第51話 蜜月の始まり②

 ヤバい。マジでヤバい。

 シェリルが本気で俺を探しにくる。一刻も早く元の姿に戻らないと、いろいろヤバいことになる。


 俺の下衆な企みが明かされる前に、何食わぬ顔で戻らないと!!

 それにどんなにシェリルが淫らになろうとも、俺が喜ぶだけだってわかってない!!


 やはりここはリーナの元に戻るのが一番だろうか? なにせ薬の開発者だ。さっきは驚いて思わずシェリルの元に戻ったけど、全然言葉が通じないし迷子の猫だと勘違いされてしまった。


「ああ! 見つけたっ!!」


 急に視界が高くなったと思ったら、リーナに抱き上げられていた。


「ニャー! ニャニャニャー!!」

(リーナ! 早く元に戻らないとやばい!! シェリルがマジになってる!!)


「ちょっと私の部屋に来て! いろいろ試したいの!」


「ニャウ!」

(わかった!)




 初めて入ったリーナの部屋は、至る所に薬草や実験用の魔道具が転がっている。いままで頑なに入室拒否されていた理由がよくわかった。


 猫の体では嗅覚もより敏感になっていて、薬品の匂いに酔ってしまう。


「えーとね、これとこれと……こっちも足して……はい、これ飲んでみて!」


 俺に差し出された薬は、この世のものと思えないドギツい匂いだった。黒い尻尾がビンっと立ち上がる。ダラダラと猫なのに冷や汗が流れおちた。猫でも汗かけるんだなって考えをそらしたけど、もう限界だった。


「ギニャ————!!!!」

(ムリ————!!!!)


 俊敏性を生かしてリーナの足元をすり抜け、匂いから逃れたくて奥のベッドルームに駆け込んだ。

 頭がクラクラして、もう起きていられない。少しでも匂いを遠ざけたくて、頭から大きな布の中に潜り込んだ。全身が柔らかい布に包まれて、あの酔いそうな匂いも遮断してくれている。

 意識はもう落ちそうだった。そういえば昨夜はまともに寝てないな。眠……い……。




「あー! もう、レオ義兄様ったら私のベッドに潜り込んでる! ……うーん、ま、猫だしいっか。はあ、私も寝よう。変身薬作るのに徹夜したから眠いわ……」


 そうしてリーナは持ってきた変身薬と解除薬をサイドテーブルに乗せて、衣類を脱いでベッドに潜り込む。そう、いつも寝るときと同じように、ごく自然な流れで全裸になった。

 足元にいる黒猫の体温が心地よくて、すぐに深い眠りに落ちていった。




     ***




「そう……そんなことがあったの」


「きっと、薬の効果が切れて元の姿に戻っちゃっただけと思うの! それで私がうっかりいつものように美容のために全裸で寝ただけなの!」


「ニャ! ニャーニャウー!」

(そう! 俺も気がついたら元の戻ってたんだ!)


「でね、昨日調べていてわかったんだけど種族の違いで人間には強い効果が出てしまったみたいなの。こっちの薬はちゃんと調整したから大丈夫よ!」


 シェリルは穏やかな微笑みを浮かべていた。

 朝の光を受けて、銀糸の髪がキラキラと輝いて女神のようだ。

 だが透明な翡翠色の瞳は全てを凍てつかせような、恐ろしく冷めた視線だった。


「リーナ、その変身薬と解除薬は没収します。レオ、部屋に戻るわよ」


「えええ! そんなああぁぁぁ!!」


「…………迷惑料がわりなのだけど、何か不満でもあるのかしら?」


 俺とリーナはヒュッと息ができなくなる。

 ダメだ、これは逆らったらダメなやつだ。シェリルが笑顔のまま怒っていらっしゃる!!

 リーナも身の危険を感じ取ったのか、首を左右に振って必死に不満はないと訴えていた。






 俺たちは寝室に戻り、解除薬を無理やり飲みこほした。

 匂いがきつくて涙目になるが、シェリルをこれ以上不安な気持ちにさせたくないので気合いで嚥下した。途端に体が熱くなり、手足が伸びていく。視界がどんどん高くなり、たまらずシェリルを抱きしめた。


「っ! はああ、元に……戻った」


 その華奢な肩に額をそっと乗せる。腕の中の温もりが背中にも回された。細い指が俺の背中をなであげて、ゾクリと熱が走る。


 いや、待て。いくら何でも、このタイミングはない。サカるにも程がある。



「レオに……嫌われたかと思ったのよ?」



 シェリルの腕に力が入った。


「ごめん、俺もどうしていいのかわからなくて、思わずシェリルのところに真っ先に来ちゃったんだ」


「私が、その……あまりに淑女らしくなくて、愛想を尽かしたのではなくて?」


 ああ、そうだ。

 そんな愛らしい勘違いもしていたな。


「反対だ。俺を全身で感じて乱れてるシェリルは最高にそそる」


「そっ……そう、なの?」


「あー、ダメだ。我慢してたのに……乱れたシェリルを思い出したらムリ。……わかる?」


 俺のふくれあがった熱に気がついたのか、シェリルの耳が赤くなり上下に揺れている。その長耳の熱を奪うように唇を這わせて、耳元で囁いた。


「俺の下で可愛く淫らに喘いでるシェリルが見たい」


「え……でも、レオっ、あぁっ!」


 耳の後ろに、鎖骨の上に、柔らかな膨らみに赤い花びらの跡を追加して俺のものだと刻みこむ。

 シェリルは蕩けた瞳で、もう抗う気はないようだ。そのままベッドに押し倒して、ドレスのボタンを外しながら深く口づけをする。


「一回で終わらせるから」


「まっ、はぅん! レオ……ふぁっ!」


 といって一回で終われるわけもなく、夕食の時間までベッドから出られなかった。




 ゆっくりと夕食をとったあと、湯浴みを済ませてふたりの寝室に戻った。

 この間にシーツは新しいものに交換されて、サラサラの肌触りが気持ちいい。


 世話をされることにまだ慣れない部分があるけど蜜月の間くらいは甘えようと思う。そこに使う時間も惜しいほどシェリルしか見えないし、見たくない。


「それにしても……シェリルが遅い」


 そう思ったときだ。

 そっと扉が開かれ頭からタオルを被ったシェリルが部屋に入ってきた。

 いつもはタオルなんて持ってこないのに珍しい。


「シェリル? まだ髪が乾いて————」


 スルリと落ちたタオルの下からあらわれたのは、エルフの長い耳とは別のふたつの銀毛の長い耳だ。ピンと立って、周囲の音を拾っているのか時折プルンと震える。


「え……うさ耳……?」


「レオの黒猫がとても可愛かったの……! だから私も変身薬飲んでみたの……おかしいかしら?」


 自信なさげな様子もあいまって、ソワソワする小動物にしか見えない。


 何だこれ、最高かよっっ!!!!


「レオ……? やっぱりおかしかったのかしら?」


「いや、あまりの衝撃的すぎる最高な展開についてこれてなかった」


「やっぱり、おかしいわよね。すぐに解除薬を……」


「シェリル、違うよ。もう最高すぎる。ゴメン、今夜は本気で加減できない」


 本当に子ウサギのように震えているシェリルを抱きよせて、夜着を脱がせる余裕もなく組み敷いた。

 朝までシェリルを抱き潰したのは言うまでもない。この変身薬にしばらくハマりそうだ。


 こうして今日も幸せな一日が終わる。




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次の更新はまた来週です。土日に執筆して平日更新のサイクルになるかと思います。

よろしくお願いいたします。

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