第25話 俺の友人だからな
俺とシェリルが街に出かけてから一週間がたっていた。
この一週間は夜に暗殺者が来ることがなくて、朝までぐっすり眠れている。でも暗殺者の依頼主については、一向に調べがすすんでいなかった。
暗殺者たちは相変わらず沈黙を守っている。本で読んだ知識だけでは、圧倒的に経験値がたりなくて手づまりになっていた。
「どうしたもんか……」
いつもより早く目が覚めて、ベッドの上で次の手を考えていた。しかし考えても考えても、新しい作戦は浮かばない。
久しぶりに図書館で、本でも読んでみるか。何かいいアイディアが浮かぶかもしれない。
そして、その日の古代語の講義が終わり、自由時間になった。
シルヴァとハロルド、アリエルが教室を出てからひとり図書館にむかう。シェリルには、調べ物をしたいからと正直に伝えた。
久しぶりに来た図書館は、なにも変わっていなかった。
広い空間にポツポツと生徒がいるだけで、人の気配は少ない。他の生徒に見つからないように本を読んでいたクセが抜けなくて、人のいない通路を選んでしまう。
ていうか、どんなジャンルの本を探したらいいのか……可能性があるのは兵法か、魔道具か? 心理学か?
「何を探してるんだ?」
聴き慣れた声がうしろから聞こえて、驚いて振りかえる。そこにいたのはシルヴァだった。
「シルヴァも本を探しに来たのか?」
「いや、私はレオが気になってついてきた。講義の時からいつもと様子が違ったからな」
そんな態度に出したつもりはなかったけど……悩んでるのがバレてたのか。そうか、次からは気をつけよう。
「何かあったなら話してみろ。私で力になれるなら、いくらでも協力する」
俺はシルヴァに話すかどうか悩んだ。今までは悩んでも困っても、自分で何とかしてきたんだ。……そうか、誰かに相談するという発想がなかった。でも、いざ相談できるとなっても、何から説明したらいいんだ?
「正直いうと、どう話していいのかわからない」
「そんなに複雑な事情なのか?」
「いや……その、こういう風に誰かに話すことがなかったから、何から話せばいいのかわからない」
「…………そうか。わかった、なら私から質問しよう。ここで話して問題ないか?」
何か思い当たったような悲し気な顔をしたけど、シルヴァはそれでも俺の話を聞き出してくれるらしい。これは助かる。所々壊れてるような俺でも、見捨てないで友人でいてくれるようだ。
それなら、あの場所がいいかもしれない。
「できれば場所を変えたい。俺についてきてくれ」
***
図書館の最奥にある古文書コーナーまで来て、ある本棚の前で上から順番に本を半分ほど引き出していく。一段につき一冊ずつ引き出すと、カタンと音がして本棚が左にスライドしていった。そして漆黒の扉があらわれる。
「これは……隠し部屋か? こんなところにあるとは思わなかったな……」
「ヴァルハラの古書に書いてあったんだ。最後の方にあるから後で読んでみるといい」
「そうだったのか……」
【光の精霊】
漆黒の扉を開けて隠し部屋に入り、灯がないので光の下位精霊を呼びだす。優しい光が室内を照らした。それと同時に入ってきた扉は閉まり、本棚がカタカタと元の場所に戻っていく。出るときは床に設置されてる扉からだ。
最初に読んだヴァルハラの古書の最後に、この仕掛けのことが書かれていた。
この学園はヴァルハラの私財で建てられた物で、魔法が使えない者が出てきた時に学べるようになっていたのだ。だから、わざわざ本にも魔法をかけて、本棚に細工をして確実に後世に残るようにしていたんだ。
隠し部屋は学生寮の個室ほどの広さで、壁には本がずらりと並び中央には四人掛けのテーブルと椅子が置かれている。
壁の本棚にある古書は召喚魔法や
「……これは、すごいな。レオの召喚魔法はここで……?」
「ああ、ここで勉強してた」
毎日毎日、朝から晩までこの隠し部屋に通っていた。
古代語が読めるようになってきたシルヴァは興味津々で部屋の中を物色している。そして、ハタと動きを止めた。
「このような大切な場所を、私に教えてよかったのか?」
「……シルヴァは俺の友人だからな」
うん、俺は人を見る目はあるみたいだ。何も言わなくても、ここが大切な場所だと気遣ってくれる、そんな友人を選べたんだ。
そして嬉しそうに笑うシルヴァに、俺も微笑みで返した。
「それでは質問していくぞ」
本来の目的を果たすため、シルヴァと向かい合わせにテーブルにつく。
「まずは、レオの希望を聞こうか。何をどうしたい?」
「……暗殺者の依頼人を調べて、ブチのめしたい」
「————暗殺者……だと?」
鋭くなったシルヴァの質問に答えつつ、これまでの経緯とわかっていることを伝えていく。
「まず、ひとつ言わせてもらおう。こういうことは、すぐに話せ! そうすれば私の方でも調べることができるんだ!!」
「そうか……ご、ごめん……?」
なんで怒られてるのかよくわからないが、とりあえず謝っておいた。
「はぁ……まぁ、いい。いま話してくれたからな。では私の意見を言おうか。次に暗殺者が来たらワザとひとり逃して泳がせたらどうだ?」
「でも、それだと戻ったら殺されるんだ。そうさせたくない」
「お前を殺しにきた奴等だぞ?」
眉をひそめたシルヴァの言いたいことはよくわかる。そして、『すべては諦めろ』と言った暗殺者も、たぶんシルヴァと同じ意見なんだと思う。
「なんていうか……あそこまで鍛え上げるのって、相当大変だと思ったんだよ。それに問答無用で命令されてって感じだったし」
「それでも、その命令に従ったのは自分の意思ではないのか?」
「……選べなかったって言ってたんだ。たぶん、それしかなかったんだ。だから死なせたくない……って思った」
俺も選べなかった。目の前にあるものを、鉛だろうが劇薬だろうが飲み込んで、自分のものにするしかなかった。
自分が重なって見えて、知らんぷりできなかった。
「わかった。それなら、この魔道具を逃す奴に持たせろ」
そう言ってシルヴァは透明で小さな四角いケースに入った、魔石のような物を俺に渡した。
「これは……?」
「ハロルドに開発を頼んでる試作品の魔道具だ。これを割った人間の身代わりがあらわれて、自分の死を偽装できる。まだ出回ってないから、上手く使えば逃げられるだろう?」
「使ってもいいのか?」
「レオは俺の友人だからな」
思わずシルヴァを見る。ドヤ顔して偉そうに腕を組んでるのが、可笑しくて笑いが込み上げてくる。でも、すごく心が軽くなった。
「ふはっ……ありがとう。シルヴァ」
「何故そこで笑う? それより、ハロルドもアリエルも心配してたんだ。状況によっては話してもいいか?」
納得いかない表情だけど、他のふたりのことも教えてくれた。そこで、感情を飲み込むのと隠すのは別物なんだと理解した。
「あのふたりなら構わない。でも、そうか心配かけてたのか……」
「シェリル王女には話したのか?」
「いや、話してない。負担を増やしたくない」
するとシルヴァは何か考え込んでいる。やがて真っ直ぐに俺の目を見て、とんでもない計画を話し始めた。
「レオ、私が考えている密かな計画を話す。暗殺者の件も含めて、シェリル王女に全てを話してくれるか?」
「計画? 俺たちが関係あるのか?」
「ああ、ぜひ協力してもらいたい」
「一体どんな計画だ?」
不敵な笑みを浮かべたシルヴァは、ハッキリと俺に言った。
「私はタイミングを見て、父を排除して国王になろうと考えている」
つまり、今の国王を蹴落として————クーデターを起こすと言ったのだ。
一瞬で俺の思考が停止した。
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