第30話 貴方……バカなの?

「ククク……ハーッハッハッ! まさかこんなに簡単にできるとはな!! いままでの奴らは間抜けばかりだったのか? クククククッ! ハハハハハ!!」


 屋敷に戻ってきた私は、ずっと我慢していたせいか笑いがおさまらなかった。帰ってきても出迎える使用人はいなかったが、そんなことはどうでもいい。

 それよりも、注目すべきは今日の戦利品だ。


 まずは魔法が使えない檻の中で、これを開けよう。書類も用意しておかなければ。私の今後がかかった大切なものだ。


 高位の貴族や裕福な商家の屋敷には、罪人を捕らえておくための魔法封じの檻が置かれている。大抵は地下牢がその作りになっていて、牢屋に入れてしまえば無力化できるものだった。


「よし、この牢屋にしよう」


 一番奥の特製の牢屋で、魔道具の妖しく光る魔石を押した。カチリと音がして、パカリと真ん中から開く。捕らえたときと同じように、空間が歪んでシェリル王女があらわれた。


「……ここは……?」


 キョロキョロとあたりを回す哀れなエルフに、私は声をかける。


「ここはグライス家の屋敷ですよ。この魔道具の中は窮屈ではありませんでしたか?」


「っ!! 何故……こんなことを?」


 あまり動揺していないな、さすがは次期女王だ。肝が座っている。


 交渉を有利に進めるために、シェリル王女の様子をじっくり観察していた。もっと怯えているなら、さらに恐怖に落として攻めるところだが、それは効果がなさそうだ。それであれば。


「この書類にサインしてもらいたいのです。レオともう一度会いたければ、ね」


 それはエルフの生薬の取引相手を、グライス侯爵にするという契約書であった。王家が横槍を入れる隙を与えず、絶対的な権力と財力を手に入れるための重要な書類だ。


 これにサインされもらえれば、グライス家は持ち直す。今後も安泰だ!!




「貴方……バカなの?」




「なっ、なんだと!?」


「バカよね、そうよね。どうしてこの私がこんな紙切れに縛られると思うのかしら? エルフとの契約は魔法契約よ。そもそもこんなことする相手と契約を結ぶと思うの?」


 有利なはずの交渉は強気なエルフの王女には効果がない。むしろ生意気な口のききかたで、本当に腹立たしい。

 言い方が甘かったか? もっと直接的な表現でなければ理解できんようだ。


「では、その魔法契約をするんだ。そうでなければ、レオを国家反逆罪としてすぐに捕縛して極刑で処分する」


「貴方……自分の息子でしょう? 何故そんなことができるの!?」


「そうだ、私の息子だが何だというのだ? このグライス家の役に立つなら光栄なことではないか。シェリル王女よ、協力してくれるな?」


 ここまで言えば、流石にわかるだろう。謁見室でのシェリル王女の立ち振る舞いから、レオがこの王女の寵愛を受けてるのはわかってるんだ。


「……私の専属護衛に手を出したら、許さない!」


「それなら魔法契約をするんだ!!」


 エルフの美しい顔がギリギリと歪んでいく。どうやら私に屈服したようだ。本当に愉快でたまらない。


「契約する前に聞きたいことがあるわ……貴方ひとりで、こんなことを計画したの?」


 ふんっ、最後の足掻きか。知ったところでどうにもならんのに、惨めったらしいものだな。


「当然だ! まぁ、宰相にはレオを封じろとあの魔道具を渡されたがな。私がもっと有効活用してやったのだ」


「ということは、宰相もグルなのね……国王はこのことを知ってるのかしら?」


「クククククッ……そもそも国王がレオを排除したがっていたんだ。最初からこのようにすれば、話は早かったのになぁ。あいつらは私に圧力をかけるだけの低能なんだよ」


 王城にいるうちにサッサと片をつけておけば、処理も楽だったのに。本当に使えない奴らだ。

 するとシェリル王女が突然ビクリとして固まってしまった。



「それよりも、自分の身を案じた方がいいわね。見たことないほど怒ってるわ。もう私でも止められないかも」



「なんだ? 何の事だ?」


 急に話の流れが変わり、理解が追いつかない。

 怒ってる? 何が怒ってるというのだ? いや、怒っていたのはむしろ私なのだ!


 レオという呪われた存在カース・レイドが生まれた時から、私の人生は狂い始めたんだ。学園に押し込んだのに退学になり、勘当したのに未だにグライス家の足を引っ張る面汚しだ!


 何とかして私の手で処分せねば、気が収まらん!!




 その時だ。

 この屋敷に、雷が落ちたのかというほどの轟音が鳴り響いた。そして大木でも倒れてきたような破壊音が、あちこちから聞こえてくる。それと同時にゴゴゴゴと地響きが聞こえて、空が見えた。


 比喩ではなく、見上げると石でできた天井ではなく青空が広がっていた。

 あまりの出来事に呆然としてしまう。


 なんだ……!? ここはなのに、なぜ空が見えてるんだ!?




 そこへ、ゆっくりと風をまとった黒髪の少年が降りてきた。少年の背中にはコバルトグリーンの美女がピッタリと寄り添っている。


 クセのある黒髪にアメジストのような紫の瞳。

 私と妻だったノーラのふたりの色彩を持つもうひとりの少年。少し大人びたその姿は、レオ————私の邪魔をする者だ。


「貴様ぁぁぁ!! 呪われた存在カース・レイドというだけでなく、グライス家を守る私の邪魔をするのか!!」



【ゼウス、降臨】



 私の言葉などまるで意に介さないように、レオがゆっくりと向かってくる。その右手には、黒い持ち手に濃紫の細長い刃の武器が握られていた。刃からはバチバチと紫雷が躍り出ている。


 レオの見つめる先は、シェリル王女が入っている牢屋だ。

 私の横をスルッと通り抜けて、シェリルの牢屋の前に立つ。牢屋はこの屋敷で一番頑丈な魔封じの檻だ。簡単には壊せない。


【ラキエス】


『……ずいぶん派手にやったな』


「シェリルに絶対防御をかけてくれ。調整できない」


『そうか、珍しいこともあるものだ』


 そんな会話をしたかと思えば、新しく出てきた白髪の女は檻の中にいたシェリル王女に魔法をかけた。王女はみるみる氷の壁に包まれていく。


「なぜ檻の中で魔法が使えるのだ!? レオ、貴様何をした!?」


 そしてレオは手にした武器を一振りする。その一振りで、壊れるはずのない魔封じの檻がバラバラと崩れ落ちた。


「……っ!! お、檻が……!?」


「……俺には対人間用の魔道具は効かない。そもそも扱う魔法の種類が違う」


 そんなバカな!! この檻は特注品で、どんな強者もこの檻には傷ひとつ付けられなかったんだぞ!?


「アクア、全部記録したか?」


 レオの言葉に、崩れていく氷の壁からシェリル王女とスカイブルーの色彩が眩しい美男子があらわれた。


『もちろんだ。抜かりない』


「じゃぁ、もういいな」


 ゆらりと紫色の瞳が揺れて、レオが振り返る。私は息をするのも忘れて、ただ眺めているだけだった。



「俺の特別な人をさらってただで済むと思うなよ?」



 その瞳には今まで見せたことのない、激情の炎が灯っていた。


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