第22話 わかった、よろしく頼む
魔法学園に来てから、早くも一ヶ月半が過ぎた。制服も夏服から冬服へ変わり、濃紺のローブをまとった生徒たちが学園内を闊歩してる。
シェリル様の魔法に関する講義は、教師にも生徒にも好評で召喚魔法を使っても誰も怖がることがなくなった。
精霊魔法も時々披露して、よく生徒に囲まれている。
召喚魔法に否定的だった教師たちは、今は引き継ぎのために残っているだけで、教壇に立つことはない。
学園での生活はいたって平和だった。
……今日までは。
「だからー、俺のことはさんをとって、ハロルドって呼んでよ」
「それなら私のことはシルヴァと呼んでくれないか!?」
「私はまたアリエルって呼んでほしいのに……」
ここで少し説明させてほしい。
いまは古代語の講義の時間だ。シェリル様の鶴の一声で、シルヴァンス王子も一緒に教えることになった。そこまではいいんだ。王子はわりといいヤツだし。
そこに「補佐官としての勉強のために」とか言って、アリエルも参加することになったんだ。そして問題は、うっかりシルヴァンス王子とハロルドさんの前で、彼女を愛称で呼んでしまったのが発端だ。
講義を受けようと部屋に入ってきたアリエルが、ちょっとした段差につまづいて、慌てて駆け寄った時にポロッと出てしまったんだ。
それを聞いたシルヴァンス王子が、衝撃を受けて「愛称で呼び合ったら友人だな……」と言い始め、「それなら俺がさん付けなのはおかしい」とハロルドさんが追従し、アリエノール様と言い直したのがショックだったのかアリエルが落ち込んでしまった。
「俺はさ、ちょっと歳は離れてるけど、すっごい頑張り屋のレオのことは弟みたいに思ってるんだよ? それなのにいつまでも他人行儀で、寂しいじゃないか!」
「私だって、そもそも前回は言い方を間違えただけだ! レオの何事も諦めない強さは、前から理解していたのだ! そろそろ友人として仲良くしてもいいと思うが!?」
「この中で一番最初に仲良くしたのは私だよね!? あの時固まったのは、本が燃えないか心配しただけだって誤解も解けたよね? なのに何で前みたいにアリエルって呼んでくれないの? ずっと友達だと思ってたのに!」
コイツらが何故か俺に愛称を呼ばせたいみたいで、今日はまともな講義ができそうもない。……ていうか、愛称で呼ぶなんて今更恥ずかしくてできるか!!
「呼び方には興味ないので」
「くっそー! 可愛げのない!! よし、わかった!! 離れたところでも映像が見れるこの魔道具をやる。これは護衛の仕事にも役立つだろう?」
そう言って、四角い石板のようなものを出してきた。最新の魔道具みたいだ。
で、ハロルドさんは何と言った?
……離れたところでも映像が見れる? それは、つまり、シェリル様の姿を、側にいなくても見れるのか!?
「使用法は?」
「水属性の魔力を溜めておけば、最大で三時間見れる」
「そういうことは、早く言え。ハロルド」
「よっしゃぁぁ!!」
いや、だってシェリル様に関しては、特別なんだから仕方ないだろ? そもそもハロルドは前から、手のかかる兄貴みたいだったからな。
「ハロルド! 貴様ズルいぞ!」
「なんとでも言え! 持ってるもんは使ってナンボだ!」
大人気ない発言だが、これに触発されたシルヴァンス王子が奥の手を使ってきた。
「そうか、ではレオ。私は学生たちが夕食後は一切シェリル王女とレオの邪魔をしないように、規則を作ろう。私と友になり愛称で呼ぶなら、明日から施行すると約束する」
なん……だと? いままで削りに削られてきた、シェリル様との時間を確保してくれる……だと?
しかも、明日から……!!
「わかった、よろしく頼む。シルヴァ」
「っ!! ようやく……ようやく友だと……!!」
「うん、まぁ、だいぶ前から友人になれるとは思ってたけどな」
「初めて……本当の友ができたのか……今日は素晴らしい日だ!」
感動したシルヴァが泣き出した。え、そんなに? そんなに喜んでくれるなら、もっと早く言ってやればよかったな。
前に食堂で言われた時も、言い方が違ってたらすぐに友人になったのに。
「レオ……私なら、シェリル様とガールズトークで得た、貴重な情報を教えられるわ。その情報をもとに、護衛としてシェリル様を喜ばせることができるわよ?」
ガールズトーク……!? 一体シェリル様と何を話しているんだ!? でも、シェリル様が喜んでくれるならその情報は欲しい。喉から手が出るくらい欲しい。
「アリエル、貴重な情報を期待してる」
「ふふふ、もちろんよ。任せてちょうだい!」
アリエルのことも、学園に戻ってすぐの頃に謝罪されて誤解だとわかったんだ。
俺が呼び出したのが火の精霊だったから、本が燃えてしまわないかと心配になったそうだ。でも俺の笑顔を曇らせたくなくて、何も言えずにいたということだった。
そもそもあの頃はすでにシルヴァの婚約者になっていて、嫉妬した令嬢たちからの陰湿な意地悪から逃げるために、図書館に来ていたそうだ。それもシルヴァが全部解決したと惚気られた。
シェリル様のおかげで、兄みたいな友人も、本音を言える友人もできた。昔の友人とも誤解が解けた。
……前回は利用されるのが嫌だとか言ってた割に、あっさり物で釣られたのはわかってる。だけどシェリル様だけは別格なんだ。むしろ、俺の友人たちはツボをよく心得ていると思ってしまった。
「よし、じゃぁ、そろそろ真面目に講義始めます。昨日やったところまで各自開いて————」
俺の人生はシェリル様が変えてくれたんだ。だから俺はこれからもシェリル様の幸せのために尽力すると、改めて誓った。
***
どうしましょう。
今、私はとても嫌な気持ちがあふれているわ。
精霊魔法の講義が中止になったから、レオの古代語の講義に参加しようと思って教室まで来てみたのに。
レオが……とても楽しそうに話しているわ。しかも、みんなのことを愛称で呼んでる。私は様付けなのに。私がレオとは一番一緒にいるのに。
いいえ、そうではないわね。愛称で呼ぶくらい……仲のよい友人ができたということだわ。それはとても喜ばしいはずなのに、何だか素直に喜べない……私だけのレオじゃなくなったみたいだわ。
私にはあんな顔したことなかったから……やっぱりレオは人間界がいいのかしら? エルフと人間はわかり合えないのかしら?
レオは、私といても楽しくないのかしら……?
また一人ぼっちになったみたいで、胸の奥がズウンと重くなった。
はっ! 落ち込んではダメよ! この気持ちはわかってる。前にアリエノール様が言っていたわ。嫉妬をするということは、相手のことが相当好きだと。独り占めしたいと思うのは、深く想っている証拠だと。
そうよ、これは私がレオを想う気持ちが、強すぎるだけなのよ。そして、こうも言ったたわね。気持ちは素直に伝えるべきだと。
……でも、私の結婚は自由にならないから、想いを伝えてもレオの負担になってしまうかも……それに、困った顔でもされたら、今度こそ立ち直れないわ。
この想いを全て伝えるのは……難しいわ。でも、ほんの少し……ほんの少しだけなら、伝えてもいいかしら?
こうして、ほんの少しだけシェリルの暴走が始まった。
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