第20話 丁重におもてなししよう

 魔法学園に戻ってきて、怒涛の初日が終わった。


 ……さすがに疲れたな。シェリル様はクリタスに頼んであるから問題ない。暗黒王だけあって夜のクリタスは最強だから一ミリも不安はない。


 ベッドに横になって、数年ぶりに会ったかつての友人を思い出す。

 アリエノール様とか……ちょっと冷たくしすぎたかな。でも同学年だったはずだし、この歳の貴族なら婚約者が決まってたりする。

 変な誤解を与えないためには、仕方ない。


 俺が呪われた存在カース・レイドだとわかっても、アリエルは態度を変えなかった。まぁ、召喚魔法は理解してもらえなかったけど。

 なかなか寝付けなくて、水でも飲むかと起き上がった時だった。


『レオ、が来てるわ。ここにむかってひとり、裏の森にふたりよ』


 フワリと吹き抜ける風と共にあらわれたのは、ウェンティーだ。


「まさかと思ったけど……シェリル様に?」


『いいえ、レオのお客様よ』


「ということは、俺が邪魔ってことか。わかった。丁重におもてなししよう」


 こんな深夜の来訪者……つまり暗殺者が、シェリル様あてじゃなくてよかった。シェリル様あてだったら、多分この国ごと滅ぼしてたと思う。


 でも俺を排除しようなんて、シェリル様から引き離すような真似を容認すると思うなよ?

 必ず犯人を見つけだして、叩きのめしてやる。


【ハデス、降臨】


 右手に顕在化された冥王神ハデスの武器、『漆黒の大鎌』をギュッと握りしめて、ウェンティーと一緒に暗殺者の元へ向かった。




 は黒い装束に身を包み、俺とシェリル様の部屋がある棟の屋根に上ったところだった。さらに上から見られてるとは思わないのか、堂々と作業を開始めている。

 転移魔法が使えないのか、ロープをかけて俺の部屋まで降りるつもりらしい。

 俺はそっとウェンティーと共に近づいた。

 



「何してんの?」


「——っ!?」


 おお、さすが暗殺者だ。空中から話しかけても叫び声をあげなかった。あんまり騒ぐとシェリル様が起きてしまうから、これは助かる。


「ああ、俺が標的のレオ・グライスね。シェリル様に内緒にしたいから、ついて来てくれる?」


 物凄い目で睨まれたけど、暗殺者も目的を果たしたいみたいで大人しくついてきてくれた。

 正門とは反対の、学園の裏にある森までやってくる。



「仲間もこのへんにいるだろ?」


 声をかけると同じ装束をきた男がふたりあらわれる。返事はなく、三人に囲まれた状態になった。


「一応聞いておきたいんだど、誰に頼まれた?」


「「「………………」」」


「まぁ、そうだよね。それじゃぁ、俺に個人的な恨みでもある?」


「「「………………」」」


「ノーコメントか……参ったな」


 そこで問答無用とばかりに屋根の上にいたヤツが、攻撃を仕掛けてきた。大鎌をヒュッと一振りして、襲いかかる刃を弾く。


 この三人は今まで相手をしてきた素人とは違う。どちらかと言うと、数多の魔物を倒してきたハロルドさんに近い。命を刈りとってきた者の空気をまとっている。


 暗殺者たちは無言で連携しながら、攻撃を仕掛けてきた。普通の魔道士相手なら、魔法さえ使わせなければ物理攻撃がよく効く。

 なるほど、魔道士だらけのこの国なら、こういうタイプの刺客が重宝されるな。そしてよく訓練されてる……どこかの組織の者か?


 次々に襲ってくる刃をかわしながら、ヒントを探る。

 ゴッド召喚してるから避け切れてるけど、そうじゃなかったらあっさりられてたな。


 ここまでの技術を身につけるのに、途方もない努力をしてきたんだろうな……このまま倒すのが忍びない。


 共通点は黒い装束に刃も黒い武器。連携の取れた動き。おそらくどこか組織の者。

 これしかわからないけど、ここまでの技術を身につける努力家なのは間違いない。


 俺と同じように努力を続けてきたんだと思うと、さっきまでの怒りが全て依頼主へと向かっていく。


「ひとつだけ確認したい。俺を殺さなかったら、お前らが死ぬのか?」


「……任務の失敗など、許されぬ」


 ポツリと屋根の上にいた暗殺者が答えた。

 そうか、それなら俺の選択はこれだ。


【ラキエス】


『なんだ、今回も面白そうだな』


 ミルキーホワイトの艶やかな髪を揺らして、氷刃王があらわれる。ラキエスがあらわれたことで、暗殺者の攻撃が止まった。


「この三人を捕らえてくれ」


『捕らえるだけでよいのか、つまらんの』


 ラキエスはつまらなそうな顔で、絶対零度の魔法を放った。


永遠の白鎖エターナル・チェイン


 次の瞬間には、三人の暗殺者に氷の鎖が巻きついて動きを封じていた。すると森にいたひとりが、歯に仕込んでいた毒薬を飲みこんだようで苦しみ出す。


「ぐっ……ふ、ぐぅ……」


『これ、悪さをするでない』


 他のふたりも毒薬を飲み込んでしまわないように、ラキエスは口元も拘束する。俺の希望はしっかり汲み取ってくれていた。


【アクア!】


 そしてすぐに回復の得意な精霊王を呼び出す。アクアはすぐにあらわれて状況を察知した。


『レオ……コイツを助けるのか?』


「頼む。殺したくない」


『任せろ。生命の雫』


 アクアの手のひらから水色のキラキラした光があふれ出て、毒を飲んだ暗殺者を癒していく。苦しんでいたのがウソのように、穏やかな顔で眠ったようだ。

 暗殺者のふたりは信じられないといった顔で、その様子を見ていた。


『毒が完全に抜けるまでは、私が水明王の名にかけて世話しよう』


「助かるよ。じゃぁ、アクアとラキエスでコイツら頼んでいいか? すぐに死のうとするから、気をつけて世話してくれる?」


『レオの頼みであれば、仕方あるまい。お前ら……大人しくするのだぞ』


「うぐっ……」

「ゔゔっ」


 何か言いたそうだけど、毒を飲まれたら困るので口枷はこのままだ。


『それなら、ラキエス。私の住処で世話をするぞ』


 アクアのその言葉にラキエスは思いっきりしかめっ面になる。


『あんなジメジメしたところは好かん』


 ラキエスの住処は、たしかに永久凍土で常に吹雪が吹き荒ぶ場所だったもんな。あ、思い出したら寒気が。


『永久凍土じゃ、人間の体が持たないだろう。レオのためなんだから、文句を言うな』


『むう……では、専用の氷の部屋を作るからな。それだけは譲れぬ』


『邪魔にならないところなら許そう』


 そんなやりとりをしながらも、ふたりの妖精王は暗殺者たちを連れて自分たちの住処に戻っていった。




 暗殺者の件は、まだシェリル様に言わない方がいいだろう。ただでさえ女王の試練の重圧がかかっているんだ。これ以上負担を増やしたくない。


 俺はそっと部屋に戻り、何もなかったように眠りについた。


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