第23話 もう一度呼んで?
シルヴァたちを愛称や呼び捨てで呼ぶハメになった講義も無事に終わって、俺はシェリル様とともに寮の特別室まで戻ってきた。
いつもならまだ学園で生徒たちと過ごしているのに、話があると部屋まで連れてこられたのだ。シェリル様は俺を先に部屋に入れて、後ろ手に扉を閉める。
「シェリル様……どうしたんですか? 何かありましたか?」
どうもいつものシェリル様と違うようだ。俺の知らないうちに何かイヤなことでもあったのか?
「レオ、みなさんとずいぶん仲良くなったのね。その、愛称で呼び合うくらい……」
「はい、シェリル様のおかげで友人が増えました。ありがとうございます」
きっと講義が終わった後の会話を聞いたんだな。いきなり呼び方変わったから気になったんだろうか?
アリエルなら男女問わず友人からそう呼ばれてるから、シルヴァも問題ないと言ってたんだけど……。
「では、私もシ……シェリルと、呼んでください!」
…………は? シェリル様を呼び捨てにしろと!? 何で!? そんな風に呼んでるのは女王くらいしか見たことないけど!? 妹のリーナ様だってシェリル姉様だったし!!
他に許されるのは婚約者くらいのもんだろ!?
まさか、あれか、とんでもない勘違いが許されるなら、俺を、こ、こ、こ、婚約者として考えてくださると————
「私もレオの友人になれないかしら?」
「え…………友人ですか?」
友人か、いや、そうだよな。エルフの国の王女様だもんな。ただの人間が婚約者とかないないない! 危ない、衝撃的すぎて斜め上に思考が飛んでしまったようだ。
ほんの一瞬でも夢見れて幸せだったな。なにより友人って言ってもらえるだけでもありがたいじゃないか!
「そうです、私もみなさんと同じように呼んで欲しいのです!」
「いや、しかし……主人を呼び捨てには……」
「お願い! 様はつけないで欲しいの!」
シェリル様が必死になって訴えてくる。必死な様子が可愛いとか思わず考えてしまった。とにかく、ご希望通りにしてみよう。
「シェリル……?」
「はい!」
……えええええ! ヤバい、ヤバすぎる! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?
「もう一度呼んで?」
ものすっごく嬉しそうに、はにかみながらねだる……シェリルさ……が可愛いすぎるんだが!? そんなに耳を上下させて、わかりました! 嬉しいのはわかりましたから!!
「シェリル……!」
「はい! うふふ、レオ、もうひとつお願いがあるの」
ただ名前を呼ぶだけなのに、何の羞恥プレイなんだこれはと思ってると、追加の要望が来た。これもとんでもなかった。
「何ですか?」
「その、話し方もみなさんと同じようにして欲しいの」
何で……今日のシェリル様は……あ、シ、シェリルは一体どうしてしまったんだ? 誰か何か吹き込んだか? 俺はあくまで護衛なんだ。立場を弁えないといけないんですが?
「…………マジですか?」
「そうよ、私だけ仲間はずれみたいで、寂しいわ……」
途端に耳がしゅーんと下がってしまう。
ダメだ、俺はシ、シェリルを悲しませたいわけじゃない! シェリルの笑顔が見たいんだ。できればさっきみたいな笑顔を!
「わ、わ、わかった! これで……いいか?」
「ええ! うふふふ、レオ、ありがとう!」
そう言って、シェリルはさっきよりも嬉しそうに耳を上下させて、満面の笑みを浮かべる。
もしかして、シェリルもこんな普通の友達とかに憧れてたのかな? 仕方ない、俺が羞恥心を捨てれば、この笑顔が見れるんだから安いもんだ。それに……俺も距離が近くなったみたいで嬉しいし。
ていうか、むしろこっちがありがとうございます! だからな!?
***
日中のドタバタを終えて、ようやく自分の部屋に戻ってきた。
なんというか……今日はメンタルがやられた日だった。
そもそも何で愛称なんて……ああ、そうか、アイツら全員、家族以外で愛称とか呼び捨てで呼ばれることなんてないのか。
魔法研究所のトップと、この国の王太子と、その婚約者の公爵令嬢だもんな……シェリルもエルフの国の王女だし。いや待て、アリエルは違うな。まぁ、数は少ないけど。
俺はボッチだったしな、みんな似たもの同士か。
……シェリルのあの笑顔が見れたなら、よかったんだ。
『あら……レオ、今日はご機嫌ね?』
「ウェンティーか。またアイツらが来たのか?」
『そうなの、今日は八人なの。大漁ねぇ』
「よし、今日は疲れてるからサクッとやっつけよう」
最近は暗殺者の狙われる日が増えてきたので、ウェンティーを担当として割り振っている。最初の三人を捕まえてから、これで四度目だ。
……しかし、八人か。アクアの住処はまだ空きがあるよな?
そんなことを考えつつも、召喚魔法を発動した。
【ウラノス、降臨】
左手に『虹閃の弓』を握りしめて、森に面した屋根に登る。
森を視界におさめて、暗殺者の居場所を確認した。風の精霊たちが目印になってくれている。身動きができなくなる程度の魔力を込めて、七色の矢を放った。
「
あちこちから短い叫び声やうめき声が、風に乗って耳に届いた。ラキエスには先に森で待機させて、暗殺者たちの身柄の確保を頼んである。
一箇所に集めてくれたようで、八人の暗殺者が転がっていた。
「よし、全員捕らえたな? ラキエス、いつも通り頼む」
『承知した。ところで、捕えた奴等はどうするのだ? いい数になってきたぞ』
「そうだな……そろそろ話を聞いてみるか。一緒に行くよ」
***
俺はラキエスと一緒に、アクアの住処にやってきていた。ここは水と緑にあふれ、空気も綺麗なので療養するには最適の場所だ。
少し離れたところに氷の宮殿ができていた。ここでのラキエスの寝所らしい。八人の暗殺者をその辺に転がして、さっさと氷の宮殿に引っ込んでしまった。
『レオ? 珍しいなここまで来るのは』
「アクア、世話をしてくれてありがとう。話ができるヤツはいるか?」
水の精霊たちと戯れていたアクアが、すぐに気づいてそばにやって来る。
『身体的には問題ないが、口を開こうとしないんだ。精霊王相手でもこれなのだから、大したものだよ』
「そうか……」
氷の檻に閉じ込められてはいるが、顔色はいいようだ。最初に毒を飲み込んだ暗殺者もおとなしくしている。
毒が仕込んであれば取り外して、自死できないようにしてあるので、話せる状態ではある。
「なぁ、これから先もどんなに刺客を送っても、俺を殺せないのはわかっただろう? 忠誠心はわかるけど、せめてヒントをくれないか?」
「「「………………」」」
「仕える主人は自分で選んだのか?」
「……選べなかった」
ポツリと返事が返ってきた。前回捕らえた暗殺者だった。
「それなら、いっそ俺の部下になるか?」
「それは俺の
仲間意識はあるんだな……組織の絆が強いのか。
「すべては諦めろ。俺から言えるのはそれだけだ」
「悪いけど、諦めだけは悪いんだよな」
その後は何を話しかけても、もう誰も何も話さなかった。
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