第21話 私の友人になってくれないか?
「おはようございます、シェリル王女。本日の朝食は私がご案内いたします」
翌朝、シルヴァンス王子が約束通り迎えにきた。むかうは学生寮の食堂だ。食事はビュッフェ形式になっていて、好きなものが好きなだけ食べられる。俺も九年間お世話になった食堂で、味は保証できる。
「昨日はゆっくりお休みになれましたか?」
「ええ、おかげさまで。こちらのベッドはフカフカで驚いたくらいです」
食堂に向かいながら、他愛もない会話をしていた。
ちっ、フカフカのベッドに驚くシェリル様を見たかったな。あとでクリタスにシェリル様の様子を聞いてみるか。
「レオも、ゆっくり休めたか?」
「はい、大丈夫です」
「……本当に?」
「はい」
何でこんなにしつこく聞いてくるんだろう? あの後ぐっすり眠れたし、そんな疲れた顔してないと思うんだけど。ああ、昨日は暴れたし久しぶりの学生寮だから、それで心配してるのか?
「……そうか。何かあったら、些細なことでも構わないから言ってくれ」
「わかりました」
俺の境遇なんて、そんなに気に病むことないのにな。何も知らなかった王子には、どうしようもなかったと思うし。
「ここが食堂です。朝と夜の食事はこちらでお願いします。他の寮生も利用しますので、私からも皆には知らせておきます」
「わかりました。それでは、早速頂いてもよろしいかしら?」
「もちろんですよ。では私が————」
シルヴァンス王子がすべてを言う前に、さっとシェリル様との間に入った。俺が人間界のやり方を教える。こういう日常の細かいところもフォローするために雇われてるからだ。
「シェリル様、俺と一緒に取り分けましょう」
「ええ! よかったわ。実はやり方がよくわからなかったの」
うん、そうだと思った。エルフの国では、こういう食事形式を見たことなかったから。ちょっとオロオロしてるシェリル様も見たかったけど、まぁ、ワクワクした嬉しそうな顔を見れればいいか。
シルヴァンス王子は何かを理解したような顔で、そっとあとに続いた。
おそらく、レオのわかりやすい態度に気づいていないのは、シェリル本人だけだった。
一通り好みの食事を取り終えて、四人掛けの席に着いた。途中でアリエルも合流して、今日はこの面子で食事を取るようだ。
シェリル様を気にかけつつ、俺は黙々と食事を口に運ぶ。
「それで……レオにひとつ頼みというか、望みがある」
今まで三人で和気あいあいと食事を進めていたのに、急に王子が俺に話を振ってきた。口の中のものを飲み込んでから、返事をする。
「何ですか?」
「うん……どうか私の友人になってくれないか?」
「は? 何故ですか?」
当然の疑問だ。何で王太子が俺と友人になんかなりたいんだ? なにかの罠か?
「何故って……友人になりたいと思うのに理由が必要か?」
「一般的には不要でしょうけど、俺とシルヴァンス王子では理由がないと納得できませんので」
シェリル様もアリエルも、一瞬で空気をぶち壊した俺を不安気に見つめている。失敗した。あんまり人と接してこなかったから、気の利いたやりとりができない。
「ふむ、レオは正直者だな。ますます気に入ったよ。私に率直な意見を話してくれる者は少なくてね」
少し寂しげにシルヴァンス王子は、まぶたを伏せた。そして、ほとんど明かすことのない本音を、少しだけ話し始める。
「正直なところ、私はやはりレオを右腕に欲しいのだ。だけど君はシェリル王女の護衛の仕事に誇りを持ち、離れる気はないだろう? それなら私が君と近づくためには、友人になるしかないと思ったんだ」
「……何故、俺と近づきたいのですか?」
きっと、シェリル様と会う前なら、喜んで返事をしただろうと思う。
でも今の俺はシェリル様で満たされてるから、孤独なんて
「私は有能な人物が好きだ。レオの召喚魔法を私は高く評価している。だから、私のそばに置きたいと思ったんだ」
「他には?」
「いや、それが一番の理由なんだが……」
「……それは召喚魔法が使える俺だから、友人になりたいということですよね? そういう理由ならお断りします」
「なっ……何故だ……?」
シルヴァンス王子は断られると思ってなかったのか、ひどく狼狽えている。そこで深くため息をついたアリエルが、助け舟を出してくれた。
「シルヴァンス様……それは貴方が王子だから友人になりたいと言われるのと同じですよ」
「っ!!」
心底驚いたような顔で、それでもイケメンなのがムカつくが、シルヴァンス王子は言葉も出てこないようだった。人の話は聞けるタイプらしい。それならもう少し様子を見てもいいかと思う。
「そういうのは、シルヴァンス王子もお嫌いでしたよね?」
「そ、そうだな……すまない。今の言い方は……そう思われても仕方ない……レオ、本当にすまなかった」
素直に謝罪するシルヴァンス王子を見て、悪いヤツではないのだと思う。馬車で聞いた話から考えてもそうだし、最初から偏見なく俺を見てくれた。
いま話したような誘い方で友人になったとしても、それはむしろ臣下の勧誘じゃないのか? だから本音で話せる友人がいないんじゃないか?
俺と同じで友人の作り方が下手なのかもしれないと思った。
「……別にいいですよ。シルヴァンス王子も、本当の友人はいないんですね」
「すまない……友人になりたいという気持ちに、偽りはないのだ。だが、そうだな。何の利害も絡まない友人は、いない……な」
やってしまった。このものすごく重苦しい空気を、どうすればいいんだ? 明らかに俺のせいだけど、引きこもってて対人スキルがほぼゼロの俺にはどうにもできない。
「それなら、シルヴァンス王子も古代語を学んだらどうかしら?」
シェリル様が、このめったくそ重い空気を変えてくれた。さすが俺のシェリル様は機転が効く。
「古代語……ですか?」
「ええ、今はハロルド所長にレオが教えているけど、シルヴァンス王子もご一緒に学ばれたら、レオの人柄や努力家なところもわかると思うの。それから友人になるのはいかがかしら?」
は……い? シェリル様。それはやはり、俺と王子を友人にしたいのでしょうか?
「シェリル王女とレオが許してくださるなら、是非お願いしたいです!」
「もちろん、私は構わないわ。ねぇ、レオはどうかしら?」
シェリル様がコテンと顔を傾けて、聞いてくる。何だこの可愛らしい生き物は。こんなふうに聞かれたら、ましてやシェリル様から言われたら、俺の選択肢なんて決まってるじゃないか。……まぁ、王子はいいヤツだしいいんだけど。
「シェリル様がよろしいなら、俺も構いません」
「そうか! ありがとう! シェリル王女! レオ!」
ぱああっと花が咲くように笑う美形は、朝の食堂で光り輝いていた。
こうして、一ヶ月で辞めるはずの古代語の講義は延長され、しかもシルヴァンス王子という生徒まで増えたのだった。
そしてシェリル様にあんな影響を与えるとは、この時は考えもしなかった。
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