第45話 番外編②

 私は今、重大な計画のために動いている。

 この計画をレオに知られるわけにはいかない。


 つい先日こんな楽しみ方があるのかと知ったばかりで、とにかく今はこちらに夢中だった。


「クリタス様、ありがとうございます。今回もレオには内緒にしてもらえますか?」


『ふふ、仕方ないわね。それがレオのためなのよね』


「そうなんです、あと少しなので、お願いします」


『わかったわ。上手く誤魔化してあげる』


 私はこっそりジオルド王国に来ていた。

 ある屋敷の前で誰にも見られないようにそそくさと門をくぐる。そっと扉が開かれて体を滑り込ませた。


「お待ちしてました。義姉上あねうえ


 優しいテノールボイスが耳に届く。青年へと成長した彼は、いまや立派に領地を治めるグライス侯爵だ。

 こうして密かに会うのは何度目か。手慣れた様子で受け入れてくれる。


「遅くなってごめんなさい。最近レオが感づいて、なかなかスムーズに動けないの」


「仕方ありませんね。なるべく早く済ませましょう」


「ええ、お願いね」


 そうして私は彼の後について、目的の場所へとむかった。




     ***




 結婚して半年が経った。

 まだ新婚と呼べる時期のはずなのに、シェリルが浮気しているようだ。

 しかも信じがたいことに、精霊王をつけていても何も調べられない。


 一週間に一度か二度、ここ三ヶ月ほど俺に詳しい行き先を告げずにどこかに出かけている。そして帰ってくると、俺の知らない香りを漂わせているんだ。


 シルヴァに相談しようかと思ったが、こんな話で忙しい時間を割いてもらうのも忍びなくて一人悶々と悩んでいた。


 俺の気持ちは募る一方で、結婚してからもシェリルへの愛は止まらない。


 もしかして、重過ぎたか……!?

 求め過ぎか!? たしかに毎日シェリルを貪っているが、いい加減限界だったのか……?


 わからない。直接聞くのは怖くてできない。

 今シェリルを失ったら、間違いなく世界を滅ぼす自信がある。そうだ、世界のためにも、シェリルは俺の側にいてもらわないといけなんだ。


 それなのに————シェリル、どうして……?




     ***




「は? シェリル王女が浮気している?」


「こんなことで、時間をもらってごめん。もうひとりで抱えきれなくて……」


 俺はたまりかねて、シルヴァの元を訪れていた。


「いや、まさか。それはないだろう」


「俺もそう思っていたんだけど、シェリルの行動が怪しすぎる。精霊王でも調べがつかないんだ」


「…………それなら、『影』を使っても調べるのは難しいだろうな」


「うん、わかってる。なぁ、シルヴァ、俺の何がダメなんだろう?」


 アリエルは今日は予定があるとかで、シルヴァにだけ打ち明けている。シルヴァならアリエルと上手くやっているし、何かアドバイスがもらえるかもしれない。


「うーん、私にはどこから見ても、相思相愛にしか見えないんだが」


「でも、実際に俺に内緒で何かやってるのは間違いないし、俺の知らない甘ったるい匂いをさせて戻ってくるんだ。……どこかの男の移り香かと思ったら気が狂いそうで————」


 そう話しながらも、感情が昂りゴット召喚でゼウスを呼んでしまった。


「落ち着け! レオ! 私が断言しよう、シェリル王女がレオを愛してるのは間違いない!」


(ダメだ、このままでは勘違いで世界が滅びる!!)


 シルヴァがそんな風に断言してくれた。こんな俺でも思いやりのある言葉をかけてくれて、胸が熱くなる。


 きっと悩んでても解決しないんだ。俺は見て見ぬ振りなんてできない。シェリルのことなら尚更、些細なことでも見逃したくないから。


 もし他に好きな男ができたなら、そいつを殺す前に俺が死ぬしかない。そうでもしないと、世界を壊して俺しか見えないようにシェリルを閉じ込めてしまう。


 覚悟を決めて、話をするしかない。


「シルヴァ、こんな俺の話を真剣に聞いてくれてありがとう。一度シェリルと話してみるよ」


「うん、そうした方がいい。何かあったらいつでも話を聞くからな」


 その優しい言葉を聞いて、俺はエルフの国に戻った。




     ***




 シルヴァに相談してから一ヶ月が過ぎた。


 残念なことにまだシェリルと話せていない。どうしても、他に好きな男がいるのか、聞けないでいた。


 代わりに前よりも激しくシェリルを求めている。

 シェリルの愛を確かめるように何度も抱いて、俺以外では喜びなど感じないように、弱いところばかりを攻めた。


 だけど、そんな俺の不安や焦燥感に関係なく、運命の日が訪れる。


 いつもと変わらない朝だった。

 昨夜も散々シェリルを抱いて、こぼれ落ちそうな愛をかき集めていた。愛しい妻は朝の光の中で、俺の腕に抱かれながらこう告げた。



「レオ、今日はとっても大事な話があるの。私に時間をもらえるかしら?」


「……っ! ああ……わかった」



 俺から聞く前に、この時がついに来てしまった。結局、覚悟なんて何もできていない。ただただ、シェリルを貪って俺の欲を叩きつけただけだった。


 何をやってるんだ、俺は。

 せめて、最後までシェリルの話を聞こう。そして、聞き終わったらすぐに消えればいい。俺の記憶には、シェリルが妻のままで終わらせればいい。


 最後の口づけをシェリルに落とした。




 だけど、その後に出てきた言葉に俺は固まった。


「ふふ、それじゃぁ、レオ。私と一緒に来て欲しいところがあるの。早く準備しましょう!」


 嬉しそうに準備を進めるシェリルに、俺は胸が押し潰されそうだった。そんなに俺から離れたかったのかと。

 力が入らず、されるがままシェリルと共にクリタスの魔法で転移した。




     ***




 やってきたのは、グライス侯爵家だった。

 テオが当主になってから、屋敷は以前よりひと周り大きくなっている。間違いなく俺より適任だ。


 というか、シェリルの好きな男って……まさか、テオなの、か?



「ほら! レオ、早く!!」


 やけにテンションの高いシェリルに引かれて、屋敷に入り応接室からガーデンに出る。テーブルには様々な料理が並べられていた。

 その前には、よく見知った顔が集まっている。


 シルヴァにアリエル、ハロルドにそれからテオ。

 俺は全く意味が分からず、呆けていた。



「「「「「レオ、お誕生日おめでとう!!」」」」」



 全員で声を揃えたあと、魔法で光のイリュージョンが放たれる。キラキラと輝く七色の光の粒がとても美しかった。


「ていうか……え? 誕生日?」


「やっぱり、覚えてなかったのね」

「てか、なに辛気臭い顔してんだよ! ほら、みんなでお祝いしてやるから、笑え!」


 アリエルはやれやれとため息をついて、ハロルドは相変わらず無茶振りをしてくる。


義姉上あねうえがサプライズでお祝いしたいって、頑張ってたんだよ?」

「だから言っただろう? 相思相愛で愛されていると」


 テオが補足の説明をして、シルヴァが肩をポンと叩いてくる。

 もしかして、準備していたのを内緒にしたくて、おかしな行動取ってたのか?


「レオ、大事な話はね、内緒にしてたけどこのパーティーを計画していたことだったの。もうひとつあるのよ」


 もうひとつ? まだあるのか?


「このケーキ、私が作ったの。ちょっと失敗してしまったけど、味はいいのよ?」


 テーブルの上にはお誕生日おめでとうのチョコプレートが乗った、メロンをふんだんに使って作られたケーキがあった。

 俺の一番好きなフルーツだ。


「最初はなかなか上手くいかなくて、何回も教えてもらいながら練習したの。レオ、食べてくれる?」


「……シェリルが作ったのか?」


「そうよ! レオにサプライズというものでお祝いしたかったの!」


 シェリルはそう言って、弾けんばかりの笑顔を俺にむける。

 何度も練習しただって? 


「もしかして、いつもこっそり出かけていたのって……」


「テオに協力してもらって、ここのキッチンを使わせてもらっていたの。エルフの国だとすぐにレオにバレてしまうでしょう?」


「じゃぁ、その度に甘い匂いがしていたのは……」


「えっ! 匂い!? 嫌だわ、そんなにわかりやすかったかしら?」


「そうですね。明らかに義姉上あねうえは菓子の匂いをさせていましたが……。兄上、まさか気づいていなかったのか?」


 シルヴァはニヤニヤと笑い、他のみんなは信じられないものを見るような目で俺を見る。


「嘘でしょ、あれだけ愛されてるのに……まだ信じられないの?」

「違うと思います。兄上のあれは極端に自分に自信がないんですよ」

「ああ、まぁ、過去を考えればわからなくないが、王女については心配いらないだろ?」

「そうなんだが、危うく世界が崩壊するところだったぞ?」

「本当、義姉上あねうえがからむと、途端にポンコツになるんだから……」


 これを聞いていたシェリルが、ワナワナと震え始める。

 しまった、信じてもらえないと泣かせてしまったか!?


「レオ……変な誤解を与えていたのかしら!? ごめんなさい、レオのことだから、もしかしてバレているかとは思ったの。その、最近すごく愛してくれていたから……でも、それも勘違いだったなんて……もう、どうしましょう!」


 そう言って泣きそうになっているシェリルを、きつく抱きしめた。俺があんなにシェリルを求めていたのは、計画がバレて喜んでいたからだと思われていたらしい。


 たしかに事前にわかっていたら、歓喜を抑えきれなくて暴走していたな。


「大丈夫。すごく嬉しい。誕生日に祝ってもらったのは幼い頃だけだったから、忘れてたんだ」


「本当? 私、レオを喜ばせることができたかしら?」


「ああ、今回のサプライズは大成功だ」


 至近距離となった翡翠の瞳を見つめて、心からの笑顔を送る。勝手にあふれてくる感情に任せるままにした。


「よかった! レオの笑顔が見たくて、一生懸命頑張ったの! 嬉しいわ!」


 ぱぁっと花が咲くように笑顔になるシェリルが眩し過ぎて、クラクラする。そんな風に俺のために努力してくれたことが、泣きそうなほど嬉しかった。


「……あー、いとしすぎて狂いそう。今夜も覚悟して」


 耳元でそっと囁く。言ってから思った。

 いや、とっくにシェリルに狂ってるな、俺は。


「えっ」


 長い耳まで桜色に染まったシェリルに、妖しく微笑んでいるとテオの邪魔が入った。


「兄上も義姉上あねうえも、そういうのは帰ってからにしてください。ほら、ケーキ食べましょう」


「そうだな、帰ってからじっくり堪能するよ」


 シェリルは赤い顔を俺の腕に埋めて「恥ずかしいから、もう言わないで」と小声で呟いた。


 ああ、今夜は寝かせられそうにない。

 今回は二日間の休みだったな。連休を取ったのはこのためか?

 違ってても、まぁ、いいか。心置きなくシェリルを愛せる。


 俺の狂気とも呼べる愛を、たくさん注ぐとしよう。


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