第42話 俺も愛してます

 私はレオが最後に目撃された場所、グリーンドラゴンが討伐された山に来ていた。

 グリーンドラゴン自体はすでに処分されていて、今では山肌に黒い血の痕を残すだけだった。


 その上に両手と両膝をつき、精霊に願いを告げる。

 エルフが使うのは精霊魔法だ。呪文という呪文はない。共通しているのは呼びかけの言葉くらいだ。


 精霊魔法は願い。エルフの願いが形になるもの。それなら、願い方によってどんなことでもできる。

 いいえ、どんな形でも使いこなしてみせる。



 ————私が欲しいのは、ただひとり愛するレオだけ。



「精霊大王ティターニアよ。私に愛しい人を掴まえる力を貸して」


 さらに魔力込めようとして、中性的な声が聞こえた気がした。


『エルフの王女よ。あなたの純真な願い、叶えましょう』


 大地から暖かで清廉な魔力が流れ込んでくる。そして頭の中に浮かぶのは、愛しい人の姿。


 二年ぶりの姿は、私の記憶より少し大人びている。でも、クセのある黒髪と優しい紫の瞳はそのままだった。



 恋しくて恋しくて、焦がれて泣いて、ずっと求め続けた。

 勘違いばかりの私のせいで、辛い思いをさせてしまった。

 意気地のない私のせいで、いつも傷つけてしまった。


 でも、もう私の想いは決して揺るがないわ。


「レオの居場所が、わかったわ。待ってて、すぐ会いに行くから」




     ***




 俺は一年前に住んでいた獣人族の国、ライザン王国に来ていた。この国は国土の九割が山岳地帯で、獣人族でなければ移動すらままならない地域だ。

 ゴッド召喚して気がついたことがある。


「ウェンティー、この気配は何だかわかるか?」


『ええ、わかるわよ』


 半日前からずっと探られているような、見られているような気配を感じていた。


「なんだ? 教えてくれないのか?」


『そうねぇ……教えたいけど、許可が降りないのよねぇ』


「許可? なんだそれ?」


『ごめんなさい、これ以上は言えないの』


 ウェンティーが困った様子で口をつぐんでいる。

 何かが起きていると感じた。それも精霊王でも、どうにもできないような力が働きかけている。


「そうか……他の精霊王も一緒?」


『そうね、みんな同じよ』


 精霊王より上位の存在。

 そんなの、ひとつしかない。精霊大王ティターニアだ。エルフの国で何かあったのか? それとも————





「————レオ……本当にレオなの?」





 聞こえるはずのない声が、俺の鼓膜を揺さぶった。

 記憶の中と変わらない、俺を呼ぶ優しい声が激しく心をかき乱す。


 ダメだ、いま振り返ったら、ダメだ。


【クリタス!】


『レオ、どこに行きたいの?』


「どこか、遠い場所へ」


 そのまま振り返らずに、転移魔法で移動した。




 ここはジオルドの前国王と戦った無人島だ。ひとりになりたかったから、ホッとした。見られているような気配は感じない。


 俺の気持ちはぐちゃぐちゃだ。

 何度も夢に見てきたシェリル様の声だった。間違うはずない。


 ……どうして会いに来たんだ? 好きな男とは上手くいってないのか? だとしても、今度会ったら、きっと顔を見てしまったらダメだ。


 他の全てを壊しても奪い去ってしまいそうなんだ。




     ***




「あっ……待って! レ————」


 やっと見つけたのに、やっとやっと会えたのに、レオは私の方に振り返ることなく姿を消してしまった。


 初めて、レオに拒絶された。

 視界が滲んでよく見えなくなる。でも、こんなことで挫けはしないわ。

 ぎゅっと目を閉じて、溢れそうな涙をやり過ごす。

 逃げられるのなら、逃げられないようにするまでよ。


「大地の精霊よ。精霊大王ティターニアよ。我は願う。愛しい人をこの手に」


 諦めない。まだ私にできることがある。

 四つん這いになって、泥にまみれても。絶対にレオに会って、想いを伝えるのよ!!




     ***




 それからの俺は各地を転々とした。

 あの監視の気配のしない場所に行っても、一日か二日でバレてしまうようだった。


 その度にクリタスで様々なところに飛んだ。

 色々なところに飛んで、いまは魔法学園の裏手にある森に来ている。

 そしてここにも監視の気配が届いてしまった。


「ヤバい……もう行けるところがない」


『そうね……もう行き尽くしたわね。魔法が使えない場所なら、もしかしたら……』


 魔法が使えない場所。忘れるわけがない。シェリル様と初めて会った場所だ。

 ……あそこなら、この気配から逃れられるだろうか?


「クリタス、迷彩の森の最奥まで頼む」


『任せて』




 エルフの国を出発して以来、初めてこの場所に訪れた。シェリル様と出会った魔法無効地帯だ。

 エルフの国の外周は全部これだから、そこそこの広さもあるし魔法は一切使えないから、逃げ切れるんじゃないかと思う。


 そんな事を考えながら、一歩足を踏み入れた。

 ゴッド召喚は自動的に解除され、精霊王たちの気配も消えた。もちろん、監視の気配もきれいサッパリなくなった。


 そこで四年前のあの日の出来事を思い出す。


 名前も知らない草花と、魔物と向きあう銀髪の少女がいたんだ。

 劣勢なのに翡翠の瞳には諦めの色はなくて、なんとか打開策を探しているようだった。


 いまでは剣技もまぁまぁ磨かれたけど、あの頃はヘッポコだったなぁ。

 そうだ、この先の大木に隠れて、不意打ちの機会を窺っていたんだ。


 そしてシェリル様はあそこに————




「やっと……やっと会えた……レオ!」




 目の前にいたのは、出会った頃と何も変わらない俺の愛しい人だった。


「シェリル……様」


 会いたかった。いや、ダメだ。引き返せ。

 抱きしめたい。ダメだ、シェリル様には好きな男がいるんだから。

 もう、誰にも渡したくない。そんなのダメだ。俺のワガママだ。



 喉がカラカラに渇いて、声がうまく出せない。相反する気持ちと理性がぶつかり合って、身体が動かなかった。

 微動だにできずに、ただ愛しい人を見つめていた。


「レオ……お願い、聞いて」


 シェリル様の声も掠れていた。絞り出すように、次の言葉を続ける。




「私は、レオが好きなの」




 一歩、シェリル様が足を踏み出す。


「レオじゃなければイヤなの。優しく名前を呼んでほしいの。側にいてほしいの」


 また一歩足を進めてくる。どんどん距離が近づいていくるのに、俺の身体は動かないままだ。


 いま聞いてることは事実なのか? 本当に、シェリル様の本心なのか?


「私は! 護衛じゃなくて、伴侶としてレオに隣にいてほしいの!」


 シェリル様が手の届くところまで近づいてきている。




「レオ……愛してる————」




 シェリル様の言葉を、最後まで聞けたかはわからない。

 ただ、堪えきれない想いに突き動かされて、俺はシェリル様に口づけをしていた。


 もう離したくないと、きつく抱きしめる。

 何度も何度もついばむように、そして深く深く唇を重ねた。



「……シェリル様、俺も愛しています」



 そして俺は腕の中の愛しい人に、二度目の愛の告白をした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る