第28話 震えてないで動くんだ!!!!
僕は兄上に別れを告げたあと、魔法学園を去って屋敷で自分の荷物を整理していた。
教師に相談したときは、新しい学園長なら相談に乗ってくれるからと引き止められたが、自分だけのうのうと生きることに耐えられなかった。
幼い頃は優しくて楽しい兄上が大好きで、いつも後ろをついて歩いていた。それが変わったのは兄上が魔法学園に入学してからだ。
父上と母上はまるで兄上がいなかったように振る舞って、最初はどうしてなのかわからなかった。
ただ、兄上の話をすると両親が逆上したので、話してはいけないのだと理解した。
やがて魔法学園に入って理由を知った。
たかだか八歳の子供に、どうにかできる問題じゃなかったとは思う。でも、いつのまにか僕も父や母と同じように、兄上を蔑んでいた。
「もっていく荷物はこれだけかな……」
必要最低限の荷物だけカバンに詰めて、最後に父上と母上に挨拶をしようと母上の部屋にむかった。そこでほんの少し扉が開いていて、ふたりの話し声が聞こええてくる。
……ちょうどよかった。一度に挨拶できそうだ。
声をかけようとして、耳に入ってきた言葉に体が動かなくなった。
「これでレオを封印しろと、宰相閣下から渡されたんだ」
「そんな! いくら
「まだ寝ぼけたことを言っているのか!?」
父は怒りに任せて、部屋の中で暴れているようだ。陶器が割れる音が響いて、物が倒され母が短い悲鳴をあげていた。
「いいか! レオを封印するだけで生き残れるわけがない! この先の私たちの未来はないんだ!!」
「それは貴方のせいじゃない!! もう嫌! 私は実家に帰ります、金輪際グライス家とは関わらないわ! 当然だけど実家からの援助もおしまいよ!!」
父上は感情的に怒鳴り散らして、母上は泣きながら叫んでいた。……母上もこの家と決別するのか。
どうしよう、兄上に危険が迫っていると伝えなきゃいけないけど……どうにかここで止められないか?
「待て!! これを使って封印するのはエルフの王女だ! そうすれば勝機はある!」
「何ですって!? エルフの王女様にそんなことしたら……」
ありえない計画に母上の声は震えていた。僕も一瞬息をするのを忘れていたくらい衝撃だった。
「これくらいやらないと、グライス家は終わるんだ!! そして、グライス家と取引させればよいのだ!! あの二人の弱みを握れば上手く使えるだろう」
「わ、私はとにかく実家に帰ります!」
僕が悩んでいる間にも、父上と母上の口論は決定的なものになってしまった。
「……そうか、ならばお前はもういらん」
扉の隙間から見えたのは、舞い散る赤い血飛沫だった。そして血まみれの母が倒れていく。ドサリと転がって、赤黒くカーペットを染めていった。
「誰にも私の邪魔はさせんぞ……!!」
「っ! 母上!!」
僕は瞬間的に母上のもとに駆け寄った。
まさか、父上がこんなことをするなんて思わなかった。何とか止血しようとしたけど、僕は回復魔法が使えない。父上に似て、炎属性と風属性の攻撃魔法しか使えなかった。必死に傷口を抑えたけど、すでに母上の紫色の瞳に光はなかった。
呪われてるのは僕の方じゃないかと思った。こんな狂った父親の血を色濃く受け継いでいるんだから。
「テオか! そうだ、お前も手を貸すんだ。いまなら何とかなるんだ!!」
母上の返り血を浴びた父上は、焦点のあっていない目で僕を見つめている。いつからこんな風になってしまったんだろう? いつから父上は狂っていたんだろう?
……僕は目を背けてきたから、気がつかなかったんだ。本当に何もかも今更だ。
「父上、もうやめましょう。僕たちが間違っていたんです」
「何を言ってるんだ! 私は間違ってなどおらん!! 貴様も私の邪魔をするのか!!」
「!!」
そう言って、なんの遠慮もなく僕に上級風魔法を放った。
いくつもの風の刃が僕の体を切り刻む。身体中焼けるように熱くて、次の瞬間には激痛が襲ってきた。咄嗟に風魔法のガードを張って即死は避けられたけど、かなりのダメージを受けてしまった。
何で……何で? 父上はもう僕すらわからないのか?
込み上げる涙が傷に染みて、ギリっと奥歯をかみしめた。
ここで死ねない。まだ、ここで死ねない。兄上にこのことを伝えないと……兄上の大切な人が危険に晒されてしまう前に!! 僕に今できるのはそれしかない!! 動け! 震えてないで動くんだ!!!!
「ヘルファイア!!」
僕は炎の壁を作って、父上の注意をそらして正面口にむかう。
ちょうど旅に出るための馬を、執事と使用人が用意してくれたところだった。
要らないって言ったけど、助かった。いざとなったら売ればいいって、最後のお世話だからって用意してくれたんだ。
こんな僕に尽くしてくれる人たちにも教えて、そして解放しないと。
「テオ様!? その怪我はど————」
「屋敷からみんな逃げろ! 父上が乱心された! 給金の代わりになりそうなものは持ちだしていいから、くっ、とにかく逃げろ!!」
大声を出すだけでも、全身に痛みが走る。でも、止まるな。止まったらそこで終わりだ!
「そんな……!」
「お前は他の者に伝えてきなさい! テオ様はどちらへ行かれるのですか!?」
青ざめた顔で、使用人が走っていく。よかった、この屋敷の者は助けられそうだ。そして僕が生まれた時から屋敷に仕えていた執事に別れの挨拶をした。
「僕は……兄上のもとに行く。……今までありがとう」
それだけ伝えて、血がつくのも構わず馬に乗る。そして手綱を握り、魔法学園へと馬を走らせた。
***
もう少し、もう少しで魔法学園につくから。意識を保たないと、兄上に伝えられないから、もう少しだけ!!
馬を走らせるだけで、全身に激痛が走った。何度も意識を飛ばしそうになりながら、必死に手綱を握っていた。
冬が目前の冷たい風が吹き付けて、遠慮なしに体温まで奪っていく。
そしてようやく魔法学園の正門が視界に入った。
「やっと……ここまで来た……」
正門の前で馬から降りると、もう力が入らなくて受付の前でうずくまってしまった。それに驚いた門番が駆け寄ってきてくれる。
「おい! 君、大丈夫か!? どうしたんだこんなひどい怪我!!」
「おねが……レオ……レオ・グライ……スを……」
「レオ・グライスだな! わかった! とりあえず回復を————」
兄上……ねぇ、兄上に伝えたいことがあるんだ。僕頑張ったんだけど、ごめん。もう、まぶたが開かない。声も出ない。伝えたいのに……ごめん……ごめん……なさ…………。
僕はそこで意識を手放した。
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