第24話 今の俺に家族はいません
この日、シェリルと俺は王都ブルーリアの南区画に来ていた。
どうも生徒からソフトクリームの話を聞いたらしく、シェリルがずっと食べてみたいと言っていたんだ。
外出許可の申請書を出して、受理されたのが三日前のことだった。
今日は教師の入れ替わりも終わって、最初の休日だ。
シェリルの話はすでに王都に広がっていて、そのまま行くと騒ぎになりそうだったのでお忍びで行くことにした。シェリルは大きめの帽子で髪と耳を隠して、上品なワンピースを着ている。
この上品なワンピースがシェリルによく似合っていた。さすがシェリルだ。何を着ても似合っている。
俺も護衛の服ではなく、目立たないように私服にしていた。
「街も学園とは違う活気があっていいわね」
「そうだな。この時期は野菜や果物の収穫が多いから、どの店も賑わっているんだ」
「そうなのね。ねぇ、あれは何?」
シェリルは興味津々で様々な店を見て回っていた。キラキラした翡翠色の瞳がクルクルと動いている。
ていうか……なんかデートみたいだな。とか考えたらバチが当たるだろうか?
きっとシェリルはエルフの王女様だから、いつか相応しい相手と結婚するんだろうけど……それまでは俺が一番そばにいたい。
散々寄り道しながら来たので、もうすぐお昼という時間になってしまった。それでもシェリルはあちこちの店を見て回っている。
「シェリル、ここがソフトクリームの店だ」
「ついに来たのね……!」
夏には行列ができるのだが、もう秋も半ばのこの時期は店内に数人の客がいるだけだった。
フレーバーは四種類で、バニラとチョコとストロベリーと期間限定のマロン味だ。どれにしようかシェリルは真剣に悩んでいる。
「……シェリル、ミックスにすればひとつで二種類楽しめるぞ」
「ミックス……!? そんな裏技があるの!?」
衝撃とばかりに驚いた顔に、俺も顔が緩んでしまう。こんなことで反応するシェリルが可愛すぎる。
「俺が注文するから先に席に座ってて」
「わかったわ、テラス席で二人分とっておくわね」
そしてふたつのミックスソフトを受け取り、シェリルの元へ急いだ————のだが。
「いやいや、あの時は私も驚きのあまり、感情的になってしまったのです! どうか話を聞いたいただけませんか!?」
「そうですわ、息子がちゃんとやれているのか、親として確認しませんと」
「…………今日はやめてください。騒ぎにしたくないんです」
「……父上、母上、今日はもう帰りましょう。これ以上はご迷惑ですよ」
シェリルを囲むように座る、中年の男女と少年の姿が目に入った。ざわりと激しい感情が胸を逆撫でる。
「俺の連れに何か用か?」
その場を一瞬で凍らせるくらい、冷たい声が出た。びくりと肩を震わせた中年の男女は、ゆっくりとこちらを振り返る。少年は俯いてじっとしていた。
「レオ! お前こんなところに王女様をひとりにしては、ダメだろう!」
「そうよ! ちゃんと仕事をしないなら、できる人に変わりなさい。父様が用意してくださるわ」
「なんの話をされてるのかわかりませんね。シェリー、場所を変えよう。行くぞ」
すでに店内の注目を集めていたので、名前をそのまま呼ぶのは避けて、思いついた愛称でシェリルを呼んだ。一瞬キョトンとしたあと、顔を真っ赤にしてシェリルが俺の傍に来る。
ソフトクリームを渡して、空いた手でシェリルの手を取った。ふたりでサッサと店を出て、広場へと向かう。あそこならベンチもあるから座って休めるはずだ。
「レオ、ごめんなさい。席に座ったら目の前の通りから声をかけられて……」
「シェリルは悪くない。アイツらが空気読めなすぎるんだ。それより溶けちゃうから早く食べよう」
手をつないでいたことに今更恥ずかしくなって、ベンチの前でパッと離してしまった。
「……あ、そうね、早く食べなくちゃ!」
そうして気を取り直して、ソフトクリームを食べようとした時だ。
「見つけたぞ!! レオ! 我々がわからない訳ないだろう!? お前の家族だぞ!」
「そうよ! いい加減にしなさい!! 貴方はあんなに大人しかったのにどうしてしまったの!?」
「父上、母上、ここでは人目につきます。一旦屋敷に戻りましょう」
俺たちを追いかけてきた中年の男女が絡んでくる。少年が一番空気が読めるみたいだな。
「シェリー、これ持ってて」
俺の持ってたソフトクリームをシェリルに渡して、邪魔者を排除することにした。
立ち上がった俺に何を勘違いしたのか、中年の男が上から目線でものを言ってくる。
「レオ! 手紙だって何度も送ってるし、わざわざ面会に行っても無視しおって! 今戻れば迎え入れてやる! 黙って父の話を聞け!!」
「失礼ですがどちら様ですか? 知らない方からの手紙は受け取りませんし面会もしません、それに今の俺に家族はいません」
凍てつくような視線をぶつけるが、男に怯んだ様子はない。
目の前の男は何を言ってるんだろう? あの日、今日から他人だと言ったのは自分じゃないか。
「そんな……どうしてそうなってしまったの? 貴方は私の大切な息子なのよ?」
「さあ? 母だった人には一番辛い時に何年も放置されて、今では興味もありません」
この女も何を言ってるのか……いくらでも手を差し伸べる方法はあったのに、ずっと見て見ぬ振りしてたじゃないか。何かあれば泣いて俺のせいにして謝るだけだったよな?
少年——かつての弟テオは、グッと唇をかみしめて俯いてるだけだった。
「何!? よくもそんな口を聞けたな!? お前の父であるぞ!!」
「ですから、俺は家族を半年前に無くしました。では失礼」
「待て……待たんか!! フレイムランス!!!!」
その場から立ち去ろうとする俺に、こともあろうか元父は魔法攻撃を仕掛けてきた。無駄に魔力があるから、そこそこの威力のある攻撃だ。
広場からは悲鳴と共に人々が逃げ出していく。
アホだ、アホすぎる。そしてシェリルが攻撃範囲に入ってるんだが、わかってるのか?
————シェリルに害をなすものは容赦しない。
【マルス、降臨】
『紅蓮の槍』が俺の右手にあらわれる。放たれたフレイムランスを、ことごとく空へと弾き返した。弾き返された魔法は、派手な音を立てて空中で爆発していく。
「なっ……何だと!?」
そのまま槍は地面に刺して、素手のまま距離を詰める。元父はなすすべなく、俺を見つめるだけだった。
身動きできない元父の腹に渾身の一撃を繰り出した。マルスは
「ぐぼぁっっ!!」
たった一撃で、元父は白目を剥いて倒れてしまった。泡まで吹いてる。まぁ、死んでないからなんとかなるだろ。
「……もう俺には関わらないでください」
元母と元弟に告げて、クリタスの空間魔法でその場を後にした。広場から出る頃には、巡回中の騎士が駆けつけて、事態の収拾にあたっていた。
俺とシェリルは大通りから一本裏に入った細い路地まで移動して、ズルズルと座り込んだ。
「シェリル……ごめん」
「レオは何も悪いことしてないわ。それより見て、ソフトクリームが……」
ソフトクリームは半分溶けかけて、シェリルの手をベタベタにしていた。ポタポタと溶けた雫が地面を濡らしていく。
「はあ……本当にごめん。買い直してくる」
「いいの! でも初めてのソフトクリームがこんな溶けかけって……ふふふ、楽しいわ!」
「……楽しい?」
「だって途中からソフトクリームが溶けちゃうって、それしか考えてなくて……レオには申し訳ないけど、あの方達のこと全然気にならなかったの!」
「……そう、か」
よかった……シェリルの笑顔が曇らなくて。それだけが気がかりだったんだ。あんなのが家族だったと知ったら、幻滅されるんじゃないかと思った。シェリルが全然変わらなくて、すごくホッとした。。
「レオが平気なら、私は楽しいわ! ほら、これ食べちゃいましょう?」
そう言って、シェリルはペロペロとこぼれ落ちる雫を必死にすくい取っている。その拍子にチョコ味のソフトクリームがシェリルの鼻先に付いてしまった。子猫のような風貌に笑いが込み上げる。
「ぷっ……はは、シェリル、鼻にソフトクリームついてる」
「えっ! どうしましょう、今両手がベトベトなのに……」
「ほら、俺が拭くからじっとして」
「うぅ……なんだか恥ずかしいわね」
そうやって路地裏でふたりで食べた、溶けかけのソフトクリームは今までで一番美味しかった。
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