第44話 番外編①
エルフの国に戻ってきてから一ヶ月がたった。
俺はシェリルの婚約者として周知され、みんな生暖かい目で守ってくれている。
なぜ生暖かいのか?
そんなの、俺が常にシェリルの側にいるからだ。離れていた期間があったせいか、もう少しも離れたくなくて着替えや入浴以外は常に隣にいる。
朝起きてから夜寝るまで、シェリルが嫌だと言うまでは変えるつもりはない。もちろん護衛もこなし、魔物が出たといえば精霊王を派遣して国の安全を守っている。
そんな風に全力で愛を表現しているのに、シェリルの様子が昨日から少しおかしい。
俺の愛情表現が足りないのだろうか?
今日は魔物の討伐だが、ウェンティーに頼んでシェリルをお姫様抱っこしながら空を飛んでいる。
いつもならクリタスで移動するところだが、これなら現場に着くまで少しだけふたりっきりの時間が作れた。
やはりというか、シェリルが少し思い詰めた様子で口を開く。
「ねぇ、レオ。離れていた三年間のことを知りたいの」
「ああ、前にも話した通りだけど、他にも聞きたいことあるのか?」
「……他にもというより、具体的に各国の王女とどんなやりとりをしたのか教えて欲しいの」
王女? そういえば、なんだか色々あったような気もするけど、細かく覚えてないな。そんなことが気になっていたのか?
「興味なかったから、あんまり覚えてないけど……」
そう前置きしたところでシェリルの長い耳が上下に動く。少し機嫌が良くなったみたいだ。
「そうだな、最初はたしか獣人族の国で王女に会ったな。エルゼだっけ?」
「ええ、ライゼン王国のエルゼ王女ね。私も戦ったわ。エルゼ王女と何があったの?」
「強そうな魔物に襲われてたから、助けたんだ。そうしたら勝負を挑まれてあっさり倒したら……あーそうだ、求婚された。獣人族は強い相手と結婚するからって、しつこかったな」
「……へぇ、そう。次は?」
「次はシューリッツだ。サラレイスとは特別大きな出来事はなかったけど、世話になったな」
「世話って?」
「俺の実力を買ってくれて、魔物の討伐の仕事くれたり、住むところがないって話したら部屋を用意してくれたり、助かったなぁ」
「結婚してって言われなかったの?」
「ああ、冗談ではよく言ってたよ。その度に他の女に興味ないって言ってたし。初代の魔王と髪と眼の色が一緒らしくて、魔族のみんなはよくしてくれたんだ」
「…………へぇぇ、それで、竜人族の国は?」
「ドラコニクスか。あそこは隔絶された国だったから、リオナの作る料理しか覚えてないな。変わった料理で美味しかったんだ。今度はシェリルと一緒に食べたいと思うよ」
「リオナ王女が、手料理を……?」
「うん、好きな人のために料理作るのが夢だって言ってたから、俺で練習してたんじゃないか?」
「………………よーく、わかったわ」
あれ? シェリルの耳が、かつてないくらい立ち上がってる。
え? なんでだ!? ただの思い出話だったんだけど、なんで怒ってるんだ!?
「レオ、これから先なにがあっても、他国の王女とふたりきりになるのを禁止します。これは主人としての命令よ」
「あ、ああ。もちろん。そんなことシェリルがいるのにするわけない」
どうしたんだ? 他国の王女なんて会うことすら稀なのに、命令までするなんて……俺に怒ってるわけではないのか?
ま、まさか。
いやいやいやいや、まさかとは思うけど。
これは……俺にヤキモチ妬いてくれてるのか?
他国の王女と関わりがあったからって、シェリルが俺にヤキモチ……!!
うわー、これ嬉しくて顔がニヤけるな。こんなにそばにシェリルがいるのに、ニヤけそうなのバレたくない。ていうか、ヤキモチ妬くシェリルが可愛すぎるんだが!?
「それじゃぁ、今日の獲物は私に
シェリルから刺さるような闘志が放たれている。これは言うことを聞いた方がよさそうだ。
「わかったよ。今日はシェリルに任せる。でも怪我しそうになったらフォローするから」
「ええ、それでお願い」
そしてちょうどそのタイミングで、今日の魔物討伐の現場に到着した。
規模が大きい
ウェンティーが魔物の集団のど真ん中に、ふわりと下ろしてくれる。
【ヘリオス】
光剣ティターンがレオの右手にあらわれる。
シェリルは静かに烈火のような闘志を高めていた。
(ほんっっとうに、油断ならないわ!!!!)
シェリルの体の中の血がたぎる。抑えても抑えてもあふれてくる感情は憤怒だった。
(どの王女も私のレオに手を出そうとして……しかも全員名前呼び捨てなの!? しかもまだ諦めていないですって!? アリエルからの情報なら間違いないだろうけど、レオは私の婚約者なのよ!! 絶対に、絶っっっ対にレオは渡さないんだから!!!!)
「手を出したら……息の根を止める……!」
その静かで物騒なつぶやきと同時に、シェリルの瞳が赤く光った。
翡翠の瞳が赤く光る時、それはエルフが激昂したことを意味する。
エルフの怒り。これに触れた者の運命は決まっていた。
今回の魔物たちは、巻き添えをくった形ではあるが。
「
幾つもの黒い
血を吸った
その日、森には何百という深紅の薔薇が咲き乱れた。
そんな美しくも恐ろしい幻想的な世界の中心で、俺はたったひとりの大切な人を見つめている。
怒りに燃える紅蓮の瞳すら愛おしかった。
「シェリル」
瞳はすでに翡翠色に戻っている。
激しく昂った感情は、落ち着きを取り戻していた。
バツが悪そうにシェリルは俺の方に体をむける。
「レオ……あの、これはね」
「不安になった? だったら何度でも言うよ」
クルクルと変わる豊かな表情に、俺がいちいちときめいてるのを知ってる?
怒った顔も、悲しそうな顔も、黒い笑顔も、さっきの紅蓮の瞳も。
全てが愛おしいと思ってるのを知ってる?
シェリルがただ俺の隣にいるだけで、世界が色づいて見えるのを知ってる?
「俺はシェリルだけを愛してる。俺が見てるのはシェリルだけだ」
「レオ……」
シェリルの柔らかい唇を、軽くついばむ。角度を変えて何度も、何度も。
俺の名を呼ぼうと開いたところを攻めたてる。深く、深く。もっと欲しいと。
言葉ではなく、まるで余裕のない口づけで示した。
焼き切れそうな想いをのせて。
「シェリル、愛してる」
「私も愛してるわ」
もう一度、軽く口づけをして俺たちは森を後にした。
そうか……今までの愛情表現では足りないんだな。それならキスだけじゃなく、もっとシェリルを求めてよさそうだ。
……結婚式まで一線を越えなければ、問題ないよな?
とレオが考えているのを、シェリルは一ミリも知らない。
***
数日後。
ジオルド王国の王城でふたりの親友たちが、シェリルからの手紙を真剣に読み込んでいた。
「よかった! シェリルとレオは順調みたいね」
「これであのふたりも磐石かな」
「そうね。他国の王女がレオにちょっかいかけても、喧嘩にすらならないでしょう」
シルヴァとアリエルはホッと胸を撫で下ろす。唯一と言っても過言でない、本音で話せる友人のために協力することになんの抵抗もない。
だが、しかし。
「そうだな、あいつらの喧嘩は規模がデカいから被害が大きいんだ」
「ええ、あの時は本当に大変だったわ。レオの逃げ足の速さと言ったら……!」
三年にも及ぶ追いかけっこ(とジオルド夫婦は呼んでいる)で、『影』まで使って世界規模で調べていたのだ。おかげで予想外の情報も得られて損はなかったが、できれば平和に過ごしたい。
「アリエル、そろそろ他の男の話はやめて、私だけ見てくれないかな?」
類友というべきか、シルヴァもまた妻しか見えていない男であった。少しくらいなら許容できるが、あまりにも注力されると自分にむいて欲しくなる。
「シルヴァもなかなかよね」
「わかっていて結婚したんだろう?」
「そうね、私の旦那様」
こちらの夫婦も大概円満だった。
こうして平和な時間はゆっくりと過ぎていく。
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