第47話 番外編③-2


 ————殺す。

 俺からシェリルをさらったヤツらは全員殺す。


 俺の頭の中はそれだけだった。

 あふれ出る殺気など気にも止めずに、どうやってアイツらをいたぶって殺すかだけを考えていた。



「……オ! レオ! おい、まず、その殺気を何とかしろ!! 護衛の兵士が泣きそ……いや、泣いてる!!」


「……ああ、すまない。犯人を殺すことしか考えてなかった」


(これは、マズイな。オレだけじゃ対処できない)


 よし、まずは犯人の調査だ。あのローブと仮面で調べがつけばいいんだが。こういうことに詳しいのはシルヴァか。


「ハロルド、シルヴァにも協力してもらう。一緒に来てくれるか?」


「ああ、オレもそう言おうと思ってたよ。最後まで付き合うから任せろ」


 俺は殺気を抑えて、護衛兵に伝言を頼む。

 シェリルがさらわれたので、犯人を追うと言えばわかってくれるだろう。千年もエルフの国を治めてきた元女王だ、心配はない。


「よし、ジオルド王国に行こう」




     ***




 シルヴァンスは、妻にこのことを伝えるか悩んでいた。

 古代竜の話まではすでに聞いているだろうが、シェリル女王が攫われたと聞けば心を痛めるに決まっている。

 二人目を妊娠しているアリエルに、負担をかけたくはない。


「でもなぁ……黙ってたら、それはそれで叱られそうだ」


 だからこそ、愛してやまないのだが。そんな高潔なアリエルだからこそ、妻に欲しいと自ら望んだのだ。


「それで、はアイツが使った古代遺跡の魔道具で間違いないんだな?」


 レオが感情のない顔で尋ねてくる。ハロルドと一緒に私の執務室にあらわれてから、この様子だ。ただ事でないのはすぐにわかった。


「ああ、それは間違いない。王城の宝物庫の奥深くに安置したはずなんだけど、偽物にすり替わっていた」


 国が管理する古代の魔道具には、盗まれた時のために追跡魔法がかけられている。これは魔法研究所の所長と副所長、国王夫妻しか知らないトップシークレットだ。


 追跡魔法が発動するのが使用した時だから後手になってしまうが、ハロルドの発明する魔道具も使えば追跡には困らない。場所を確認したらエルフの国の中心地だったのには驚いたが。


「そのシェリル女王の執務室での話を聞く限りでは、犯人は邪竜崇拝している『ベーゼ』という組織で間違いない」


 調べがついたのはつい先ほどだ。古代竜の発生には不自然な点があり、密かに『影』も使って調べていたのだ。


 そこで出てきたのが『ベーゼ』だ。世界は邪竜によって治めた方が平和になるとか、訳のわからない思想を掲げる団体だ。


 だって邪竜だぞ? 復活させたが最後、喰われるぞ? なぜ封印されているのか考えないのか?


 邪竜が封印されているのは、ドラコニクス王国だが組織の拠点などは見つかっていない。


「そして『影』からの報告によると、古代竜だけでなくエルフの国中で起きていた魔物の凶暴化についても『ベーゼ』の仕業だ。シェリル女王を誘拐するために、計画されたものだ。レオを引き離すのが目的だったんだろう」


 そのためエルフたちでは対応できず、レオの召喚魔法に頼ることになったのだ。


「わかった、その組織は俺が潰して問題ないな?」


 ヤバい、これは確実に全員る気だ。

 それは、今この場で返答できない。


「レオ、ちょっと待て。組織には様々な種族が加入している。まぁ、人間だけなら私が許可を出せるが、他の種族を殺したとなると、下手をすれば戦争が起きるぞ」


「だから何だ? 俺のシェリルをさらったというだけで死罪だろう?」


 ああ、ダメだ。完全にブチ切れてる。私の言葉では届かない。それなら、やはりアリエルに————




「レオ、ダメよ。世界中で戦争になったら、シェリルが悲しむわ」


 突如、扉を開いて入ってきたのは少しお腹のふっくらしたアリエルだ。


「……シェリルが、悲しむ?」


「そうよ、シェリルはレオと一緒に平和な世界を作りたいと望んでいるわ。それなのに貴方がそれを壊すようなことをしたら、悲しむでしょう?」


 やはり私の妻のアリエルは最高だ。おそらく魔道具でこの部屋の様子をうかがっていたのだろうな。

 結局バレバレだった。


「………………そうか、なら、全員に殺していいと承諾させる。集めてくるから三十分後に世界会議だ。準備を頼む」


 そう言ってレオは召喚魔法を使って姿を消した。


「それじゃぁ、シルヴァ、あとは頼んだわ」


「本当にアリエルには敵わないな」


 ハロルドが「オレも結婚しようかな……」と呟いたのはスルーしておいた。




     ***




 ジオルド王国の王城の会議室には、三年に一度開かれる世界会議と同じメンバーが招集されていた。シェリルの代わりにエルフの国の席には、俺が着席している。


 並んでいるのは、シルヴァンス国王の他に、獣人の国ライゼン国王、魔族の国シューリッツ国王、竜人の国ドラコニクス国王だ。


 この三十分で全員を集めてきた。有無を言わせない覇気をまとい、国王と宰相に一時間ほど時間をもらったんだ。

 ちょっと顔色悪かったり、変な汗かいてたけど、まぁ、そんな事はどうでもいい。


 だけど、シェリルの希望が世界平和なら、ここは大人の対応をしなければいけないだろう。



「忙しい中お集まりいただき、誠に感謝いたします。本日は火急の用件で各国の許可を頂きたく、この場を設けさせて頂きました」


(((いや、集まったというより拉致だよね?)))

 という国王たちの心の声は、漏れる事なく飲み込まれた。



 俺が各国を魔物討伐しながら放浪していたときに、それぞれの国王と面識があったおかげで実にスムーズに連れて来れた。


(((レオを怒らせたら、世界の危機が訪れる!)))

 これは、国王たちの総意だ。



「実は俺の最愛の妻、シェリルが『ベーゼ』という組織に拉致されました。よってこの組織を叩き潰すにあたり、皆様の許可を頂きたい」


(((レオの妻を拉致するなど、何という恐ろしいことを!!!)))

 国王たちは一気に生きた心地がしなくなる。

 そこで、シルヴァがさりげなくフォローに入った。


「許可というのは、組織滅殺の際の人員の処分についてです。ちなみに我がジオルド王国は、人員の処分をレオ殿に一任いたしました」


 要は組織をぶっ壊すときにお前らの国の民がいても、ひとり残らず殺すけどいいよな?

 という許可である。


(((そんなもの、答えは決まっているであろう!!!)))


「「「我らも一任いたします」」」


 わずか五分で満場一致の許可が出た。

 これが事後承諾なら話は簡単ではない。自国を蔑ろにされたと、立たなければならないこともある。


 だが、事前承諾だ。しかも『ベーゼ』といえば邪竜崇拝している、対処に困る連中だ。どの国も反対する理由はなかった。



「ご理解と許可を頂きありがとうございます。それでは、世界会議はこれにて解散といたします」


 国王たちを送ろうとクリタスを召喚すると、ドラコニクスの国王が送りは不要と申し出た。


「我らは翼がありますゆえ自力で帰ります。よければ他国の国王も送っていきましょう。それより、早くシェリル女王の元に参られよ」


「ありがとう、ございます」


 優しく気遣ってくれるドラコニクス国王の心遣いが嬉しかった。


「それでは、一時間で片をつけてきます。皆様、本当にありがとうございました」


 そして俺はシェリルの居場所を探るべく、エルフの国へと一度戻ったのだ。




     ***




 レオが会議室から去り、国王たちはやっと肩の力を抜いた。

 脱力感が半端ない。あれほどまでに緊張したのはいつぶりだろうか。


「さて、それではせっかく集まった事ですし、我らのに少し話をしませんかな?」


 ドラコニクス国王が提案する。


「そうですね、のために、少し話がしたいと思っていたのです」

「奇遇ですな! 私もぜひに話したかったのです」


 シューリッツ国王とライゼン国王も賛同する。


「それでは、このままをしましょう」


 シルヴァがそう言って、映像保存用の水晶を中央に置いた。これは後になってから言った言わないを防ぐため、よく用いられるものだ。


「では、議長はわしでもよろしいかな?」


「ドラコニクス国王、是非お願いいたします」


 シルヴァが場所の提供者としてお願いすると、国王たちは真剣に世界平和について意見を交わす。


「まず、レオの奥方であるシェリル女王には指一本触れてはならぬな」

「いかにも。これは演劇や本にして後世にも伝承すべき事柄です」

「それは良い案です。でもそれだけではまだ不安要素が残りますね」

「ああ、それなら」


 シルヴァの言葉に視線が集まる。


「ぜひ、早急に世継ぎを作ってもらいましょう」


「「「おお!!」」」


「そうですな、別の抑止力があれば、なんとか……」

「あれだけ奥方を溺愛されてますからな、すぐでしょう」

「懐妊しやすくなる薬草や食物を、今回の礼と言って送ります」

「では、我が国からも懐妊前に良いとされる果物を用意しましょう」


 こうして、世界平和のための開かれた会議で、密かに協定が結ばれたのだった。


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