第36話 やっと本気出せるな

 俺とクリタスは、前国王を連れて小さな無人島に移動した。

 ここなら人はいないから、指輪に取り込まれることはない。思いっきり戦っても、特に問題はなさそうだ。

 メリウスの召喚を解除して、すぐに次のゴッド召喚をする。


【ゼウス、降臨】


 結界がパリンと音を立てて壊れた。メリウスの召喚を解除したので効力がなくなり砕け散る。


「おのれぇぇぇぇ、呪われた存在カース・レイドの分際でぇぇぇぇ!!」


 ずっと閉じ込められていた前国王が、地を這うような声で唸っている。目は血走り、真っ赤な顔で怒りに震えていた。


『あら、もうだいぶ指輪に喰われてるわね』


 クリタスが俺の影からスルリとあらわれて、寄り添ってくる。


「わかるか?」


『ええ……分離できるといいけれど』


 前国王がつけている古代の指輪は、すでに左手と癒着して外せないようになっている。首まで黒い霧が侵食していて強力な力を得る代償として、指輪に乗っ取られているようだ。


「お前だけは私の手で殺すぞぉぉぉぉ!!」


 騎士たちを取り込んで魔力はさっきの三倍に膨れ上がっている。



「やっと本気出せるな」



 今まで一度だって、本気を出したことはない。

 そもそもそんな必要なかったし、本気出したら街ごと消しそうだったから、ずっと力を抑えてた。ここなら、誰も見てないし迷惑もかからない。


「死ねぇぇぇぇぇ!! ファイア・オン・ファイア!! ライジングバーン!!」


 放たれた魔法には黒い霧がまとわりついて、より濃い魔力をまとっている。だけどそんなの関係ない。


「天地雷轟!」


 思いっきり魔力を解放して、雷轟刀を一振りする。濃紫の刀身からほとばしる紫雷が、前国王の放った魔法と激突した。


 バチバチと音を立てて、紅蓮の炎もまばゆい雷撃も、俺の紫雷が呑み込んでいく。

 紫雷が走り抜けるたびに、炎は消え雷撃ははじけて消える。


「まだだぁぁぁぁ!! 黒炎ブラック・の暴虐キル・ファイア!!」


 即興で作り上げた魔法を放って、さらに次のモーションに入っていた。黒い霧と炎魔法が混ざり合って、俺にむかってくる。


 面白い、初めて見る魔法だけど二属性の混合か?

 あとで精霊王たちにできるか聞いてみよう。


「紫雷滅殺・連撃」


 雷轟刀に魔力を込めて、黒炎にむけて剣撃を続けて放つ。次々と紫雷が飲み込まれていって、五発目の紫雷が黒炎に消えて大爆発が起きた。


黒雷千槍ブラック・ミルランス!!」


 今度はその大爆発を切り裂きながら、黒い雷の矢が飛んでくる。バックステップで避けながら、クリタスに声をかけた。


「クリタス、あの指輪外せるか?」


『そうね……腕ごと切り落として、ルキスが回復すればいけるかしら?』


 何でもないように物騒なことを提案された。いや、いいんだけど。ともかく、あの黒い霧を何とかしないと王城に戻せない。


「わかった。それでいくから援護を頼む」


『ふふ、任せて。常闇の怨鎖ダーク・グラッジ


 クリタスの闇魔法が漆黒の鎖とそこからあふれ出る怨念の魂で展開されていく。俺にむかって落ちてくる黒雷の矢を鎖が払い、黒炎は無数の怨魂が喰い尽くしていた。

 それでもすり抜けた攻撃を避けて、光の精霊王を召喚する。


【ルキス】


『レオ、これはやっちゃっていいのかな?』


 淡く光る金髪をなびかせて、ルキスはワクワクした様子で尋ねてくる。穏やかそうな見た目とは違って、実は一番好戦的だ。


「うん、アイツの腕を切り落とすから、魔道具に喰われたところをすぐに回復してほしい」


『んー、了解! じゃぁ、それまではフォローするよ』


「頼む」


百華光乱ひゃっかこうらん


 そして、激しくなる前国王の攻撃もクリタスとルキスで凌いでくれる。光の花びらが黒雷の矢を蹴散らして、怨魂は黒炎を鎮火させていた。

 その隙に俺はどんどん距離をつめていく。


「貴様らぁぁぁぁ!! いい加減にせんかぁぁぁぁ!!!!」


 残りの魔力を全部込めているのか、島ごと吹き飛びそうな威力の黒炎が前国王の両手に集まっていた。


黒天のバイオレント大爆炎・ファイア


『いいねぇ、ボクも本気でやらないとな。光刃の万華鏡カレイド・ブレイド


 七色に輝く幾万の光の刃がルキスから放たれて、無人島の半分を覆うほどの爆炎を鋭利な光で消し去っていく。


『少し黙って、レオの邪魔しないで』


 クリタスの漆黒の鎖が前国王の手に巻きついて、一瞬だけ魔法攻撃が止んだ。



 この瞬間に距離を詰めて、前国王の左腕を切り落とす。


「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!!」


 切り落とした腕は、あっという間に黒い霧に喰われて灰すら残さず消えていった。切り落とした部分から、更に黒い霧が広がろうとしている。


「ルキス!」


『癒しの光!!』


 淡い金色の光が前国王を包み込む。黒い霧は蒸発するように消えていった。そして残ったのは、左腕を失くした罪人だ。 


「ゔゔゔ……ぐぅぅぅ……」


 ルキスの回復魔法で傷自体は癒えているが、魔道具を使ったダメージが残っているのかうずくまっている。

 でもこれで終わりじゃない。こいつの罪は大きすぎる。


 俺に暗殺者を送り、ずっとシルヴァを傷つけてきた。

 そして、シェリルに魔法攻撃を仕掛けた。



神の裁きジャッジメント



 漆黒に染まった雷轟刀で、その首を刎ねるように切りつける。

 前国王に下された罰は————




 暗闇の中で見えるのは、罪人と罰を与える道具だけだ。罪人が抗おうとしても、意に反して体は勝手に動いていく。

 前国王は銅で作られた、中が空洞の雄牛の中に自ら入り込んだ。


「なっ、なんで私がこのような物に入れられるのだ!? おい!」


 どんなに叫んでも、誰もいない暗闇に声が消えるだけだった。

 雄牛の中は狭く、うずくまることしかできない。屈辱に震えているとジリジリと周りが熱くなっていく。


 熱の通りのよい素材でできた雄牛は、中にいる者を炙り殺す道具だった。


「ぎゃあああ!! 熱い! 出せ!! 私をここから!! 出してくれぇぇぇ!!」


 触れているところ全てが熱く、皮膚を焦がしていく。逃れたいのに狭い空間からは逃げられない。次第に皮膚が剥がれ、剥き出しの肉が更に焼けていく。


 想像を絶する熱さと痛みに、のたうちまわった。これが地獄なのかと何度も思った。そしてついに、罪人の意識は暗転する。


(ようやく……終わ————)



 気がつけば、目の前に雄牛がある。

 また同じように体の自由がきかず、雄牛の中に入り込んでいく。


「イヤだ!! ここに入りたくない!! 頼む! 何でもするから、ここには、イヤだ————」


 罪人の罪が精算されるまで、繰り返された。罪人の叫びは、雄牛の雄叫びのように暗闇に響きわたっていた。

 これが神の裁きだった。




 前国王は虚な目で、空を見上げている。口からは涎を垂れ流し、廃人のようになっていた。


 雷轟刀の漆黒の闇に映し出された雄牛は、今も炎に炙られている。

 神の裁きは魂を捌くものだ。肉体的な損傷はなくても、罪が重ければ生きる屍になる。


「これで、シェリルの傍に戻れるな」


 廃人となった前国王を連れて、ジオルドの王城に俺たちは戻った。




     ***




「レオ!!」


 王城に戻ると、大広間でシェリルとシルヴァたちが待っていてくれた。

 俺の姿を見たシェリルが駆け寄って、抱きついてくる。


 だ、抱きついて!? え、ちょ、柔らか……じゃなくて、震えてる? とにかく、落ち着け俺。シェリルには深い意味はないんだ。こんなに遠くに離れたことがなかったから、不安になってるだけだ!!


「シェリル……?」


「レオも約束して」


「約束は守ったけど?」


「違う、私を置いて行かないで」


 潤んだ翡翠色の瞳で、じっと見つめられてる。だから、そんな風に聞かれたら答えは決まってるんだよ。そっとシェリルの背中に腕を回して、耳元で囁いた。

 だから、もう震えないで。


「わかった、今度からは置いて行かない」


 そして少し離れたところでアリエルとシルヴァが「だからクソ甘いって……!」「これでまだとか冗談だろ……」とまた訳のわからないことを言っていた。



「そうだわ、レオ、私取引相手を決めたの」


 名残惜しかったが、適度な距離に戻ってシェリルは嬉しそうに、こっそりと報告してくれる。第一の試練はもうすぐ終わるということだ。


「本当に? 誰にしたんだ?」


「ふふ、ジオルド国王よ」



 つまりシルヴァが、エルフの生薬の取引相手になるということだ。

 さすがシェリルだ、見る目があると思う。シルヴァならエルフの生薬をうまく使ってくれるだろう。


 シェリルがシルヴァとアリエルの前まで足を進めて、王女の顔で声をかけた。



「シルヴァンス国王、大事な話があります」



「ふむ……それなら私の執務室で話そう。ついて来てくれ」


 何かを察したシルヴァの提案で、ひとまず俺たちは王城の執務室へとむかった。


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