第29話 俺の弟なんだ
「レオ! 今すぐ来てくれ!!」
寮の食堂で夕食をとっていると、シルヴァが珍しく険しい顔で俺を呼びにきた。
「何だよ? 何かあったのか?」
「テオ・グライスが大怪我を負った状態で、魔法学園にやってきたんだ。まだ学籍は残ってるから、今は特例措置で運び入れて治療室で教師たちが回復にあたってる」
何だって……? テオが大怪我って、何で? 何があったんだ?
俺の脳裏には最後に言葉を交わした、あの時の決意に満ちた笑顔がよみがえる。
「治療室だな、わかった」
クリタスの空間魔法で、次の瞬間には治療室にやってきた。室内から聞こえてくるのは、回復魔法が得意な教師の叫び声だ。
「これ以上は無理よ!」
「誰か他に回復魔法が使える人はいない!?」
「失血が多すぎて、急がないと手遅れになっちゃう!!」
「治療士はまだ来ないの!?」
見れば全身を切り刻まれて、真っ白な顔色のテオがベッドの上に横になっていた。教師が回復魔法をかけているが、怪我が酷すぎて出血が止まっていない。
「俺がやる」
教師たちは驚いていたが、すんなり俺に場所を譲ってくれた。
【アクア、ヴィーナス降臨】
回復の得意なふたりを同時に呼びだす。アクアはベッドの反対側に、ヴィーナスは俺の身体に降りてきた。
「俺の弟なんだ。死なせたくない、頼む」
『弟か。任せろ、命の雫!』
「癒しの愛歌」
アクアから放たれる淡い青い光が、テオの傷を塞いでいく。そしてヴィーナスの歌声はその場にいる他の者たちも癒していった。
内側から湧き上がるように魔力が回復して、教師たちも回復魔法をかけ始める。テオの体から失われた多くの血液も、ヴィーナスの歌声で増えていった。
何も考えずに回復魔法をかけ続けた。
消える寸前の命の灯火に、ありったけの魔力を注ぎ込んでいく。触れなかった脈は強く拍動しはじめて、次第に頬に赤みがさしていった。
「はっ……やった……脈が力強くなった! もう大丈夫だ!!」
「よかった! 助けられた!!」
「レオ様! あなたの召喚魔法のおかげです!! この子を助けたのはあなたです!!」
「本当にすごかった! ありがとうございます!!」
教師たちが興奮して、手を取り合って喜んでいる。よかった、テオが助かったなら。
「いや……貴方たちが命をつないでくれたから。で、このあとはどうするんだ?」
褒められ慣れてなくて、ぶっきらぼうになってしまった。振り向けば、シルヴァとシェリルも治療室にきてくれている。
「レオ、さすがだな。テオだけど月末までは、このまま治療室で管理することになる」
「……俺の部屋に連れていったら、ダメか?」
「レオがそうしたいなら私が手配しよう。先生方は異論ありませんか?」
シルヴァがまた手を回してくれるようだ。学園の規則もあるのに、本当にありがたい。シルヴァが困ってるときは一番に力になりたいと思う。
「まさか!」
「私たちより回復上手なんですもの、心配ないわ」
「体力が回復すれば目が覚めると思うから大丈夫よ」
「そうね、三、四日ってところかな?」
教師たちが賛成してくれたので、俺の部屋で問題なさそうだ。シェリルも心配そうに、テオの様子を見てくれている。
「弟の命を助けていただき、ありがとうございます」
お礼を言って、そっとテオを部屋に運んだ。
穏やかな顔で眠るテオは、やけに幼く見えた。
テオは誕生日がきたから十六歳だ。そう、まだ子供なんだ。
六歳で兄が
このままひとりにしたくないと思った。何があったのかわからないけど、きっと大変なことがあったと思うから。
死にそうになってるテオを見たら、また兄と呼んでほしいと思ったんだ。
***
「えーと、面会申請ですね。ふむふむ、許可証はお持ちですか?」
「はい、こちらです」
私は黒髪を丁寧に後ろに撫で付けて、穏やかな微笑みを絶やさず魔法学園の正門にて受付をしていた。
受付の門番はのんびり作業を進めている。舌打ちをしたくなるのを堪えて、来客用のプレートを受け取った。
「はい、確かに確認いたしました。学園内ではこちらのプレートをつけてください。それではグライス侯爵様、帰る際にはまた声をかけてください」
「ええ、もちろんです。では」
こうして私は、あっさりと魔法学園の侵入に成功したのだった。
ふむ、簡単なものだ。あんな書類ひとつで魔法学園に入れるのだから。
宰相に用意させたのは、レオ・グライスへの面会申請書だ。実の息子に会いに来たのだから、不自然な点は何もない。用意するまでに二日もかかってしまったが。まぁ、邪魔するものはいないし問題ないだろう。
テオは取り逃がしてしまったが、あの怪我だ。今頃どこかでのたれ死んでいるだろう。まったく役に立たない息子たちだ。
今回はたまたま息子に会いにいく途中でエルフの王女に出会い、運悪く魔道具が発動する予定だ。
私は何年ぶりかの園内を、目的の人物に会うまで歩き回るつもりだった。できることなら自分で探し出したい。生徒の印象に残らないように、密かに接触したかったのだ。
そして一時間ほど歩き回り、ついにエルフの王女を見つけた。
せっかく見つけたのだが、生徒に囲まれていて声がかけられない。影から様子をうかがい、人気のない場所へ移動するのを待った。
そしてついに、チャンスは巡ってくる。
講義で移動するときに通る廊下には、生徒や教師の姿はなかった。
「シェリル王女様」
銀糸のような髪を揺らし、エルフの王女が振りむく。私は警戒されないように極力注意をはらった。
「先日は大変失礼なことを致しました。誠に申し訳ございませんでした」
大袈裟なくらいに頭を下げて謝罪した。するとシェリル王女は慌てた様子で赦しを与えてくれる。計算通りだ。
「頭を上げてください。私は気にしてませんから。それより、今日はどうされたのですか?」
「お恥ずかしい話ですが、息子との関係修復のために会いに来たのです」
ある意味嘘はついていない。父である私が絶対的な強者だと、正しく認識させるために訪れたのだ。私の計画では、この後レオは跪き許しをこうだろう。
「そうですか……」
「ここでシェリル王女にお会いできたのも、何かの縁です。よろしければ息子と上手くやるために、相談に乗っていただけませんかな?」
「私がですか?」
「ええ、息子はシェリル王女様を大切にしているようなので、何か参考にさせていただければと思ったのですが……ご迷惑でしたか?」
ここで申し訳なさそうに眉尻を下げた。このような腹芸など高官として働くのに必要なスキルなので、こんな小娘を欺くくらい何でもない。
だが、魔道具を発動するにはまだ距離が遠いのだ。あと二歩近づかなければならない。
「いいえ、私でよければお力になりましょう。では部屋を用意します。少々お待ちいただけますか?」
そう言ってシェリル王女がグライス侯爵に背中を向けたときだった。
一瞬で二歩の距離を詰めて、古代の魔道具を発動させる。球状の魔道具はパカリと真ん中から開き、漆黒の空間が広がる内部をあらわにした。
グニャリとシェリル王女が立っていた空間が歪み、漆黒の空間に取り込まれる。そしてキレイにシェリル王女を取り込んだあとは口を閉じて、はめ込まれた魔石が妖しく光りはじめた。
「ククク……こんなに簡単に取り込めるとは……クククククッ!」
私は込み上げる笑いを抑えながら、足早に魔法学園を去ったのだ。
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