決闘を開始します!!」


 審判でもあり司会でもある猫種の獣人族の掛け声で、会場は一気に大歓声に包まれた。


 石のタイルでできたステージに上がると、キーステッド王子はすでに臨戦体制に入っている。


「逃げずに来たか! お前を倒して、愛しいシェリルをもらうぞ!」


「シェリルは俺の妻だ。絶対に渡さないし、勝手に呼び捨てにするな」


「それでは、はじめっ!!!!」


 審判の掛け声で試合がはじまった。


「ゼウス」


 ゴッド召喚をしたことで、俺の右手に雷轟刀があらわれる。


「ふん、そんな細い剣などすぐに折ってやる!!」


 そういうとキーステッド王子の身体中に魔力がみなぎり、拳や脚からは炎が揺らめきたっている。

 エルゼと同じ燃えるような夕日色の瞳は、真っ直ぐに俺を射抜いていた。


 まばたきほどの一瞬でキーステッド王子は距離を詰めて、炎をまとった拳を振りかぶる。

 俺はそれをヒラリと避けた。そのあとも次々と拳や蹴りを放ってくる。


「……この程度じゃ俺は倒せない」


 繰り出してきた拳を炎ごと掌で受け止めた。魔力のこもった炎をゼウスの雷魔法で相殺すると、バチッと音を立てて掻き消えた。


「何だ!? くっ! 炎が出ない……!」


「この攻撃は俺に通じない。次はどうする?」


 キーステッドはギリッと奥歯をかみしめて、俺をひと睨みして大きく後ろへ飛んだ。


「それなら本来の姿でやるだけだ。解放リベレイト


 獣人族の強さの秘密はこの能力の解放にある。

 身体に流れる獣の血を呼び起こして、体の作りすらも変えて全ての力を発揮するのだ。


 ライオン種のキーステッドは金色の立髪をはやして、腕も足も人型のものとは別のものに変形していく。艶やかな黄金の毛並みに、太くしなやかな四足。先だけ黒くなった尾はユラリと揺れて立ち上がっている。


「ガオオォォォッ!!」


 大きく開いた口から覗くのは鋭い牙だ。ひと噛みで俺を食い尽くせそうなほど大きな巨体に、観客も静まり返る。


「天地雷轟!!」


 雷轟刀から雷魔法がほとばしり、金色のライオンを襲った。いままでと比べ物にならない速さで、雷魔法を避けていく。


「ガウッ!!」


 雷轟刀を持つ右手目がけて喰らいついてくるのを、わざと受けた。刀身を折ろうとガッチリ噛み付いたキーステッドはギロリと俺を睨みつける。


「そろそろ終わりだ」


 俺は魔力を込めて思いっきり雷魔法を放った。瞬間的にほとばしる紫雷はキーステッドの体内を灼き尽くす。


「グガアォォ!!」


 黄金のライオンは痙攣しながらゆっくりと体を地面に沈めた。


「勝者、召喚魔法士レオ様っ!!!!」


 審判の勝者宣言で、決闘試合はあっけなく終わった。


「アクア、頼む」


『久しぶりに呼び出されたと思ったら、獣人族の王子か』


「うん、ゼウスの雷喰わせた。全快するまでしっかり頼む」


 淡いブルーの光がキーステッド王子を包み込むと、獣化が解けて人型の姿に戻っていく。


「うっ……ゔゔ……」


「お、目が覚めたか。気分はどうだ?」


 キーステッド王子は、何度か瞬きをしてやがて状況を理解したようだった。


「私は……負けたのか! お前、いや、レオ様! 師匠と呼ばせてください!!」


「は?」


「あんなにあっさりと倒されたのは初めてです! 貴方様は強い!! どうか私をご指導いただきたいっ!!」


「はぁ!?」


 シェリルとエルゼに視線を向けると、シェリルはやけに遠くを見ていて、エルゼは頭を抱えていた。


 そうか、キーステッドがまた暴走しているようだな。うーん、いまなら俺の話を聞くだろうか?


「キーステッド王子、この試合が何の試合かわかってるのか?」


「はっ! も、申し訳ございません! 私が身の程もわきまえず、レオ様の奥方に懸想いたしました! もう今後はこのようなことは二度といたしません!!」


「それなら許そう」


「なんと広いお心! 誠に感謝申し上げます!! そしてどうか他人行儀な呼び方などせず、キースとお呼びください!!」


 毎度思うけど、獣人族の掌返したような態度の変化にビビる。ついさっきまで俺を喰い殺すような勢いで襲い掛かってきたとは思えない。


 でも、ちゃんと認めてもらえれば信用できる相手なのは理解している。


「キース、もうひとつ進言がある」


「はい、何でございましょう?」


 真っ直ぐに見つめてくる瞳は曇りなく澄んでいる。先日シェリルに向けていた熱い視線が、いまは俺に向けられていた。


 これだから獣人族って憎めないんだよなあ……。こんな風に見つめられたら、何とかしてやりたくなるじゃないか。


「まず、既婚者にはアプローチしたらダメだ。王族として他の人を不幸にするようなことはするな」


「不幸……そうですね。もし愛し合っている夫婦なら、不幸にしてしまう……考えが至りませんでした」


 いや、あと少しだけ考えたらわかるだろ。まあ、次からしないならいいか。


「だから、次からは思ったら即行動するのはやめろ。必ず一度考えてから行動に移せ」


「考えてからですか?」


「自分の行動で誰かを傷つけないか、誰かが悲しまないかだ。この辺はエルゼに聞いてもいいと思う」


「……なるほど、わかりました。師匠のおっしゃる通りにします!」


 なんかすっかり師匠になってるけど……訂正するのも、もう面倒だな。


「それじゃぁ、これで終わりだ。いいな?」


「はいっ!」


 こうして平和的解決で、試合は幕を閉じた。




     ***




 あのあと、エルゼからライゼン王国へ報告をしてもらって、キースはいましばらくの猶予をもらえた。次に暴走によって王族らしからぬ行いをしたときは問答無用で廃嫡されるそうだ。


「レオ様、シェリル様、ぜひまた来てくださいね!」


「師匠……次にお会いした時は、自慢の弟子だと言ってもらえるよう精進いたします!!」


「ああ、また来るよ。ふたりとも頑張れよ」


「今度は公務になるかもしれないけど、またね」


 エルゼとキースの見送りを受けて、俺たちは次の国へと向かうことにした。当然のようにシェリルを横抱きにすると、顔を赤くして俺の肩に隠れるようにくっついてくる。


「こ、こんなところで……ふたりが見てる前でお姫様抱っことか……恥ずかしいわ」


 え、そうなのか? これが恥ずかしいのか?

 俺にとっては手を繋いで歩くのとなんらわからないんだけど。というか、むしろ。


「シェリルは俺のものだって見せつけてやりたいけどな」


 さらに耳まで真っ赤にして抗議するシェリルが、たまらなく愛おしかった。




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