第39話 もう、俺は必要ないのか
王都ブルーリアの寒い冬が終わり、日差しも暖かくなるころ魔法学園の卒業式が行われた。
俺が魔法学園を追放されてから、ほぼ一年が経つ。あの時から想像できないほど、周りが変わって俺は毎日平和に過ごしていた。
新しい学園長の計らいで、俺の退学処分は取り消されて生徒として卒業式に参加することになった。制服はクリタスに頼んで、エルフの国に置いてきた荷物から持ってきてもらった。
まさか卒業できると思っていなかったから、これは嬉しかった。
久しぶりに制服に袖を通して、濃紺のローブをまとう。部屋から出るとシェリルが待ち構えていた。昨夜から、俺の貴重な制服姿が見たいと張り切っていたんだ。
「やっぱり、ここの制服はレオが一番似合うわ! さあ! 水の精霊さん、レオの貴重な映像を保存するのよ!!」
シェリルの傍には水色の光を放つ、スピリット精霊が映像水晶を持って浮かんでいた。
そうか、このために昨夜から水の精霊を貸してくれと言ってたのか……いや、ちょっと待って、もういいだろ。
ていうか、シェリルがテンション高すぎておかしくなってる。
「シェリル、もう恥ずかしいからやめて欲しいんだけど」
「ええー……だってきっともう着ることないでしょう? せめて校舎に入るまではお願い!」
だから、そんなふうに翡翠色の瞳でじっと見つめられたら、俺の返事は決まってるじゃないか。
「はぁ、わかった」
「やったわ! 水の精霊さん、私とレオを一緒に映してね」
シェリルの長い耳が、上下に嬉しそうに揺れている。何がそんなに楽しいのか、かなりご機嫌だ。
ああ……もしかしたらアリエルからの聞いた、シェリルが気に入ったという花を飾っておいたからかもしれない。
アリエルは毎度毎度いい仕事をしてくれている。
卒業生代表の挨拶はもちろんシルヴァだ、このあと午後から結婚式と戴冠式を執り行う。鬼のようなスケジュールになっている。
壇上のシルヴァは、心なしかゲッソリしてるように見えた。
最後に卒業生で、ごく弱い魔法を打ち上げ光のイリュージョンを作るイベントがある。前は参加できないと諦めていた。でも今は。
【スピリット召喚、光の精霊】
精霊は嬉しそうに笑い、会場いっぱいに金色に輝く光をふりまいた。幻想的なその景色は、ずっと俺の心に残るだろう。
こうして俺はみんなのおかげで、魔法学園を卒業することができた。
***
二日前からブルーリアはどこもかしこも、お祭り騒ぎで浮かれている。
すでに聖王と呼ばれているシルヴァの戴冠式と、彼を支え続けたアリエルの結婚式は大聖堂で盛大に行われた。
シルヴァもアリエルも豪奢な衣装に身を包み、幸せそうにお互いに微笑んでいる。
俺とシェリルも参列したのだが、シェリルの一言に何も返せないでいた。
「アリエル素敵ね。……いいなぁ、好きな人と結ばれて……私も……」
これは、アレだろうか、シェリルに好きな人がいるということか?
そして、その男と結ばれたいということか……?
シェリルのことを考えるなら、その男と結ばれるように……俺は護衛だから、主人の幸せを願うんだ。……そうだよ、シェリルが幸せなら俺は護衛として傍にいるだけだ。
各国の要人たちが集まる結婚式の後はパレードをして、夜会の冒頭で精霊契約をする流れになっている。
今は王城でそのための準備をしていた。夜会用のドレスに着替えて色々と準備があるらしい。俺も夜会用の護衛服に着替えはすんでいる。
好きな人がいるのかなんて、怖くて聞けない。
もうかなり前から、護衛という立場から逸脱してるのはわかってる。一緒にいればいるほど、気持ちが大きくなっていくのも。
「シェリルのために……俺は何をすればいいんだろうな」
もし、シェリルに好きな人がいるなら、俺は邪魔になるんじゃないか? ……そうだよな。いい加減、護衛としての立場を弁えないと。もう卒業したし学生気分ではいられない。
でもシェリルの好きな人って……誰だ?
そこでドアのノック音が鳴り響き、思考が中断される。侍女がシェリルの準備が整ったと呼びにきてくれた。
シェリルの部屋と扉を開けると、そこには銀糸の髪を結い上げてエルフの国のドレープのきいた翡翠色のドレスに身を包む、美しい王女がいた。
柔らかい光沢のある布がシェリルの整った体のラインを引き立てて、女神のような神々しさだ。
「綺麗だな……どこの女神かと思った」
「そ、そうかしら? そう言ってもらえて嬉しいわ」
ほんのり頬を染めて耳を上下に動かしている。このまま、この幸せな時間が止まればいいのに。
でも、学生気分はもう終わりにしなければ。シェリルの幸せのために。
「それでは、シェリル様。これより護衛のお役目に徹底いたします。ご理解ください」
ほんの少し悲しそうな顔をしたシェリル様が「わかったわ」と小さくうなずいた。
***
「大地の精霊よ。我と友の曇りなき心をつなぐ、結びの言霊をここに誓う。
精霊契約の呪文が会場にこだまして、淡いエメラルドグリーンの光がキラキラとちりばめられる。その光景に夜会に参加した各国の重鎮たちも、感動のため息を吐くばかりだった。
シェリル様の精霊契約は滞りなく完了して、シルヴァの王位継承後の一番の功績となる。
「これで、精霊契約は無事に結ばれました。シルヴァンス国王、これからもよき取引きができると期待しております」
「もちろんです。誠意をもって対応させていただきます。そしてシェリル王女様の
「ありがとうございます。では」
形だけの笑顔を貼り付けたシェリルの様子に、シルヴァは自分の意図が伝わってないと感じた。
(悲願じゃ伝わらなかったか……? でもな、この場で露骨に言えないしなぁ。レオの名前出せばよかったか)
ジオルド国王夫妻はシェリルが女王の試練をクリアするのは、レオもいるからまったく心配していなかった。
むしろ、アリエルの話を聞いている限り、もうひとつの問題の方が難しいと思っている。そこでシルヴァは一肌脱ぐことにした。
夜会が始まると国王夫妻に挨拶に訪れる賓客が途絶えず、シルヴァたちは外行きの笑顔を張り付けていた。
「シェリル様、退席の挨拶はまだ難しいようです。いかがなさいますか?」
適当に時間を潰して早々に退席するつもりが、なかなかタイミングが掴めないでいた。
シェリルにすり寄ってくる他国の王侯貴族も多く、気が抜けない。
「少し気分転換したいわ。庭に行けるようだからそちらで休めないかしら?」
「わかりました。ご一緒します」
バルコニーから外にでて、美しく整えられた庭園に進んでいく。メリウスを召喚して結界を張っておいたので、他の人間は入ってこられない。
噴水の前にあるベンチでシェリルが休もうとしたので、そっとハンカチを敷いた。子供の頃に覚えたマナーが役に立った。
「ねぇ、レオ」
シェリル様がサラサラと流れる噴水を見つめながら、話しはじめる。
「もし、このままこの国にいたかったら、私の護衛はやめてもいいわ」
俺は言葉を失った。
「女王の試練は私ひとりでも問題ないし、レオは種族が違うから……ここの方が過ごしやすいでしょう?」
そう、か……俺は邪魔なんだ。
目の前が真っ暗になった。立っているのか座っているのかすら、わからなくなるほど一瞬で闇に包まれる。
せめて護衛として傍にいられれば、それでよかった。
たとえシェリル様が俺を見てなくても。
たとえ他の男と幸せそうに笑っていても。
いつか俺を必要としなくなるまで。
————もう、俺は必要ないのか。
「…………わかり、ました。今日で護衛を辞め……ます」
そのあと何をどうしたのか、ほとんど覚えていない。ただ気がつけば夜会は終わり、俺の護衛としての仕事は終わりを迎えたんだ。
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