第53話 蜜月旅行②
「まあ! 魔法学園なんて久しぶり!」
「そうだな、何年ぶりだろう」
数年ぶりの魔法学園に俺もシェリルも懐かしい気持ちで胸がいっぱいだった。
俺にしてみたら苦い思い出の方が多いけど、それを打ち消すくらいのシェリルとの思い出がある。
あの頃と何も変わらない学園内に、ほんの少しだけ気持ちも当時に戻ったようだ。シェリルも同じように感じているのか、空き教室に入っては教壇に立ってみたりしている。
今日は週末で学園は休みだから、人影はほとんどなく来園目的は同窓会として申請してあった。
さすがシルヴァだ、上手いこと手を回したな。
あの時シェリルは、精霊魔法の講師として魔法学園で過ごしていた。
「シェリルはまた講師をやりたい?」
「ふふ、そうね。生徒たちのキラキラして純真で真っ直ぐな瞳が忘れられないわ」
「じゃあさ、俺に精霊魔法を教えて。シェリル先生」
そう呼ぶとシェリルは翡翠色の瞳を見開き、やがていたずらっ子のように笑った。
「わかりました。では、レオ君に特別授業を始めます」
そしてお遊びで始めたはずの先生ごっこは、いつのまにかスパルタ教育になっていた。
「違うわ。レオ君は精霊大王ティターニア様の加護を受けているのでしょう? それならこれくらいはできるわ、やってみて」
「ちょ、シェリル? 他にも……」
「レオ君、先生を呼び捨てにするのは良くないわ。ほら、やってみて」
くっ、シェリルがわりと本気で精霊魔法を俺に仕込んでくる。ちょっとしたお遊びで始めたはずなのに、なぜ俺はいまここで真剣に精霊魔法の使い方を教わっているのだろう?
そんな疑問を抱きつつ、促されるまま精霊魔法を発動させた。
「……我は願う。この身を支えし大地の杖」
すると床板から細い枝が伸びてきて、何本も絡まっては立派な王座を作り出した。そうだ、この二時間シェリルの特訓を受けて、いままで使えなかった精霊魔法まで使えるようになっていた。
「よしっ! 想像通りの椅子ができた!」
「さすがレオ君だわ! こんなに早く精霊魔法を使いこなせる人は初めてよ!」
だけど真剣にやって結果がでれは、それはそれで嬉しいもので今度は俺が夢中になりはじめた。
何事も極める時は楽しい。どんどんできることが増えていって、自分の成長を肌で感じとれる。
「なるほどな……召喚魔法は依頼で、精霊魔法は願いか。ああ、しっくりきた。シェリル先生、次の課題は何ですか?」
「レオ君、いいわね! 次はさっきの椅子を別の木の枝で持ち上げてみましょう」
こんなことを繰り返し、さらに数時間が過ぎた。
楽しい。新しい魔法が使えるようになるのは、たしかに楽しい。だけどな、もうそろそろいいと思うんだけど。
「シェリル先生。俺だいぶ上達したと思うですけど、まだ続けますか?」
「そうね。せっかくだから、ここまでできたなら次の段階にも進みたいわ」
「なあ、シェリル。そろそろ……」
「レオ君、さっきも言ったけど先生を呼び捨ては良くないわよ」
そうか、まだ止めたくないのか。それなら、もうヤメテって言うまでやってみようか。
どうやら、愛しい妻は先生ごっこに夢中のようだ。ご希望に応えるのが、夫の務めだな。
「わかりました。シェリル先生が納得するまで続けましょうか」
「本当に!? レオ君ならもっと上を目指せるわ! 一緒に頑張りましょう!」
「我は願う。愛しき人の安息」
俺の言葉に床から新たな細いつる草が何本も出てきて、弾力のあるひとり掛けのソファーを再現する。シェリルの足元に用意したそのソファーに座るよう促した。
「シェリル先生はずっと立ちっぱなしで疲れたでしょう?」
「ありがとう! レオ君は優しいのね」
「シェリル先生にだけ優しいんですよ。もっと優しくしてもいいですか?」
「えっ、もっと?」
パチンと指を鳴らすと、さらに細いつる草がソファーから伸びてシェリルの手足に巻きついた。
「えっ、レオ? これはなに?」
「シェリル先生、生徒を呼び捨てにするのは良くないのでは?」
「待って、これっ! ふあっ!」
ソファーから動けないままのシェリルの長い耳をそっとなであげる。ゾクゾク震えるのを我慢している表情がさらに俺を煽った。
「そうだ、足のマッサージをしてあげます」
シェリルの白くて細い太ももをゆっくりとなでながら、長い耳を甘噛みすると、短く甲高い声が上がった。
「ひああんっ!」
「シェリル先生、どうですか? 俺のマッサージは気持ちいいですか?」
「待って! ダメよ、こんなところで、誰かに見られっ、あぁっ!」
耳から首へと唇が移ると、力が抜けたように抵抗が弱くなった。俺の右手はシェリルの内腿の付け根に指を這わせている。
「足の付け根をマッサージすると、体の老廃物が排出されやすくなるんですよ。これで足の疲れが取れるといいのですが」
「待っ……て、レオ……んっ、こんなの、あんっ!」
「あ、すみません、シェリル先生。こちらも凝ってますね」
わざと柔らかな胸膨らみの先端を擦るように手の甲で触れれば、たまらないと言わんばかりに声を上げた。先端に触れずに、焦らすように円を描いた。
でも、まだ足りない。もうヤメテという程にはまだ足りない。
「レオッ……はっ、も、ダメェ……」
「ダメなのはシェリル先生でしょう? 俺がどれくらい精霊魔法を使いこなせるようになったかしっかり見てくださいね」
そうして指を鳴らして、教室の出入り口を完全に塞いだ。
「ほら、これで誰も入ってこれないし、声も外に漏れませんよ」
結局シェリルがヤメテと懇願するまで、じわじわと焦らし続けた。
「もう! レオは精霊魔法は絶対禁止!!」
「そうか、せっかく覚えたのに残念だ」
「今夜は絶対にレオにヤメテって言わせるんだから……!」
シェリルはリベンジに燃えていたけど、結局ヤメテと言ったのはシェリルの方だった。まあ、これは日付が変わって夜が明ける頃の話だ。
***
図書室にある秘密部屋は、仕掛けはそのままで中の様子が少しだけ変わっていた。
壁一面の本棚は変わらないけど、テーブルが少し大きいものに変わって椅子もクッションがついて六脚になっていた。
俺たちの他にもヴァルハラの古書を読んで、この秘密部屋を使っている生徒がいるかと思うと嬉しくなる。
「ふふ、ここに来ると、いつもレオに抱きしめてもらったことを思い出して、ひとりで恥ずかしくなってたわ」
「え、シェリルもだったのか? 俺も平気なふりしてたけど、実はいつも思い出して気まずくなってたんだ」
「まあ、そうだったの? そうね、あの頃はまだお互い片思いだったものね」
「……リベンジ、する?」
熱のこもった瞳で見つめれば、同じ熱量で返してくれる。さっきも散々焦らしたから、シェリルは欲しくてたまらないとねだるように寄り添ってきた。
「レオ」
愛しげに名前を呼ばれれば、俺にあらがう術はない。何より大切な妻の希望を叶えるべく、華奢な身体を抱き寄せた。
「シェリル……愛してる」
「私も愛してるわ」
熱い視線が絡まり、一瞬だけあの時に戻ったような錯覚に陥った。何もかも頭から吹っ飛んで、ただ目の前の愛しい人だけしか目に入らない。
鼻先が触れ合って、その柔らかい桜色の唇に触れる瞬間————
ガコンッ! ガラガラガラガラ!
「レオ、シェリル! 待たせたな、遅くなってすまない!」
「ごめんね、至急の案件があってそれだけ片付けてきたの!」
少し息を切らして駆けつけてきたシルヴァとアリエルは、満面の笑みで秘密部屋にドカドカと入ってきた。
俺はシェリルの肩に顔を埋めて、深い深いため息をつく。
「…………お前らと友人辞めてもいいか?」
「は!? 何故だ!?」
「まさか…………また? 嘘でしょう? シェリル、ごめんね」
「アリエル、いいの。ここは神聖な
俺は強い脱力感に襲われ、シルヴァは意味がわからずうろたえて、アリエルは気まずそうに視線を逸らし、シェリルは悟りを開きかけていた。
あの時から変わったようで変わっていない四人の同窓会は、最後には別れを惜しむほど楽しかった。
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