第38話 ハロルドと友人になれてよかった

「それ、どうしたんだ? すごい荷物だな……?」


「ここに来るまでにもらったんだ」


 両手いっぱいの荷物を抱えて、魔法研究所を訪れた第一声がこれだった。呆れたような驚いたような声で、ハロルドは出迎えてくれる。


「こんなに持って帰れないから、みんなで分けてくれ」


「ありがたいけど……本当にいいのか?」


「うん、なんかお詫びだって言って渡されたけど、ほぼ食べ物だから食べ切れないし」


「じゃぁ、研究所のみんなにもやるか。ありがたく頂くよ。魔法使うと腹が減るからな、助かる」


 ハロルドの付き添いできていた所員に、最初の菓子店でもらったもの以外を渡した。果物や洋菓子、焼き立てのパンに乾物まであった。

 そうか、どうりで食べ物ばかりなわけだ。俺は召喚魔法だから、そんなに腹は減らないんだ。


 まぁ、でもあの所員さんは目をキラキラさせて喜んでたみたいだからよかったけど。

 俺はシェリルのマドレーヌだけは自分で持って、ハロルドについて研究所の中を進んでいく。



「あ、そうだ。ちょっと待ってろ。渡したいものがある」


 そう言ってハロルドは札に何も書かれていない部屋に入っていった。

 一分もしないうちに戻ってきて、黒い袋を渡される。


「えっ……これって!」


「そう、マジックボックスだ。これから旅が多くなるなら重宝するぞ」


「これ、ものすごくいい値段するのに、もらえないよ」


「いや、報酬だから、気にするな」


 ……今何て言った? 報酬だって? 報酬ってなんの?

 ハロルドからは、ただ魔法研究所に来てくれとしか聞いてない。そこへ副所長のカーター・ブラウンがやってきた。



「レオ様! お久しぶりです! そして、ようこそいらっしゃいました! さあ、こちらへどうぞ!!」


 グイグイとある部屋に連れて行かれる。

 そこには結構な数の魔法研究所の所員が集まっていた。俺が部屋に入るなり、話し声がピタリと収まり静寂に包まれる。


 なんだ? めちゃくちゃ見られてるんだけど、歓迎されてないのか?

 すると最後に入ってきたハロルドが、所員たちへ俺の紹介を始めた。


「こちらが本日のゲスト、召喚魔法士のレオ・グライスだ。俺が所長になってから初めて負けた相手だ。わかってると思うが、実力に嘘偽りはない」


 続いてカーター副署長が、言葉をつなげる。


「レオ様は精霊召喚と、ゴッド召喚ができるそうです。それでは、質問のある方はひとつずつお願いします。まずは挙手してください」


 この言葉にほぼ全員が挙手する。


「ごめんな、レオがもみくちゃにされそうだったから、このスタイルにした。よろしく頼む」


 いやいや、これは後出しすぎるだろ。召喚魔法を見せてやってとは言われけど、こんな大掛かりだとは聞いてない。


 コソッと打ち明けるハロルドに、冷たい視線を向けてしまったのは、仕方のないことだと思う。


 それでも、挙手をしている所員たちは純粋に学ぼうとしているようだ。ハロルドのためじゃない、この所員たちのために質問に応えようと思った。

 とりあえず、ひとつひとつ質問に答えていく。



「じゃぁ、君からどうぞ」


「はいっ! 精霊が使う魔法と、ボクたちが使う魔法と何が違うのですか?」


「普通の魔法は自分の魔力を属性変換するけど、召喚魔法は呼び出した精霊が元素を直接操るので、魔力は消費しない。次は君」



「は、はい、精霊は何種類いますか?」


「魔法属性と同じだ。全部で七種類。他に下級精霊のエレメント、上級精霊のスピリット、それから精霊王がいる。次は君、どうぞ」



「同時に何体まで呼び出せますか?」


「俺は何体でもできるけど、もしかしたら個人差があるかもしれない。次は君だ」



「精霊召喚を見せてもらえますか?」


「いいけど……どの属性がみたいんだ?」


「マジっすか!? 全部の妖精王が見たいです!!」


「闇属性のクリタス以外なら問題ない」


 そう言って妖精王たちを呼び出した。俺に寄り添うようにあらわれた妖精王に、部屋は歓声に包まれる。



「うわあ、これが精霊王……!!」

「すごい、魔力の塊だ!」

「ここまで純度の高いのもないよね」

「あの! 試しに手合わせしてもらえたりは!?」


 食い付きがすごい。妖精王たちも若干引いてないか? うーん、引いてるのはラキエスとアクア、イグニスか。あとは割と楽しんでるようだ。


「頼んでも大丈夫か?」


『ボクはいいよ〜』とルキスは黒い笑顔を浮かべ、

『ふふ、レオのお願いなら聞いてあげる』とウェンティーは耳元で囁き、

『おう! 任せろ!』とトニトルスは仁王立ちして、

『仕方ない、付き合ってやる』とアクアは渋々、

『うーん、いいよー☆』とイグニスはニカッと笑い、

『……ヒマつぶしに相手してやる』とラキエスは興味なさ気に返事をした。


 ルキスをはじめみんな協力してくれるようだ。ハロルドが場所移動しようと、魔法実践室に連れて行かれる。妖精王ひとりに一部屋わりふられて、希望者が各部屋を回るようにしていた。


「じゃぁ、みんな頼む」


 それぞれが所員たちと戦闘を始めた。研究所に入るくらいなので、魔法が得意なものばかりだ。遠慮のない攻撃に、みんなそこそこ楽しんでいるようだ。


 そこでハロルドが部屋を見てまわりながら、俺に話をしてきた。



「俺がレオにやられた後にな、実はあんなすごい才能を邪険にしてたのかと、みんな落ち込んだよ。純粋に魔法が好きな奴や、魔法を使って人の役に立ちたいって奴らばっかりだからさ」


 それは、何となくわかった。他のヤツらみたいに、蔑んでる感じはなかった。ただ魔法が使えないというだけで、興味を示されなかったんだ。


「俺もだけど、頭も気持ちも切り替えて、色々打てる手は打ってきたんだ。これからも少しずつ、国中の、そして人間界の常識を変えていくよ」


「……うん、もし他に魔法が使えない人がいたら、古代語とヴァルハラの古書を教えてほしい。あと、早く翻訳本だして」


「うぐっ、翻訳本は頑張るよ……まぁ、それ以外は任せろ。魔法が使えない人たちを集めてるところなんだ。召喚魔法が使えるようになったら、みんな何をするんだろうなぁ」


 どうやら翻訳本はあまり進んでいないようだ。最後の追い込みに力を入れないといけないな……。でも、やっぱり他にも俺みたいな人がいたんだな。

 ハロルドがそういう人たちを救い出してくれるなら、すごく嬉しい。



「オレはレオに出会えて本当によかった。そして友人になってくれてありがとう」


「いや、俺も……ハロルドと友人になれてよかった」



 いきなり真面目になるから、ちょっと照れくさくてぶっきらぼうな言い方になってしまった。


 そのあと所員たちがなかなか離れたがらないので、妖精王をたまに派遣すると約束して、なんとか魔法学園に戻ってきたのだった。




     ***




 どうしましょう。



 どうしても気持ちが沈んでしまうわ。


 レオが魔法研究所を訪れている頃、私はアリエルの結婚式に出席するための準備をすすめていた。


 目の前で幸せそう微笑わらう友人のアリエルは、レオの想い人だ。


 本当はかなり前からわかっていた。ただ、私がレオと一緒にいたくて見ないふりをしていただけだ。


 ある時から、レオにアリエルから手紙が届くようになった。手紙の封蝋や刻印された模様からアリエルからだと間違いないのはわかっている。


 その手紙を、愛おしそうに読んでいるレオを何度かみかけていた。

 あんな愛情のこもった表情を向けるくらい、嬉しい内容なんだろう。


 胸を抉るような痛みから、そっと意識を逸らす。


 私はあの講義の時の楽しそうなレオの姿が忘れられなかった。エルフである自分と一緒にいるより、シルヴァンス王子やハロルドと……何よりアリエルと一緒にいる方がレオにとって幸せなのではないかと考えていた。


 レオの想い人がアリエルなら引き離してはいけない。もともと覚悟していたもの。

 レオには好きな人と引き離される悲しみを味わってほしくない。


 アリエルはシルヴァンス王子と結婚するけれど、それでもレオの実力があれば傍で見守ることはできるだろう。


 悲しい思いをするのは私だけで十分よ。


 忙しくも花がほころぶような笑顔の親友を見つめながら、レオを自由にすると決心した。


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