第32話 約束してもらえますか?
衝撃で固まってたところに、テオとシルヴァ、アリエルがそろそろと地下まで降りてきた。
シェリルは何食わぬ顔で「こっちよー!」と手を振っている。
俺もとりあえず平静を装うことにした。正直、心臓がバックンバックンうるさいが、放っておくしかない。
「兄上……たしかに好きにやってと言いましたが……屋敷が……」
「悪いな、加減できなかった」
「そうね、あんなに怒ったレオは初めて見たわ」
あれ? もしかして、シェリルの顔色が悪かったのって俺のせいか? まあ、ブチ切れたなんてレベルじゃなかったから、仕方ないか。
そして、今後あんな失態を二度としないように、やらなければいけないことがある。何とか心臓も落ち着いてきたので、シェリルに切りだした。
「シェリル様。もう、二度と囮なんてやらないって約束してください」
「えっ、レオ? どうしてその話し方……?」
シェリルがオロオロとしはじめた。長い耳が下がっているが、俺も引けない。本当に何かあったら、自分を止められない。
「約束して頂けないなら、ずっとこのままです。俺はただの護衛ですから」
「レオ、いつもみたいに話して、ねえ」
耳がだだ下がりだが、わずかに涙ぐんでるシェリルがまた可愛いなとか少ししか思ってない。
「シェリル様を奪われて実際に気が狂いました。……それに、ものすごく心配したんですよ? 約束してもらえますか?」
「わ、わかったから! 約束するから! いつもみたいに話して!」
コクコクとうなずくシェリルに、いつものようにフワリと微笑んだ。
ようやくシェリルの耳がピコンと、跳ね上がる。
「……約束だぞ」
「はい、心配かけてごめんなさい」
これで、シェリルも無茶なことは控えるだろう。これからは危険は事前に排除だ。そして、もう少し戦略とか諜報とか勉強しよう。代替案が出せなかった、自分にも責任がある。
「さて、それでは今度は私の番だな。レオに負けないくらい派手にやろうか」
そう言ってシルヴァはゾクッとするような、黒い笑顔を浮かべる。
ああ、いいお手本がここにいたと思った。
***
後処理についてはシルヴァが騎士団に指示を飛ばして、マリオ・グライスの乱心で片付けることになった。
まるっとなくなった屋敷をみて、騎士たちはあんぐり口を開けている。……そっと視線を逸らした。
シェリルはアリエルの側にいて、何やら話し込んでる。何でもないフリしてるけど、まだ俺の心は乱れまくってる。
あれは……きっと、緊急処置的な何かだ。
押し込めてきた感情がドロドロと渦巻いて止められなかった俺を、どうにかしたかったんだと思う。
たしかに侯爵を殺したら、後処理はこんな簡単に済まないだろうし、俺も理由はどうあれ牢屋行きだ。
……シェリルに、また救われたな。
「兄上……」
「あー、テオ、大丈夫か?」
おずおずと遠慮がちに声をかけてきた弟に、何でもない風に答えてやった。
「……っ! 名前……呼んでくれるんですか?」
大きく目を見開いて、でも信じられないという顔で、俺を見上げている。魔法学園を去るテオに冷たく接したのが残っているんだろう。
だからハッキリと言葉で伝えた。
「ああ、弟だからな。ただし、お前はこれから俺に絶対服従だ」
ちょっと照れくさくて、へんな命令するつもりもないけど、上から目線で言ってみる。それなのに、テオはものすごく嬉しそうに笑った。
「はいっ! わかりました!」
「じゃぁ、敬語はやめろ。昔みたいに話せよ」
「お兄さま……ありがとう」
え、『お兄さま』って……待て、そこじゃない。いやでも、ある意味ちゃんと絶対服従してるのか。昔って言ったらテオが六歳の頃だもんな。
「あ、ごめん。そこは兄上で頼みたい」
「ふっ……ははは! なんだよ、我儘だなあ!」
テオの声が震えてる。堪えてはいるけど、ポタポタと落ちる雫は地面を濡らしていく。
「いまのテオに『お兄さま』って呼ばれるのは、ちょっとゾワっとしたわ」
「たしかに。僕も気持ち悪い」
「だろ? ……だから、ほら、いい加減泣きやめ」
そう言って、そっと頭を撫でてやる。
父も母も失ってしまったけど、兄弟の絆だけは取り戻すことができた。そして、俺は昔と変わらず泣き虫なテオを慰めていた。
***
どうしましょう。
やってしまったわ。思いっきり、やらかしてしまったわ!!
もうひとりでは対処しきれない……とても恥ずかしいけど、アリエルに話を聞いてもらうしかないわ!!
グライス侯爵家から魔法学園に戻ってきて、私はいまでは親友のアリエルに真っ先に声をかけた。
ここ最近は男女の付き合い方もアリエルに教えてもらって、上手にできてたのに久々にやらかしてしまったのだ。
レオには絶対聞かれたくないので、アリエルの部屋にお邪魔している。
「それで? 話したいことって何?」
扉を閉じて、アリエルが振り返る。公爵令嬢で、しかもシルヴァンス王子の婚約者であるアリエルの部屋は、派手さはないが一級品の家具が揃えられていた。
そのフカフカのソファーに腰を下ろし、両手で顔を覆う。こうでもしないと、恥ずかしくて話せない。
「あのね、レオに……口づけ……したの」
「へえ〜、口づけしたの。……えっ! くっ、キスしたの!? いつ!? どこで!?」
クワッとアリエルが食いついてきた。私の隣にピッタリと寄り添うように座ってくる。わかってるわ、アリエルはこういう話が大好きよね。
「あの、グライス侯爵の屋敷で、レオが助けてくれた時に……」
「いつのまに……! で、どうだったの?」
「どうもこうも……レオを止めるために、他に方法が思いつかなくて……どうしましょう、はしたない女だと思われてたら立ち直れないわ!」
一番の不安はそこだ。自ら口づけしてくるような女は嫌だと言われたら、この先どうすればいいのかわからない。
「いや、それはないから大丈夫よ」
「だって、女の私から口づけしたのよ!? いくら怒り狂ってるレオを止めたいからって……引かれてるわよね……」
「だって、前もいい雰囲気だったし、レオなら気にしないわよ。むしろ喜んでるんじゃないかしら?」
前……? 思い当たるのは、図書館の隠し部屋でレオと急接近した、アレのこと!?
「前って……もしかして、隠し部屋のアレ!? 見てたの!?」
思わず手を離して、アリエルを力強く見つめてしまう。茶目っ気たっぷりにアリエルは笑ってた。
「あは、バッチリ☆」
「はっ……恥ずかしいわ!」
あんなところを見られていたなんて! もうイヤだわ! 恥ずかしくて泣きそう!!
「だからね、あの時のレオの様子から見ると、シェリルからキスされて嫌だと思うわけないのよ」
「……? そうかしら? 私、レオに軽蔑されたりしてないかしら?」
「それはないと断言できるわね」
アリエルの自信たっぷりの、力強い一言に沈んでいた心が浮き上がってくる。こんな頼りになる親友がいてくれて、私は幸せ者だわ。レオと一緒に人間界に来れて、本当によかった。
「……アリエルが言うなら、きっとそうなのね。ありがとう。安心したわ」
「大丈夫だから。私は何より、シェリルにも好きな人と結ばれて、幸せになってもらいたいの」
アリエルはいつもこう言ってくれる。その言葉にそっと頷いた。
いつか現実を見なければならない、その日までは。
望みが薄くても、それが幻のような夢でも、今だけはそんな未来を夢見たい。
愛しいレオと一緒に生きていく夢を。
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