第54話 蜜月旅行③
エルフの国の西にあるのは獣人の国ライザンだ。険しい山々に囲まれたこの国は、獣人族たちの身体能力がなければ住むことさえ叶わない。
また魔物の襲撃から国を守ってきたため、戦闘能力の高いものが代々国王を務めてきた。
だからこそ獣人族は強者に絶対服従なのだ。
「レオ様! シェリル様! やっと我が国ライザンに来てきただけたのですね! 本当に本当に嬉しいです!!」
「ああ、エルゼ。久しぶりだな。元気だったか?」
「出迎えてくれたのね。ありがとう。エルゼも変わりはなさそうね」
ライゼン王国に入るなり出迎えてくれたのは、この国にお王女であるライオン種のエルゼだった。以前に俺もシェリルもエルゼを倒しているから、会うたびによく尽くしてくれている。
異国にいる妹のような存在になっていた。
「はい! 父はあいにくエルフの国へ出向いていていませんが、兄様が武者修行の旅から戻ってきているんです。よかったら紹介させてもらえませんか?」
「へえ、十年間旅に出てるって言ってたお兄さんが戻ってきたのか」
ライゼン王国では次期国王は見聞を広げるため、武者修行の旅に出る習わしがあるそうだ。エルゼの兄である王太子キーステッドは、海を越えてさらに東の島国へ旅に出ていてやっと戻ってきたのだ。
「強くて逞しくて自慢の兄なんです! シェリル様も紹介したいのですが……問題ないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言った一時間前の自分をぶん殴りたい。
「君は……あの身のこなしは只者ではないな! しかもこのように気高く美しい! なんて理想の女性なんだ!! 頼むオレと結婚してくれ!!!!」
会うなりシェリルに攻撃を仕掛けてきて、あっさりと避けたシェリルにこともあろうか求婚してきたんだ。シェリルは次期女王だからと先に入室させたのが間違いだった。
「断る。シェリルは俺の妻だ」
「何っ!? すでに夫がいるのか!? ならばオレと勝負しろ!! オレが勝ったら、この女はオレの妻としてもらう!!」
「……シェリル、
「レオ、落ち着いて。それでは国際問題になるわ。でも私も気持ちは同じよ」
「ご、ご、ごめんなさい……戻ってきてからまともだったから、大バカが治ったと思っていたんですー!!」
ライゼン王国に入国して一時間半。この国でのハネムーンも楽しくなりそうだ。
***
「エルゼ、もう頭を上げて。大丈夫よ、ちょっと国民の前でコテンパンすることになるとは思うけど」
「死にさえしなければ、後でいくらでも回復するから安心しろ。獣人族は頑丈だし、大丈夫だろ?」
いまだに青い顔で震えているエルゼを、土下座からなんとか起こしてソファーに座らせた。
ここは王都で最高級の宿屋にある特別室だ。お詫びにとエルゼが部屋を用意してくれた。
「あ、兄が大変申し訳ございませんでしたっ!! あの十年も修行の旅に出されていたのは、何も考えず突っ走るクセを治すためでして……本当に申し訳ございません!!」
「それで、本当に思いっきりやっていいんだな?」
エルゼがコクリと頷く。
緊急用の魔道具でライゼン国王に確認をとったところ、廃嫡も視野に入れてのゴーサインが出たと説明してくれた。俺たちへの対応も国王の指示だった。
「私の方で会場と国民への周知はいたします。王族たるもの発言や行動には責任を持たないといけません。もちろん兄を紹介してしまった私もです。どうか兄をぶちのめして、目を覚まさせてください」
こうして俺とキーステッド王太子の決闘が五日後に開催されることになった。
その間はライゼン王国をのんびり観光したり、名物の食べ歩きをしたりして楽しい時間を過ごした。
シェリルの長い耳がいつも上下に揺れて、それだけで俺の心も羽のように軽くなる。
「そうだ、シェリル。今夜は一緒に来てほしいところがあるんだ。明日はもう決闘の当日だしチェックアウトして行ってもいいか?」
「ええ、もちろんよ。でも、どこにいくの?」
「俺の秘密基地」
シェリルと一緒にやってきたのは、かつて俺がこのライザン王国で拠点にしていた山小屋だ。
ここを離れるときにメリウスの結界を張ってきたので、魔物に荒らされたり、他の獣人族に見つかることはない。
王都で必要なものを買い込み、クリタスと山小屋へ移動する。
「まあ! なんて素敵なの!」
「ライザンにいた時はこの山小屋で暮らしてたんだ。こんな山奥だから獣人族も滅多に来なくてよかったよ」
買い込んできた食料や飲み物を出して、天井を見上げる。屋根が半分までしかなくて、残りの半分は結界を張っている。これで室温を一定に保てるし、外の雄大な景色も見れて掃除いらずの一石三鳥だ。
両サイドにはレールに括り付けられたカーテンがあるから日差しを凌ぐこともできる。
「特にこの天井から外が観れるのが素晴らしいわ! ここには季節ごとに来たいわね」
「そうだな、まとめて休みが取れたらまた来よう。お昼はスモークサーモンのバケットでいい?」
「え! レオが作ってくれるの!?」
「うん、まあ、一人暮らしは慣れてるし。簡単なものでいいなら作るつもり」
するとシェリルが料理を始めた俺の背中からギュッと抱きついてきた。白くて細い腕が俺に巻き付いている。
「どうしましょう……嬉しすぎて顔がニヤけるわ。そして私の夫がスパダリすぎて感激だわ」
「スパダリ……? なんだそれ?」
「あ、それはね、この前アリエルからお薦めされた市井で流行りの恋愛小説にあったの。スーパーダーリン、略してスパダリよ。とにかく完璧な旦那様ってことよ!」
「とにかく褒められてるのは理解した。でもそんな言うほどじゃないと思うけど?」
背中にシェリルのぬくもりを感じながら手を動かす。野菜をちぎって買ってきた素材を挟み込むだけの簡単なものだから、まったく邪魔にならない。
むしろシェリルからこうやってくることがあまりないから、このままにしておきたい。
「何を言っているの、魔法学園の図書室の本を読破して蓄えられた知識量に、エルフの戦士たちも唸らせる強さ。それに各国の王女たちを虜にする甘いマスクと容姿、優しくて頼り甲斐のある性格なのに全ての召喚魔法を取得するほどの努力家。それなのに私を大事にしてくれて料理までできるなんて他にいないわ!!」
なんだかよくわからないけど、とりあえず納得しておいた。そうじゃないと、背中がムズムズして仕方ない。かなり盛られていたけど、気にしないことにした。
「シェリル、できたよ。さあ、食べよう」
買ってきたばかりのバケットは外はカリッとして、中はふわふわもちもちしている。そこにスモークベーコンとクリームチーズ、レタスを挟んでバジルソースをかければ完成の簡単なものだ。
火のエレメントにバケットだけ先に炙ってもらったから、さらに小麦とバターの香りが立って、これだけでもご馳走みたいだった。
「んんっ! レオ、絶品だわ!」
シェリルが喜んで食べてくれている。それだけで俺は幸せだと思っていた。
この山小屋はシェリルの元を去ったばかりで、誰とも接触したくなくて建てたものだった。
あの時の俺は抜け殻になっていたけど、いまは違う。ひとりで見上げていた空は色褪せていたのに、ふたりで見上げる空はこんなにも色鮮やかだ。
夜になり満点の星が煌めく夜空を、シェリルと横になって見上げていた。今夜はリビングにマットを敷いていつでも寝られようにしている。
「レオ、とても綺麗ね……」
「うん、これをシェリルに見せたかったんだ」
「そうだったのね。ありがとう。でも、ここはレオにとって特別な場所だったのではないの?」
「どちらかというと、ツラい場所だった。だから何年も来れなかったんだ。でも、いまはシェリルが隣にいてくれるから、楽しい場所に変わったよ」
シェリルがむくりと起き上がって、そっと優しい口づけを落としてくれた。
「私はずっとレオの隣にいるわ。何があっても側にいる」
「うん、俺も。もう何があっても二度とシェリルの側から離れないよ」
ついばむような口づけは、だんだんと深くなる。もっと深いところで繋がりたくて、俺の腕の中にはシェリルがいるんだと感じたくてシェリルと入れ替わった。
「レオ、愛してるわ」
「俺も、世界中でシェリルだけ愛してる」
そのまま心ゆくまでお互いの気持ちを刻みつけるように、深く深く愛し合った。
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