第37話 魔法研究所に行こう

 シルヴァの執務室は王城の三階にあり、南区画が見渡せる場所にあった。執務室の窓からは、遠くに魔法学園が見えている。


 綺麗に整えられた部屋はマホガニーの執務机を中心に、上品な家具で揃えられていた。

 応接用のソファーに四人で掛けた。程なくお茶と焼き菓子が運ばれてくる。


 あんな大事件があった後なのに、王城で働くプロたちには本当に感服した。


「それで大事な話って何かな?」



「エルフの国の王女として申します。シルヴァンス国王、エルフの国と取引していただけませんか?」



 シルヴァとアリエルが驚いて固まっているようだった。今まで微塵もそんな素振りをしていなかったから、余計だろうか。

 シルヴァはすぐに為政者の顔になって、穏やかに微笑んだ。


「大変光栄に存じます。私でよろしければ、ぜひお願いいたします」


「もちろんです。シルヴァンス国王だからこそです。エルフの生薬を扱えるとなれば、ジオルド王国を治める後押しとなるでしょう」


「はい、ありがとうございます。正直、新婚旅行に一ヶ月行けるくらい楽になりますね」


 極々真面目な表情でシルヴァは話している。これにはシェリルも吹き出して、アリエルに視線をむける。


「ですって、アリエル」


「えっ、国王になったばかりで、そんなに行ける訳ないでしょう。ちゃんと現実をみてよ」


「わかった、では、三週間で手を打とう」


 何がわかったのか、わからない。案の定アリエルから突っ込まれまくっていた。でも、そんないつも通りのやりとりが楽しくてたまらない。


「シルヴァ、これからも何かあったら言ってくれ。俺のできることなら手伝うから」


「それはこちらの台詞だ。レオこそ抱え込む前に話すんだぞ」


「ああ、ありがとう」


「では、今後の予定を話そうか————」


 このあと戴冠式や、それから魔法契約について話し合いをして、この日は解散となった。




     ***




 もともとシルヴァとアリエルの結婚式は、魔法学園の卒業と同時に行われる予定だったので、戴冠式やエルフとの魔法契約もその時に執り行われることになった。


 シルヴァたちの結婚式と戴冠式まで、あと三ヶ月ある。その間はハロルドに古代語の講義をするのと、学園の生徒たちにも希望があれば召喚魔法について教えることになっていた。



 この日は、ハロルドの古代語の講義が最後の予定だった。シルヴァとアリエルは他の準備が忙しすぎて時間が取れないので、後々ハロルドから教わることになる。

 そのためマンツーマンで仕上げに取りかかっていたのだ。


「なぁ、レオ。たまには魔法研究所にも顔出せよ」


「何故?」


「俺がいるからに決まってんだろ! それにな、研究所の奴らも召喚魔法に興味津々なんだよ。よかったら、見せてやってくれないか?」


 この提案は気が進まなかった。結局のところ魔法研究所の指導によって、俺みたいな適性のないタイプが蔑まれてきたからだ。

 ハロルドはちゃんと理解してくれたから大丈夫だけど、他の奴らはどうなんだかわからない。


「俺がコテンパンにやられて、どんな魔法なんだって煩いんだよ。いまでは呪いとか言うやついないから、頼めないか?」


 俺の懸念が伝わっていたらしい。ハロルドがここまでして頼むのも珍しいので、一度は行ってみようかと思った。


「わかった、外出許可がとれたら行くよ」



 そして外出許可が下りたのは、一週間後のことだった。




     ***




 俺は久しぶりに、王都ブルーリアの南区画を散策していた。

 今日は魔法研究所へ訪問する予定で、早めにでて街を散歩しようと思ったのだ。


 シェリルにも声をかけたけど、あいにくアリエルとの約束があって来られなかった。非常に悔しがっていたけど、お土産を買ってくると言った途端耳が上下に揺れていた。

 笑いを堪えつつ、人気の焼き菓子でも買ってやろうと思ったのだ。


「ここだな……」


 いかにも女子受けしそうな、可愛らしい模様が描かれた扉を押して店内に入る。甘い香りと、トーンの高い話し声が耳に入ってきた。

 そこへ、清潔感のある青年が声をかけてくる。


「いらっしゃいませ! 本日は店内でお召し上がりですか?」


「いや、お土産を買いに来たんだ。早くこないと売り切れるって聞いて……」


「ありがとうございます! では、お持ち帰りですね。こちらで承ります」


 青年はジッと俺の顔を見つめてくる。何なんだろう、滅多にこういうところに来ないから、おかしなことでもやらかしたか?


「あの……もしかして、前にここに面接に来ませんでしたか?」


「え……? 面接?」


「あのアルバイトの応募で……」


 アルバイト。たしかに追い出されたばかりの頃、南区画でいろんな店に応募したな。振り返って店の窓から外を見ると、ギルドが入っている建物がある。


「ああ、来ましたね。ダメでしたけど」


「やっぱり! あの、少しお待ちいただけますか!?」


 そう言って、バタバタと店の奥に駆けていく。

 ……いったい何なんだ?



 するとすぐに店の奥から、爽やかなイケメン店長が顔を出した。その顔を見て思い出した。たしかに客商売だから雇えないと、この人に断られたんだ。


「ああ、また来てくれてよかった! 君に会いたかったんだ!」


「はあ、そうですか」


 どうでもいいから、早く買い物させて欲しい。俺はいままで、この店長の存在すら忘れてたよ。


「あの……以前はひどい態度ですまなかった。この前、広場で映像が配信されてたのを見て、君だと気づいたんだ。魔法研究所からも最新情報で召喚魔法の情報が発表されて……何も知らなくて、申し訳ないことをした」


「いや、いいですよ。気にしてないんで。それより買い物してもいいですか?」


「あっ、すまない。お詫びに今日の代金はいらないから、好きなものを頼んでくれ」


 ……マジか。本当に気にしてないんだけど、せっかくの好意だから受け取っておくか。ていうか、この店長さんは悪い人ではないんだよな。

 そして、以外と魔法研究所もちゃんと仕事してるみたいだ。


「それなら、このマドレーヌを四個ください」


「ああ、うちの一番人気だからね。それなら、これも持っていくといい」


 そう言って、他にもパウンドケーキやマカロンなどを包んでくれた。最初に頼んだ量の五倍はある。


「いや、さすがにこんな沢山は貰えないです」


「もう包んじゃったからいいよ。こんなのではお詫びにもならないけど……よかったら、また来てくれないかな?」


「そうですか……ありがとうございます。また、来ます」


「うん、今度はぜひ彼女も連れてきて。サービスするからね」



 彼女はいないけど、連れてくるとしたらシェリルだな、なんて思いながら菓子店を後にした。


 そのあとも街を歩いていると、前に面接してくれた人たちがずっと気にしていたみたいで、やたら手土産を待たされた。

 まさか前国王を追い詰めるための映像配信に、こんな効果があるとは思わなかった。


 まだまだ断られたところがあるんだよな……もう寄り道しないで魔法研究所に行こう。



 そう決意して、足早にグレーの地味な建物を目指した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る