第33話 ただ、ひたすらに

 グライス家の事後の処理がすんで、私は国王である父に一連の報告をするため王城へときていた。



「シルヴァンス……いまの話は全て事実なのか……?」


 話を聞きながら国王の顔色はどんどん青ざめていき、いまでは白くなっている。やはりエルフの王女誘拐というワードが、衝撃的だったらしい。下手したら国が一瞬でなくなるくらいの事件だから仕方ないが。


「バートレット! お前があの古代の魔道具を使うと言い出したんだぞ! どうしてくれるのだ!?」


「陛下! まだシルヴァンス王子の前でございます!」


 いや、今更だし、すでに知ってる。ただ、父の喚き声を聞くのはうんざりなので、話題を変えた。少し表情を暗くしてつぶやく。


「このままではシェリル王女が、ジオルド国を選ぶのかもわからないですね……」


「そ、そうだな……確実にこの国で取引してもらうように手を回さねば……」


「しかしすでに心象が悪くなっていると考えなければ、心を動かせないでしょう」


 さて、最後にヒントをくれてやろうか。


「シェリル王女は護衛のレオを非常に頼りにしています。排除するのも難しい状況です。上手くレオを使えればいいのですが……」


「そうか、レオ・グライスだな! 彼奴あやつを使って、なんとかならんものか……」


「……できなくはありませんが、どうですかな」


「よし、わかった。シルヴァンス、報告ご苦労であった。下がってよい」


「はい、それでは失礼いたします」


 国王と宰相で密談したいらしい。

 私はある魔道具を忘れたふりをして、国王の執務室に置いてきた。これで、準備完了だ。


 国王の執務室をあとにして、シェリル王女の誘拐以外は概ね事実を発表するように手配して魔法学園へと戻った。




     ***



 

 グライス侯爵が乱心したと世間を賑わせ、テオには同情的な目がむけられている。派手に屋敷を壊したのも、こちらの都合のいいように勘違いしてもらえていた。


 最近はすっかり図書館の隠し部屋が気に入って、みんなでよく入り浸っている。

 この日も重大発表があったので、全員に召集をかけていた。



「これで、テオが現在のグライス侯爵になるための手続きが完了した。これから立て直すのは大変だろうけど、頑張ってくれ」


「はい、寛大な処置をいただき、誠にありがとうございます。今後はシルヴァンス王太子の駒として働く所存でございます。如何様いかようにもお使いください」



 弱冠十六歳のテオ・グライス侯爵がここに誕生した。


 床に膝をつき最上の敬意を示している。今回の騒動で領地取り上げの処分も出ていたのだが、レオの存在をチラつかせ領主交代で国王と宰相を納得させたのだ。書類さえ整えば簡単だった。



 悲劇の若い領主ということで受け入れる空気はできたが、これから認められるのは並大抵の努力ではない。若くても至らなくても、領民の暮らしを守らなければならないんだ。


 まあ、レオの弟だけあって優秀だから大丈夫だと思うけど。最初だけ少し手を貸せば、あとはひとりでもやっていけるだろう。



 そして愚王の断罪についてだが、私がいま動かせるのは辺境伯の面々と一部の『影』たち、魔法研究所、それからシェリル王女とレオだ。

 『影』たちの働きで、国王を追い詰めるための証拠はほぼ固まっている。


 国議を開いたとしても、発言力のある辺境伯の援護はもらえるし、なにより先王毒殺と、シェリル王女の護衛に対しての拉致計画の証拠があるから、負ける要素はない。

 ……そろそろだろうか。



 ————お祖父様、もう少しで決着がつきそうです。




     ***




 私には賢王と呼ばれた祖父がいた。


 穏やかで厳しくて、それでいて茶目っ気のある祖父が大好きだった。

 祖父は小さい頃から私を可愛がってくれて、どんなことでも教えてくれた。「シルヴァは天才だ!」と褒められるのが嬉しくて、どんどん吸収していったんだ。


 その頃は父よりも一緒に過ごす時間が長くなっていた。まだ王太子だった父は、辺境の魔物の大討伐の仕事に携わっていて王城にあまりいなかったのもある。


 だけどこの大討伐が終われば、大きな実績になるため何の憂いもなく王位につけるはずだった。

 それなのに父はこれを蔑ろにされてると思い、自分の息子、つまり私にも嫉妬したのだ。その想いがこじれにこじれ、ついに祖父を毒殺するにいたる。


 毒殺される一週間前、寂しそうな顔で祖父は言った。


「シルヴァよ……もし私が病に倒れたら、温室にあるアイリスの鉢植えの世話を頼む」


「こんなに元気なのに、何をおっしゃるのですか? それより、この意味を教えてください」


「時間の許す限り、シルヴァにすべてを教えるよ」



 そして、祖父は急な病で亡くなったと発表され父が国王に就任した。


 私は祖父の遺言通り、アイリスの世話をしていた。アイリスの花を見ていたら、不思議と祖父が近くにいてくれるような気がして心が落ち着いた。


 そしてある日見つけたのだ。

 アイリスの鉢植えの中に、祖父からの最後の手紙を。


 そこには、祖父が亡くなった真実が書かれていた。

 父によって毒を盛られる計画を察知したこと。証拠は王家の『影』が保管していること。

 それから、最後にこう書かれていた。



『私は国王失格だ。国王である前に父親だったようだ。どうか息子が思いとどまって、私を殺す計画を中止するよう願っている』



 祖父は毒を盛られるとわかっていて、父と会ったのだ。そして期待を裏切られて毒に倒れたんだ。

 私はしばらく呆然としていた。



 まさか、まさか、父上がそんなことを? たしかにお祖父様は清濁あわせ呑んでこそ、王者の器だと言ってたけど……だけど!



 真実を知って悩んでいた時に、父から大討伐の仕事を引き継ぐように命令された。父からも離れたかった私は、それを受け入れ魔物の討伐にむかったのだ。



 そして、それが私の確固たる信念を築くことになる。


 自らの身体を張って魔物の侵攻を防ぐ辺境伯たちにもまれ、魔物で命を落としていく者たちを目の前にして、どれだけ甘ったれていたのか理解した。

 王族として生まれてきたのに、私は何の覚悟もできていなかった。



 私が戦うのは、自分のためではない。ここで、こうして命を張って国を守ってくれる者たちのため、魔物に家族を奪われ悲しむ民を救うため、この国にいる民のために己の命を賭けて戦うのだ。



 祖父の言葉の数々を、正しく理解できたのはこの時だ。乾いた地面が水を吸い込むように深いところまで浸透して、私のあるべき姿を導いてくれた。



 その時、私は決意した。

 この国のために自分の全てを賭けると。



 そして、賢王だった祖父を毒殺し、大討伐を放り投げ己のためにしか動かない父を引きずり下ろすと。




     ***




 あのあとのお祖母様と母上の死も不審な点があったから、調べてみるとやはり父の指示だった。お祖母様は毒殺の件を知られたから、母上は王妃として正しい意見を言っていたのが反感を買ったらしい。

 私はますます決意を堅くした。



「レオ、明日計画通りに国王を煽るから、動きがあったらよろしく頼む。しばらくは王城から調整するから、魔法学園には戻ってこない」


 追憶から意識を戻して、親友に計画開始を告げる。


「本当に……いいのか?」


「父と子である前に、国王と王子だ。この命を国のために使う覚悟はできてる」


 だから私は己の信じた道を突き進むのだ。ただ、ひたすらに。


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