第40話 目が覚めたわ
夜会が終わったあと、シェリル様を部屋まで送り届けた。
ふたりとも言葉はなく、最後の言葉もかわさず終わったんだ。
あっけなかった。
もうシェリル様の傍にいて慰めることも、話すことも、触れることもできない————
ただ突然の終わりに、静かに涙を落とした。魔法学園で声を殺して泣いていた時のように。
シェリルが俺の全てだった。
シェリル以外は何もいらなかった。
でも、それでもシェリル様に邪魔だと思われたなら、それがシェリル様の望みなら、俺は消えるしかない。
最後にひとめシェリル様の顔を見るくらいなら、許されるだろうか?
クリタスに頼んで、シェリル様のベッドルームにそっと転移する。よほど疲れたのか、ドレス姿のままベットに横になっていた。
そっと顔を覗き込むと、頬には涙にぬれた痕がある。ギリギリと胸が痛んだ。
結いあげた跡の残る銀髪を、一房すくいあげそっと唇を落とした。
「シェリル様、愛してます。……お元気で」
そうして俺はシェリル様の前から姿を消した。
***
「ええ!! レオがいない!? 何で!? どこに行ったの!!」
ものすごい剣幕で、アリエルが私の両肩を掴んで詰め寄ってきた。
レオが人間界に戻ると言った翌朝、シルヴァンス国王とアリエル王妃が私の部屋に訪ねてきた。そして隣のレオの部屋の扉を開けたまま、呆然と座り込んでいる私に声をかけたのだ。
早朝、別れの挨拶をしようとレオの部屋に行ったら、すでに姿がなかった。まさかそんなにすぐ私の元から去るなんて思ってなくて、何も考えられなかった。
「レッ、レオは……どこに行ったのかわからないわ」
「だから何で!? レオはシェリルの護衛でしょう!!」
「……それは、昨日までの話よ」
「……は? どう言うこと? ちょっと詳しくお話ししてくださる?」
ああ、アリエルのスイッチが入ってしまったみたい。これは、全て話さないと許してもらえそうにないわ。
私たちは部屋を移動して、昨夜からの出来事を話した。
「……それで、前からレオの居場所は人間界なんじゃないかって思っていて……女王になる私に自由な結婚は許されないし、それならレオが幸せになれる場所にいて欲しくて、そう話したの」
「なぜ、人間界にいてレオが幸せになれると思ったの?」
胸の中にあった私の醜い感情があふれてくる。あの時、教室で見たみんなの楽しそうな笑顔が浮かんでくる。
そして、見ないふりをしていたけど、アリエルからの手紙を愛おしげな表情で読んでいるレオが脳裏に焼き付いて離れない。
「だって……レオは、きっと好きな人がいるのよ? 私の元にいたら、その人と離れてしまうでしょう? ……そんなの辛すぎるわ」
私はレオと離れたくなかったから。レオに同じ思いをさせたくなかった。
「好きな人……? 誰のことを言っているの?」
「……それ、は」
シルヴァンス国王の前でアリエルだなんて言えないわ。それだけは————
「言って。誰の名前でもいいから、言って」
————アリエルの気迫に負けた。
「アリエル……あなたよ」
アリエルは衝撃のあまり固まってしまった。
そうよね、だってずっと慕っていたシルヴァンス国王と結婚したばかりでこんなこと言われたら、そう思うわよね。
「シェリル王女、おそらくそれはないな」
だけど、それを否定したのはシルヴァンス国王だった。
「……でもアリエルの手紙を、あんなに愛おしげに読んでいたのよ? 好きじゃなかったら、あんな表情しないわ」
自分で言ってて、どんどん心が沈んでいく。
するとアリエルが無言で部屋から出て行って、数分後には紙の束を持ってきた。
「シェリルが言ってるのは、この手紙のことね?」
「ええ……そうよ」
結婚前だったから、アリエルの公爵家の家紋が箔押しされている。私もそれでアリエルからの手紙だとわかったのだ。
「読んでみて」
「えっ……?」
「いいから、読んでみて」
潰れそうなほど重苦しい気持ちで、手紙の束を受け取った。一体レオはアリエルのどんな言葉で、あんな表情をしていたのか。
「う、そ……」
「嘘じゃないわ。私、シェリルに幸せになってもらいたいって話していたでしょう? だから、シェリルが喜びそうなことを、レオに伝えるために手紙を書いていたのよ」
その手紙に書かれていたのは、私がアリエルに話した欲しいものや、好きな人にして欲しいことだった。
手をつないでデートしてみたいとか、ひとつのスイーツを半分ずつ食べたいとか、学園の片隅に咲いていた名もなき小さな花が可愛いだとか。
本当にしょうもない内容ばかりだけど、思い返せばレオはそれを叶えてくれてた。
手をつないでデートもした、レオのマドレーヌを半分にして分けてもらったし、昨日の朝はその小さな花が部屋に飾られていた。
手紙に書かれていたことは、レオが全部叶えてくれていた。
「レオが好きなのは、シェリルよ」
信じられなかった。報われない想いだと、諦めなければと思っていた。
でもバカみたいな勘違いをしてしまったけど、諦めることに変わりないわ。……私に自由はないのだから。
「……そう、でも私は女王になる身だから、好きな人とは結ばれることはないわ。だから……」
「それなら、今度はその常識を壊せばいい。愛し合う者たちを引き裂くような常識なんて必要ないだろう?」
シルヴァンス国王の言葉は衝撃的だった。
この常識を壊せと。凝り固まった私の思考は、無理だと諦めて考えることをやめていた。
それがどんなに愚かなことか目にしてきたのに。
あんなに怒ってきたのに。
ああ、そうか。
レオを諦めるという常識に囚われた自分と、重なって見えていたのね。だからこそ余計に怒りが湧いたんだわ。
この常識を一番変えたかったのは、自分自身だったのだから。
そうね、壊せばいい。
全てを壊したっていい。
守るものは民の命と平穏。それさえ間違えなければいい。
愛しいレオを取り戻して、今度こそ絶対に離さない。
「ふたりとも、ありがとう。目が覚めたわ」
新たな決意を胸に、私は顔を上げた。
もう二度とブレないと誓って。何が何でも、レオを取り戻すと誓って。
「私も出来る限り力を貸そう。友人には笑顔でいてもらいたいからね」
「そうね、私たち夫婦が誰よりもシェリルの味方になるわ。だから、レオを捕まえて」
「本当に……ありがとう。初めてきた外の国がここでよかった。アリエルとシルヴァンスに会えて、本当によかった」
そして私は、自分の意思で歩き出す。
本当に叶えたい望みが何かわかったのだから。真っ直ぐに、少しでも早く。
レオに会うために。
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