第48話 番外編③-3
「離しなさい、無礼者! そのようにされずとも自らの足で歩けます!」
気高く凛とした声が、神殿の中に響く。
シェリルの左腕には、古代遺跡の魔道具がつけられていた。
この魔道具がつけられてから、精霊魔法が使えない。まるで魔法無効地帯にいるような感覚だった。
あの魔道具から出された後、黒いローブをまとった男が強引に腕をつかんでどこかに連れて行こうとしていたのだ。
「これはこれは、立派な女王様で何よりでございます」
進行方向からあらわれた男は別格なのか、黒いローブの淵に赤いラインが入っている。
ニヤリと笑う顔は、冷たい瞳で私を見ている。歪んだ口に嫌悪感を覚えた。腕輪の他にも手枷がつけられて自由の効かない手を、堅く握りしめる。
「女王様は大切な生贄ですから、丁重におもてなしするのです。ここからは私が代わりましょう」
「かしこまりました」
私を無理やり引きずろうとした手が離されて、黒いローブの男は来た道を戻っていった。
命令を下した男の舐め回すような視線が、気持ち悪い。でも、ひとつ確認したいことがある。
「生贄ですって……?」
「ええ、邪竜ディメントを復活させるために、高貴な血が必要でしてね。世界で一番高貴なエルフの女王の血を捧げるのです」
「邪竜ディメント……! そんなもの復活させたが最後、この世界は滅んでしまうわ!」
「いいえ、この邪竜の玉眼を持つものは、邪竜に喰われる事はありません。私が新しい世界の王になるのです」
そう言って首元に埋まっている、紅く禍々しい玉眼を見せてきた。
「それにしても……さすがエルフの女王ですね、美しい」
歪んだ口を舐め回す舌に悪寒を感じる。
この男、気持ち悪い! 腕輪が外れれば、一瞬でねじ伏せるのに!!
「ふむ、そうですね。血を捧げれば問題ないのですから、その前に私のオモチャになってもらいましょうか」
「……っ!!」
男がそう言うと私の体がふわりと中に浮いた。体にまとわりつく風が、とてつもない不快感を呼ぶ。
「これは、なんなの!? 私をどうするつもりなの!?」
「言ったでしょう? 私のオモチャになって頂くと」
そして連れて来られたのは、この男の私室と思われるだだっ広い空間のベッドルームだった。
レオの匂いじゃない。知らない男の匂いがして吐きそうだ。
中に浮いたまま手枷と足を鎖でつながれて、ベッドに乱暴に降ろされる。これでは、逃られない。
人生で初めて恐怖を感じたと思う。
精霊魔法が使えない。手の自由も効かない。身体能力も落ちている。鎖で繋がれて逃られない。目の前にいるのは、私をオモチャにするという男だ。
男がめくれてしまったシフォンドレスをさらに捲り上げ、私の足を撫で回す。
「ほう……滑らかな白い肌に、吸い付くような感触とは。生贄にするのが惜しいくらいだ」
いや! いや! 触らないで! レオ以外に触れてほしくない!!
イヤ————!!!!
どんなにもがいても、鎖は外れない。
「レオ————助けて!!」
流れ落ちる涙と同時に、初めてレオに助けを求めた。
***
俺はエルフの国に戻り、精霊大王ティターニアにコンタクトを取った。
【精霊大王ティターニア】
『……お前の呼び出しには逆らえないね』
目の前にシェリルと同じ色彩の精霊大王が姿を見せる。思った通りだ、ここなら俺の声も届くと思ったんだ。
「シェリルの行方がわからない。追えるか?」
『珍しく余裕がないようだ……なるほど、女王の危機か』
ティターニアが目を閉じると、淡いグリーンの光の粒があらわれてまるで生き物ようにうねり始めた。やがて周囲に溶け込むように消えていく。
『邪竜の神殿にいる。すぐにむかえ』
「ありがとう。あとは俺がシェリルを取り戻す」
俺の言葉を聞き届け、ティターニアは満足げに微笑んで空へと飛んでいった。
【クリタス】
『聞いていたわ。邪竜神殿ね』
「ああ、シェリルはそこにいる」
一瞬で邪竜神殿へと飛び、結界によって入れないことに激しく苛立つ。邪魔だな、この結界。
【メリウス】
「
森羅万象の杖で結界に触れると、途端にヒビが入り結界は崩れ落ちた。邪竜の結界だとか言ってけど知るか。俺はシェリルの方が大事だ。
【イグニス、ウェンティー、アクア、トニトルス、ラキエス、ルキス】
俺は精霊王たちを全員召喚する。もう一分一秒でも早くシェリルを抱きしめたい。
「ここにいるヤツらはシェリルを
『レオの心のままに』
そう言って精霊王たちは意気揚々と神殿に乗り込んでいく。俺は転移魔法が使えないように、ハロルドが渡してくれた魔道具を起動させた。
巨大な魔法陣を形成して、神殿全体に強力な結界が張られていく。
よし、これで一匹残らず殲滅できるな。
【ゼウス】
一番攻撃力の高い
すでに精霊王たちは神殿を破壊しながら、奥へと進んでいる。
俺も後を追いながら、見つけた組織の者にシェリルの居場所を尋ねるが誰も知らない。知らないならどうでもいいので、残党を何の躊躇もせず片付けていった。
万が一にも生き残らないように、紫雷で焼き尽くしていく。
その時、シェリルの声が聞こえた。一瞬空耳かと思った。
「レオ————助けて!!」
いや、違う間違いなくシェリルの声を拾った。
そして、俺に助けを求めている。
初めてハッキリと口に出して、助けを求めている。
ゼウス降臨で身体能力が上がったからか、俺もティターニアの加護を受けているからか。シェリルを見つけられるなら、どちらでも構わない。
全神経を集中させて、シェリルの気配を探った。極微弱なティターニアの気配を感じ取る。
「見つけた。シェリル、いま行く」
三つ先の部屋で足を止めた。
シェリルの居場所はこの下だ。かなり深いところにいる。
面倒だ、このまま破壊するか。
「天地雷轟!!」
濃紫の刀から、あふれ出た雷撃が強力で俺の足元ごと神殿を破壊した。一点集中の攻撃で、瓦礫とともに一気に三階層下まで到達する。
そこで俺の目に飛び込んできたのは、鎖に囚われ泣いているシェリルだ。
それとシェリルの足に触れている、男だ。
コイツ、何をしている?
俺のシェリルに何をしている?
瞬間的に男の首を刎ねた。
本当はミンチにしたかったが、シェリルがすぐそばにいたので手足を切り落とすだけで我慢した。
ただの肉塊となった男が床に転がっていく。
そしてシェリルに男の汚い血がかからないように、鎖を断ち切り俺の腕の中に抱き寄せた。
「シェリル!!」
「レオ! レオ!!」
半日も離れていないのに、ずっと会えなかったような切なさが込み上げる。堪えきれなくて、深い口づけを落とした。
少しも離れるのがいやで、シェリルと口づけしながら手枷を外して、腕輪を破壊する。
手枷が外れると、シェリルも俺の首に腕を回した。
お互いの熱を確かめあうように、求めあう。
もう側にいるのだと。愛しい人が腕の中にいるのだと心に刻むように。
こぼれ落ちる涙をそっと拭いて、シェリルの頬を両手で包み込んだ。
やっと唇を離したのは、足元から紅い光を放つ魔法陣があらわれたからだ。
「えっ、なんだこれ?」
「この禍々しい気配は……邪竜……!?」
振り返れば、この部屋一面に魔法陣が浮かび上がっている。地の底からの唸るような咆哮が、俺たちの身体を震わせた。
感じたことのないような絶望感と、絶対的強者の雄叫びは周りの者を恐怖の底に落とすのだった。
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