第27話 これは命令よ

「バートレット! バートレットはどこだ!?」


 国王はいつもにも増して大声を張り上げ、宰相を呼びつけていた。怒鳴り声を聞いた高官たちは、すぐさま宰相のバートレット公爵を探しに走る。


 騒ぎを聞いた宰相は各部署との調整の会議から抜け出し、急ぎ国王の元に戻ってきた。そして国王の執務室に入ると同時に人払いをする。


「陛下、お待たせいたしました。いかがなさいましたか?」


「いかがなさいましたかではないわ!!」


 そう言って宰相に投げつけたのは、王家の『影』からの報告書だった。

 書類に目を通してみると、これまでにレオを葬るために放った『影』がことごとく行方不明となっている。追跡用の魔道具を持っていても、痕跡が途絶えてしまいどこに行ったのか、まったく掴めない状況だった。


 王家の『影』とは、ジオルド国の王家に使える暗殺から諜報活動までこなす、極秘裏の組織だ。少数精鋭であるため、個々の能力は非常に高い。行方不明になっているのがひとりやふたりなら、気にもとめないがその人数が異常だった。


「そんな……これまで二四人も姿を消しているのですか……!?」


 大打撃なんてものではない。この人数を失って、組織を維持できるのかすら疑問だった。


「そうだ! しかもエルフの取引相手の候補が、他にもいると報告が来ておる! 他のものは全員不適合ではなかったのか!?」


「そのはずですが……それならば、他にも注意を払わないといませんな……」


「まったく、どいつもこいつも役にたたん! グライス家の方はどうなったのだ!?」


 宰相は胃がキリキリするのを堪えて、現状報告をする。この後の展開も簡単に予想できるので、心はズウンと沈むばかりだ。宰相に任命されたと大喜びしていた当時の自分を、殴りつけたいと思う。


「マリオ・グライスには、嫡男のレオを再教育するよう指示を出しましたが、失敗いたしました。一週間前に広場で騒ぎを起こし現在牢屋に入っております」


「牢屋だと!? 何をやってるのだ、グライスは!?」


「陛下、これは少し手を変えねばなりますまい」


 ようやく怒鳴りちらすのをやめて、宰相の話を聞く気になる。なんとしても忌々しい呪われた存在カース・レイドを排除して、エルフの王女と取引をしたい国王はどんな手でも使うつもりであった。


「あの魔道具を使いましょう。二年前に遺跡から発掘された、古代の魔道具で閉じ込めて封印してしまうのです」


「ふむ。だが、誰にやらせるか……『影』はこれ以上減らす訳にはいかぬ。グライスはまだ使えるか?」


「そうですな……グライス侯爵であれば魔法学園にも入りやすいですし、近づきやすいのでは? 次に失敗すれば、そのまま切り捨てても問題ないでしょう。念のため『影』を見張りにつけてはいかがですかな? 見張りならば数は減らないでしょう」


 国王はしばし考える。

 成功した場合は目障りな奴がいなくなり、すぐに後任の護衛をシルヴァンス経由で用意できる。やはり我が息子は役に立つ。

 失敗した場合は、グライスに全ての責任を取らせて処分すれば体面も保てるか。

 今回はどちらにしても、こちらがダメージを負うことはないだろう。


「よし、わかった。それで進めよ。グライスには失敗すれば後はないと、充分言い含めておけ」


「承知いたしました」




     ***




 シルヴァに相談してから、さらに一週間が経っていた。証拠集めは着々と進んでいる。


 シルヴァから借りた魔道具を直近で捕らえた暗殺者、もとい『影』の一人に持たせて、敵の情報網を撹乱させるよう動いてもらっていた。


 それから、シェリルとはお互いに何もなかったように振る舞っている。アレは気のせいだったとシェリルが思ってくれたらいいんだけど。


 その日の昼休みにシェリルが珍しく、というか初めて俺に命令を下した。


「レオ、午後に私あてのお客さまが来るの。控室で会う約束をしているから、私が間に合わない時は必ず貴方が対応してちょうだい。これは命令よ」


「はい、わかりました」


 命令と聞いて、思わずかしこまって答えてしまった。

 こんなことなかったから、少し驚いた。シェリルなら命令なんてされなくても、話を聞くのに……と思っていたんだ。

 シェリルに仕組まれたと気づいたのは、そのお客さまが来た時だ。




 目の前にいるのは、クセのある黒髪に紫の瞳をした少年だ。気まずそうに俯いて、膝の上で拳を固く握っている。

 俺と同じ色彩の少年、元弟のテオだった。


 俺からは何も話すことはないので、無言でシェリルが来るのを待っている。来るかどうかは怪しいが。チラチラと視線は感じていても、興味がないので放っておいた。



「あのっ…………」


「なんでしょうか?」


 俺が冷ややかな視線と声を返すと、口をパクパクさせている。やがて意を決して立ち上がり、俺に頭を下げた。


「先日はご迷惑をおかけして、すみませんでした。僕と口も聞きたくないのはわかります。僕が勝手に話すので、聞くだけで構わないのでお時間いただけますか?」


「シェリル様から、お客様に対応するように言われておりますから。まずはお掛けください」


 あくまで他人として接する。冷たい視線のまま、冷たい声のまま。

 一瞬だけ傷ついたような顔をしたけど、それをすぐに隠してまっすぐ俺を見つめてきた。



「今まで、ずっと酷いことをして申し訳ありません。許してもらえるなんて思ってません。でも……本当にごめんなさい」



「別に今ではどうでもいいことですから、お気になさらず」


「……先日、父は騎士に連れて行かれて、城の牢屋に入りました。今では戻って来ていますが、相変わらずです。母は伏せっていて、部屋から出て来ません。でも、それは自業自得だと思っています」



 話を聞きながら、俺は思い出していた。

 テオが魔法学園で俺を見て、嫌そうな顔をしていたのを。

 そして、幼い頃のふたりでイタズラをして怒られた記憶も。


『お兄さま、まって! ぼくをおいて行かないで!』


 そう言って、俺の後ろをいつもついて来ていたことを。泣き虫のテオをいつも慰めていたことを。



「僕はシェリル王女様の召喚魔法の講義を受けました。そして正しい知識を学びました。兄上が、みんなから認められて、嬉しいと……思いました」


 テオの声が震えている。何かを堪えるように、俯いて話を続けた。


「シェリル王女様の講義を何度も聞いて、いろいろなことを学びました。そして僕たち家族は、どんなことがあっても、兄上の味方でなければいけなかったんだと、ようやく気付きました。……もう、遅いですが……」


 テオの固く握った拳に、雫がポタリ、ポタリと落ちている。


「多分、父と母はもうダメだと思います。僕がシェリル王女様から学んだことを伝えても……あの通りでした」


 ゴシゴシとこぼれ落ちる涙を拭いて、テオは顔を上げた。決意に満ちた瞳は、力強く俺を見返している。


「僕はあの家を出ます。魔法学園も今日が最後だったので、シェリル王女様に無理を聞いていただきました。最後に兄上に気持ちを伝えられてよかった」


 俺は、何も言えなかった。今更こんなふうに言われても、もうあの頃みたいに心が動かないんだ。

 俺の心はとっくに壊れてたみたいだ。



「遠くから兄上のご健勝をお祈りしています。どうかお幸せに」



 最後に笑って、テオは部屋からも魔法学園からも出ていった。


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