第34話 それならお前が消えろ

 この日はシルヴァンスが、国王である私と宰相に内密に話があると登城していた。

 グライス侯爵の乱心騒ぎから二週間後のことである。

 十二月の半ばにさしかかり、すでに雪が積もりはじめていた。




「何だと!? エルフの取引相手がもうすぐ決まるだと!?」


「はい、父上。そのため内密にご報告に参りました。レオの弟がグライス侯爵になり、かなり心を砕いておられます。何とか力になれないかと相談されました」


 なんていうことだ!! 『影』からの報告では、契約は魔法でなされると聞いておる……それならば契約の段階で私が入らねば、思うようにできぬではないか!!


 しかも、グライスだと!? 呪われた存在カース・レイドを輩出し、父はとち狂ってしまったような家門に任せるわけにはいかぬ!!


「バートレット、これ以上は悠長にできん。こうなれば、強硬手段もやむを得まい。グライス家の当主はまだ子供だ。荷が重いだろう」


「そうですな、では、一度シェリル王女と密談する手配をいたしましょう。準備が必要でございますな」


「うむ、この前話した内容で整えてくれ」


「承知しました」



 危うくグライス家の小僧に好きにされるところであったが、さすが我が息子だ。役に立つではないか。あれほど疎ましかったのに、いまでは重宝している。


 こうなっては仕方ない。平和的な取引ができないのなら、多少強引にでも奪い取るしかないのだ。



 何としても、エルフとの取引に食い込むのだ!!




     ***




 全ての準備が整い、エルフの王女を王城の大広間に呼びだした。そのあとの流れを踏まえて、多少暴れても問題ないような部屋にしてある。


「シェリル王女様、本日はお時間をいただきありがとうございます」


「それで私をここまで呼び出して、どのような要件ですか?」


 見目麗しいエルフの王女は不機嫌な様子で、早く終わらせたいとばかり本題に入る。

 まったくせっかちな性分だ。まあ、いい。私も時間を無駄にはしたくない。


「ええ、では率直に申し上げますと、エルフの生薬の取引は国王である私と行っていただきたい」


「……貴方では無理です。取引しません」


 即答だ。何が気に入らないのか、いくらエルフの王女だとしても生意気すぎる。


「そうですか……穏便に済めばよかったのですが、仕方ありませんね」


 私は護衛の騎士に目くばせした。

 前もって指示は出してあるので、用意していたを持ってくる。


 両手と口には手枷がつけられていて、引きずられるように連れてこられたのは、王女の専属護衛だ。

 これを見たエルフの王女は、怒りに体を震わせている。


「何故、レオが拘束されているの」


「それはレオが罪人だからです。シェリル王女様」


 罪人という言葉に、反応したのか眉を寄せて刺すような視線をむけてくる。


「どういうこと?」


「グライス侯爵の乱心の影の首謀者だったと、証拠がでてきたのです。そのため至急捕縛しました」


「何ですって……?」


 ここからは一気にたたみかける。もう私と取引するしかないように、手は打ってあるのだ。


「我が国では処刑の上さらし首が妥当な処分でしょう。ですがシェリル王女様の護衛でもありましたので、わざわざお知らせしたのです」


「つまりレオを解放したければ、貴方たちと取引しろというのね」


「左様でございます。シェリル王女様」


 さあ、これで頷くしかないだろう。さっさと魔法で契約をするのだ!



「さすが召喚魔法を理解できない無能な者たちね。エルフとの契約は精霊魔法での契約よ、嘘いつわりのない心でないと契約できないわ。さっきも言ったけど貴方たちと取り引きする気はないから無理ね」



 何故この状況で断るのだ!? 王女の大事にしてる護衛が、処刑されるんだぞ!? しかも生意気な発言ばかりしおって……もう下手に出るのはやめだ! 最後の切り札を使って頷かせてやる!!


「何だと……!? 黙っておれば無礼な発言ばかりしおって!! エルフの小娘が……こうなったら力ずくで契約させてやる! バートレットもそこの騎士も、魔法で攻撃せよ!!」


「大地の精霊よ。我の願いは仇敵の沈黙!」


 王女の呪文で突然床からいばらが伸びてきて、攻撃体制に入っていたバートレットや騎士の自由を奪っていた。私の両手も拘束されて、魔法が放てない。


「っ何だ!? このいばらは!?」


「貴方たち……忘れているようだけど、私エルフの王女なの。精霊魔法が使えるのよ」


 精霊魔法と言っても、魔法は魔法であろう。こんな草など炎魔法で消し去ってやる!


「ふんっ、こんなもの焼き払ってくれる!」


「大地の精霊よ。我が願うは愛しきもの自由と、罪人の懺悔の血」


 次の呪文で鋭利な棘のついたいばらが、私の体に巻きつき深く傷つけていく。それと同時に、エルフの護衛は自由になったようだった。

 バートレットも騎士も血まみれになっている。


「ひぎぁぁぁ!!」

「ぐわあっ!!」

「おのれっっ!! おい貴様ら! この魔道具の餌になれ!! お前もだ! バートレット!!」


 私はいよいよ最後の切り札を発動した。

 この古代の魔道具は、生贄を捧げればその分だけ強大な魔力が得られるものだった。いま使える生贄はふたりだ。この場を切り抜けるためなら充分だろう。


 私は指輪型の魔道具を、バートレットと騎士にむけた。すると指輪から黒い霧がでて、バートレットと騎士を飲み込んでゆく。


「えっ! うっ、うわあああ!!」

「そっ、そんな!! やめっ————」


 そして、黒い霧が指輪におさまり、私の体の奥底から湧き上がる力を感じた。いままでに体感したことのない、強大な魔力だ。



「ふはは……ははははは!! これで互角だ!! この古代の魔道具があれば、エルフさえも恐ろしくないわ!!」



 渦巻く魔力を操り、最も火力の高い魔法を放つ。かつて私が使っていた魔法が子供の遊びに感じるほど、その威力は大きなものだとわかる。


「テンペスト・サンダー!!」


 大広間を破壊しながら、幾つもの落雷がエルフの王女に襲いかかった。




【ラキエス】


 呪われた存在カース・レイドが、何やら怪しげなものを呼びだした。冷気をまとった魔力の塊のようだ。


『ほう、今日は楽しめそうだな』


「シェリルを守ってくれ」


『それがレオの望みなら。絶対零度の牢獄ゼロ・プリズン


 何やら話をしたと思ったら、エルフの王女が氷の檻で包まれた。私が放った雷魔法は、すべて弾かれてさらに大広間を破壊していく。


「小賢しい真似をしおって!!」


【ゼウス、降臨】


 何だから知らんが、呪われた存在カース・レイドが気味悪く紫の眼が光った。いつのまにか剣を手にして、エルフの王女の前に立っている。


「貴様っ!! 無能のくせに目障りだ!!」


 私の強大な魔力にもまったく怯まずに、悠然とたたずんでいる。その態度が、さらに私の神経を逆撫でた。



「そうか、それならお前が消えろ」



 私はこのレオ・グライスから叩きのめすことに決めたのだ。


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