第26話 そんなに頼りないのかしら?

「それは……本気なのか?」


「もちろんだ。そのために三年前から準備もしている。残念ながら、父ではこの国を衰退させて終わりだ」


 このことが公になれば計画に加担していた者はもれなく、処刑されてさらし首にされるだろう。そんなことをサラリとシルヴァは話した。


 シルヴァの話していた目的とは、この事だったんだと理解する。

 だけど、俺の答えは決まっていた。


「この国には、友人以外に大切なものなんてない。シルヴァが決めたことなら協力するよ。でも、ひとつだけ譲れないものがある」


「なんだ?」


「俺の中でシェリルは特別なんだ。だからシェリルが傷つかないようにするし、もし何かあってもシェリルだけは守り抜くし、絶対に迷惑はかけないようにする。それでもいいか?」


 シルヴァはホッと息を吐いて、肩の力を抜いた。そして、それはそれは黒い笑顔で、さらに驚くべき発言をする。


「もちろんだ、最初からそのつもりだ。それから、さっき話していた暗殺者に心当たりがあるから、会わせて欲しい」


「マジか!? わかった、それなら連れていく。それで何を協力すればいい?」


「それは、暗殺者にあってから話すよ」


 シルヴァの中では、これから国王をどう追い込むか決まっているようで、確認したら詳しく話すということだった。




     ***




 まずはシェリルについていたクリタスをウェンティーと交代させて、暗殺者を任せているアクアのもとに向かった。

 いつも穏やかなアクアが、見知らぬ人間に敵意をむけてくる。


『レオ……それと人間の王子か?』


「アクア、俺の友人だ。信頼できるから大丈夫だ」


 射るような鋭い視線をシルヴァにぶつけている。契約する前は俺にもあの視線をむけていたのを思い出した。

 やがてフッと表情が和らいだ。


『いいだろう。レオの友だと認めてやる』


「それはありがたいな。シルヴァンスだ、よろしく頼む」


 暗殺者のもとにいくと、シルヴァはジッと氷の檻の中を見つめた。ひとりずつ顔を確認しているようだ。


「やはりな。お前たちに発した命令は、この時をもって完了とする。今後は私の管轄とする。いいな?」


 ここで暗殺者たちは初めて自ら動きを見せた。檻の中で膝を折り、無言で臣下の礼をとっている。


「どういうことだ?」


「この者たちは王家の『影』だ。いま彼らに命令できるのは、国王と王太子のみ。つまり、レオに刺客を差し向けたのは私の父だ。……すまない」


 ああ、そうか。シェリルに近づきたいのに、俺が邪魔で仕方ないのか。シルヴァが泣きそうな顔で歯を食いしばっていた。


「そうか……いや、シルヴァのせいじゃないし、いいよ」


「本当にすまない」


 俯いて固く握った拳は震えている。俺なら平気なんだ。だから気に病まないでほしい。


「いいよ。お互い親には恵まれなかっただけだろ」


「はは……そうだな。でも友人には恵まれた」


 やっと、ここでいつものシルヴァが戻ってきた。こうやって幾度、感情を飲み込んできたんだろうか? でもその心の底にあるのは、目的を達成するという強固な意思だ。


「間違いない。で、これからどうする?」


「幸いなことに準備が整ったから、罠を仕掛けようと思う」


「……罠?」


 シルヴァが腕組みして、何やら考えている。今度その作戦の練りかたを教えてもらおうかと思った。


「その前に『影』よ、お前たちはこのに働くのが役目で間違いないな?」


 シルヴァは檻の中の『影』たちにむかって問いかける。


「相違ございません」



「それでは、これより賢王と呼ばれた祖父と祖母並びに王妃を毒殺し、国益を己の私欲で貪りつづける現国王を排除する。この瞬間から私の命令で動いてもらいたい」



「……そう仰ってくださるのを、お待ちしておりました」


 前国王と王妃たちを毒殺!? 流行り病じゃなかったのか!? これは俺が聞いてよかったのか? しかも『影』の人たちも待ってたとか当然みたいな顔してるし!!

 ……何がどうなってるんだ?


「『影』に命ずる。これからは国王がレオの暗殺を企てた証拠をまとめよ。また、追って別件の指示も出すので、それに従え」


「御意」


 シルヴァは振り返って、いままでで一番いい黒い笑顔で俺に告げた。


「聞いた通りだ、レオ。協力を頼むよ。まずはこの『影』たちを解放してくれないか?」


「……わかった」


 それ以外に俺の口から言葉は出てこなかった。




     ***




 俺は魔法学園に戻って、いままでのこととシルヴァの目的をシェリルに話すことになった。内容が内容なので図書館の隠し部屋で、声が漏れないようにメリウスを召喚して超強力な結界を張る。正直怒られると思ってた。


 ていうか、怒られた方がマシだった。



「……そんなに頼りないのかしら?」



 そう言って翡翠色の瞳から、大粒の涙をこぼしていた。言うまでもなく長い耳は萎れたように下がっている。

 やってしまった。泣かせてしまった。想定外とはいえ悲しませるなんて、護衛失格だ。何やってんだ、俺は!?

 シェリルの隣に座り直して、必死に謝った。


「違うんだ。シェリルに負担かけたくなくて……試練で大変だろうと思って黙ってたんだ。悲しませてごめん」


「レオは護衛で大変だからと、私が隠し事してても平気なの?」


 ただ、静かに気持ちを吐露するシェリルに返す言葉もない。


「……平気じゃない。たぶんスゴく落ち込む」


「私も主人なのに……友人なのに頼ってもらえなくて、一番側にいたのは私なのに……自分が嫌になるわ」


 そう言って泣き笑いするシェリルを、思わず抱きしめてた。驚いたシェリルは幸いにも涙が止まったようだ。



「……笑わないで聞いてくれる?」



 シェリルが腕の中で小さくうなずく。


「俺……シェリルが大切で、どんなことからも守りたくて……それに、頼りになるって思って欲しかったんだ」


「レオは……頼りになるわよ?」


「もっと、もっと俺なしじゃいられないくらい頼って欲しくて……シェリルをいつも笑顔にしていたいんだ」


 俺の胸にうずくまってるシェリルの耳が赤い。そして、ピンッと上をむいてる。俺の気持ちはわかってもらえたか?


「……私はもうレオがいないとダメよ」


「シェリル……ずっとじゃなくていいから、それまでは……俺が、一番近くにいていい?」


「……側にいて」



 潤んだ翡翠色の瞳は熱く俺を見つめている。その熱に浮かされるように、頭がクラクラする。俺の瞳はシェリルしか映っていない。そのままゆっくりと距離が縮まっていく。


 何も考えられなかった。

 ただ、吸い寄せられるみたいに、鼻先が触れ合って、唇と唇が触れ合う刹那————






 カタンッ! カタカタカタカタ……ガチャ!


「本当にあいたわ!」

「これから、作戦会議はここでやろうか? 手紙のやりとりも古代語なら情報漏洩もな————」



 聞きなれた声が耳に届き、思いっきり遠慮なく扉がひらいた。その瞬間限界を超えた速さで、シェリルと俺は離れた。シェリルも何でもないような顔をしてるが、耳が上下に激しく動いている。


「あら? シェリル王女とレオも来ていたのね!って、もしかして結界張ってる?」


 外からの音は聞こえるようにしておいてよかった!! 俺グッジョブ!!

 コツンと結界に当たって入ってこれないアリエルとシルヴァを見て、ゴッド召喚を解除した。


「ごめん、いま解除したから入って」


「ああ、話をしてたのか。ちょうどよかった、私もアリエルに話したところだ。今後の相談をしたい」


「ええ、もちろん。それから私も個人として、できる限り協力するわ。シルヴァンス王子とアリエルはもう友人ですもの。夕食までに話を終わらせましょう」


「それは……! 本当に、ありがとう。でもシェリル王女に迷惑はかけないと約束いたします」


 ありがたいことにシェリルは何食わぬ顔で、シルヴァと話している。


 はぁぁぁぁぁ、俺、いま何をしようとした!? シェリルに、何をしようとした!?!?

 何にも気づかれてないな? アリエルは————


「……邪魔してごめんね?」


 ニヤリと黒い笑顔で放った一言に、俺は終わったと悟った。

 だけど、無常にも作戦会議はそのまま行われる。夕食後はシェリルとアリエルでガールズトークをするとかで、そのまま悶々とした一晩を過ごすのだった。


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