第43話 俺の全てを君にあげるから
『やれやれ、本当に手のかかる子たちだったね』
ゆるくウェーブのかかった銀糸の髪に、深緑の瞳をした精霊大王はふぅと一息ついた。ふたりを見下ろすように、千年結界のうえに腰掛けている。
ティターニアの加護を与えている、エルフの王女の心からの願いを聞いて、なんて強くて純真な願いだろうと思った。
これほどまでに一途に誰かを愛せるのかと思った。
いつもなら力だけ貸して終わりなのに、思わず声をかけてしまったのだ。
そして王女についていた、あの少年のスピリット精霊も私の元に来て、少年の笑顔を望んでいた。つまり、エルフの王女と結ばれてほしいと。
スピリットやエレメントは、そこまでの強い意志を持たないものなのにそんな精霊たちも突き動かしていた。
なのに当の本人たちがすれ違うばかりで、本当にヤキモキしたのだ。今回は王女の作戦勝ちだったと言える。力を貸しておいてなんだが、魔法無効地帯に追い込むなんて……あれでは私も逃げられない。
お詫びというわけではないが、彼に祝福を授けよう。
『エルフの王女を愛する少年よ。其方に精霊大王ティターニアの祝福を授ける。その愛が続く限り』
これで人間よりも遥かに永い時を生きるエルフと、末長く一緒にいられるだろう。
だから、これからもふたりの笑顔を見せておくれ————
***
俺はエルフの女王に会うために数年ぶりに、エルフの国へ足を踏み入れた。その時だ。俺の身体を鮮やかなグリーンの光が包み込んだのだ。
「なんだ……これ?」
「……っ!! これっ!!」
その光を一緒に見ていたシェリルが、驚いて目を見開いている。
でも、そのあとすぐに泣きそうな嬉しそうな表情で、ありがとうございますとポツリとつぶやいた。
「レオ、私の想像通りなら何も心配いらないわ。女王様が見ればハッキリわかるから、早く会いに行きましょう!」
そして俺たちはエルフの女王の謁見室へとむかった。
謁見室には女王と四賢者が揃っていた。刺すような視線が俺にむけられている。女王は視線に加えて、凍てつくような覇気も放っていた。
いや、それもそうだよな。途中で投げ出したようなものだ。まずは、もう一度認めてもらうところからだ。今度は、シェリル様の伴侶として。
そう考えていると、シェリル様が女王様に第四の試練の報告を始めた。
「女王陛下に申し上げます。此度の試練、無事に果たしてまいりました。竜人の国ドラコニクスとは宝珠の安定供給の約束を取り付け、代わりにエルフの生薬を卸すこととなりました」
「うむ、ご苦労であった。それで、隣にいる者はなんだ? 護衛は辞めたと聞いておったが」
俺は覚悟を決めた。
「ご無沙汰しておりました、女王陛下。シェリル様の護衛を辞した事については、約束を違えてしまい誠に申し訳ございません。俺の身勝手なワガママです」
「………………」
「ですが」
俺は顔をあげて、しっかりと女王陛下を見据える。シェリルと同じ色の瞳で、女王陛下もまた俺を見定めようとしていた。
「俺はシェリル様を愛しています。シェリル様の伴侶として、認めていただきたく戻ってまいりました」
「ふん、途中で投げ出すような者に、次期女王であるシェリルをやれると思うのか?」
「認めていただけるまで、どんな努力でもいたします。俺の中ではもう、シェリル様を諦めるという選択肢はありません。必要なら世界の全てを敵に回しても構いません」
レオがなぜ護衛を辞めたのかは、ジオルド国王から聞いて女王は理解していた。シェリルに対する愛情も疑ってはいない。ただ、その覚悟があるのか知りたかったのだ。
ここで、シェリルも女王陛下に陳情する。
「女王陛下、レオは私の最愛の人です。もし認めていただけないのなら、次期女王にはなりません。エルフの国からも出ていきます。そしてレオとふたりで生きていきます。これだけは、絶対に譲りません!!」
女王は驚いていた。
いままで大人しく国のために従ってきたシェリル様が、こんなにも明確な自分の意思を示したのが、衝撃的だったみたいだ。
そこで女王がポツリと呟いた言葉に、今度は俺が驚いた。
「————まるで、私が伴侶を決めた時のようではないか。こんなところは似なくてもよかったのに」
女王がクスリと笑い、俺はその柔らかな微笑みに希望を感じとる。
「そうか……もともと反対するつもりなどない。確認がしたかっただけだ。それでは第五の試練はこれにて完了とする」
「え……第五の試練?」
シェリル様は疑問の声をあげた。俺も同じことを思っていた。
第五の試練ってなに? 試練は竜人の国で終わりじゃなかったのか!?
「そうだ、最終試練は己の伴侶を見つけることだ。支えがなくては女王を務めるのが難しくなるのでな。レオであれば何も問題ないであろう。ティターニアの加護も授かっているではないか」
最後の一言にさらに驚いたけど、すぐに鮮やかなグリーンの光を思い出した。
アレか! アレだったのか!? ていうか、なんで加護がもらえたのかサッパリわからない。
「やっぱりそうだったのですね! それなら、私はレオと……ずっと一緒にいられる……」
「え、それはどういう……?」
俺の独り言のような問いに女王陛下が答える。
「人間の寿命はせいぜい百年弱であろう。我らエルフは千年の時を生きるのだ。いずれ別れの時が来る。だが、ティターニアの加護を受けたなら、話は別だ」
もしかしてエルフが千年生きられる理由って、ティターニアの加護を受けているからなのか?
「我らと同じく、千年の時を過ごすことになるだろう。人間には酷かもしれんがな」
たしかにシルヴァやアリエル、ハロルドとはいずれ別れの時が来る。テオだって見送らなければいけなくなるだろう。
でも、俺は。
「シェリル様といられるなら、構いません。ずっとお側にいられるなら」
迷いのない瞳で女王を見返した。
「ならばよい。それでは、これより王位譲渡の準備とシェリルとレオの結婚式の準備に取り掛かれ。皆のもの、よろしく頼む」
「「「「御意」」」」
その後、まずは俺とシェリルの結婚式をあげて、その一年後にシェリルは女王に即位した。
結婚式ではシルヴァが号泣して、お腹の大きいアリエルが慰めていた。その時に、シルヴァの子孫たちもずっと見守っていくと決めたんだ。
シェリルは女王の試練のおかげで世界中の国王との伝手もあり、取引も順調でエルフの国は少しずつだが持ち直している。
世代交代している国もあるが、今のところは友好関係を維持できていた。
結界が破れた後は他の種族も移り住んできて、エルフもさまざまな種族と結ばれている。
さらに千年後は、どんな世界になっているのか誰もわからない。
ても、何があっても明るい未来を作り出すのだと、俺とシェリルは誓いあった。民のために、そしてこれから生まれてくる新しい生命のために。
俺はシェリルの中に宿った生命を慈しみながら、初めて結ばれた日の朝を思い出していた。
そして、あの時の俺だけの密かな宣誓を、胸に刻みなおす。
***
あの日、俺は朝の柔らかい光を瞼に感じて、そっと目を開いた。
隣を見ると、規則正しい寝息を立てる最愛の妻がいる。昨夜も天使のように愛らしかったけど、朝の光の中でみる姿は女神と言っても過言ではない。
昨夜は初夜だったから、控えめにしたつもりだったけど……無茶させすぎたか?
昨日やっと結婚式が終わって、シェリルと結ばれたんだ。今日から一ヶ月は蜜月ということで、ふたりきりで過ごすことが許されている。
一向に起きる様子のない妻に、そっとキスを落とす。
額に、瞼に、頬に、桜色の唇に。
……起きない。
上掛けをめくると一糸まとわぬ姿に、花びらが散ったような跡が無数についていた。
あれ、こんなに
思ったより抑えられなかったんだと理解した俺は、シェリルを抱き枕にしてもう一眠りすることにした。
ああ、幸せすぎる。
愛しい人が腕の中にいて、俺の名前を優しく切なそうに、時には吐息とともに呼んでくれた。
こんな幸せな日が来るなんて想像できなかった。
「う……ん、レオ?」
「ごめん。起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫」
そう言ってギュッと俺にしがみついてくる。それが可愛すぎて、シェリルを貪りたい衝動に駆られた。その心のままにシェリルにのしかかる。
うん、無理。こんな可愛い奥さんを目の前にして我慢できないから。
「えっ、レオ?」
「うん? シェリルが欲しいんだけど、ダメ?」
途端に頬が桜色に染まる。そんな顔したら、煽るだけだとわからないのか。
「ダメじゃ……ないけど、昨日も……たくさんしたのに……」
「昨日は昨日、今日は今日だ。ていうか、いつでもシェリルが欲しい」
「そん……っ、あぁっ!」
「ほら、こっち向いて。余計なこと考えられないくらい、俺でいっぱいにするから」
そうして込み上げる想いのまま、熱いキスをした。それに応えるように、もっと欲しいと絡みついてくる。
愛してると告げれば、潤んだ瞳で愛を返してくれる。
「シェリル、愛してる。もう離さない」
狂おしいほどの愛で君を守るよ。
君以外は何もいらない。
俺の全てを君にあげるから。
愛してる。ただひとり、シェリルだけを。
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ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。少しでも楽しんで頂けてたら幸いです。
本編は以上で終わりですが、このあと番外編を一週間ほど投稿いたします。
レオとシェリルのイチャイチャが読みたい! と思われた稀有な方は、もうしばらくお付き合いお願いします。
またフォローや★★★などで応援くださった皆様、本当に励まされました! ありがとうございます!
まだ応援してないなーという方は、よろしければ★★★やフォローなどして頂けたら、次作の励みになります。
これからも投稿を続けますので、応援のほどよろしくお願いいたします<(_"_)>ペコッ
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