第19話 勝敗は決しましたね

 練習場の静寂を破ったのはシルヴァンス王子だった。


「勝敗は決しましたね」


 観客席からシェリル様と共に降りてきて、俺と学園長の元までやってきた。


「では、先程の宣言通りレオ・グライスは召喚魔法の使い手ということで、異論はないですね?」


「え……いや、これ……武器が……そうだ! 武器が、いつもの武器ではなかったから!!」


「へぇ、私がお貸しした『英雄ホルトスの大剣』では性能に劣るということですか?」


 『英雄ホルトスの大剣』とは、ジオルド王国でも歴代トップクラスの実力の英雄が使っていたとされる、国宝に近い武器だ。性能はもちろん、さまざまな付加効果もついていて、これより強い武器なんてそうそうない。


「はえ!? あ、あれが!? そ……そんな……」


 国宝級の非常に高性能な武器をダメにしてしまったことで、学園長の魂は抜けかけていた。


「いや! あれを破壊したのは、紛れもなくそこにいるレオ・グライスです! 私の責任ではない!!」


 俺に責任転嫁……でもないが、押し付けることでこの場を逃れようとしている。まぁ、壊したのは事実だし、そこは仕方ない。


「そんなことは、どうでもいいんです。勝敗がつきましたので、レオ・グライスは召喚魔法の使い手ということで周知いたします」


 国宝級の武器が壊れたのに、そんなことで片付ける王子をほんの少し見直した。この王子のことだから、きっと根回しは済んでいるんだろうけど。


「……っ!!」


 さすがの学園長も反論できない。

 ここで、召喚魔法に出会ったこの場所で、ようやく認められた。ずっとひとりで努力し続けた日々が、走馬灯のように駆け巡る。



 まだ受け入れてもらえないとは思うけど、俺の魔法が召喚魔法だと胸を張って言えるのは……とても嬉しかった。



「それでは、私は精霊魔法で倒れている方々の回復をします」


 練習場にいる生徒たちがザワザワと騒ぎ出す。至高の存在であるエルフの魔法なんて、なかなか見れる物ではない。



「大地の精霊よ。我の願いは愛し子の癒しと笑顔、そして祝福を」



 精霊魔法は使い手の純粋な願いが形になる魔法だ。それが精霊大王ティターニアの加護を受けた、エルフたちが使う魔法だった。


 シェリル様の言葉に反応して、淡いライムグリーンの光が練習場を包み込んで、倒れている教師たちに降り注ぐ。

 温かい光はシェリル様の優しさそのままだった。


「……これで、怪我の回復は終わりました。魔力は一日か二日程度で全快するでしょう」


「シェリル王女ありがとうござます。では、私はこの後始末をしますので、お部屋で休んでいて頂けますか?」


「ええ、そうさせてもらいますわ。レオ、行きましょう」


「はい、シェリル様」


 そうして俺たちはシルヴァンス王子の用意してくれた、特別室にむかった。




     ***




「さて、それでは学園長。このあとの指揮や人事については国王陛下から、勅命として私に一任されています。後日ひとりずつ面談いたしますので、調整をお願いします。日程はのちほどお渡しします」


「は……? 国王陛下の勅命……ですと?」


「はい、これがその命令書です。どうぞご覧ください」


 昼休みに王城の使者から届けられた、国王陛下のサインと玉璽ぎょくじが押されている書類を学園長に見せた。


 その内容は、シルヴァンス王子をシェリル王女の接待役に任命すること、そしてシェリル王女の護衛を国王の息のかかったものにすること、その任務に失敗した者を処分することだった。


 まだ学生であるシルヴァンス王子が、ここまで任されるのには理由がある。今まで王子が関わってきた政策は、どれも国王の期待以上の成果を出していたからだ。


 今まで父上をおだててきて正解だったな。父上は狭量だから、実績を積んだだけでは相手にもされなかっただろう。この三年間父上の立場を脅かさず、役に立つ駒として売り込んできた甲斐があった。


 賢王であった祖父に幼い頃から可愛がってもらい、様々なことを教えてもらってきた。今なら、それが王になる者への教育だったとわかる。

 三年前に亡くなったお祖父様には感謝しかない。



 シルヴァンス主導の面談で、自分の負けを認めて召喚魔法を理解する教師と、学園長をはじめとした召喚魔法を認めない教師にわかれた。

 ハロルドの協力で魔道具を使い、本音が隠せないように慎重に調査したので、意識改革ができたかどうかは正しく把握できていた。


 レオに倒された後も認識を改めなかった教師たちは、二ヶ月後にシルヴァンス王子の指示で総入れ替えとなる。


 懲戒免職された教師たちは、魔法学園をクビになったということでどこにも雇ってもらえず、厳しい生活を強いられている。学園長は貯金もあっという間に食いつぶし、半年後には行方不明となった。




     ***




 シルヴァンス王子の指示を受けて、俺とシェリル様を特別室に案内してくれたのは、茶金色の艶のあるストレートの髪に琥珀色の瞳をした公爵令嬢だ。


「アリエノール・トンプソンと申します。それでは、私がご案内したします」


「アリエル……」


「レオ、久しぶりね」


 嬉しそうに微笑わらう懐かしい人物に会い、思わず愛称で呼んでしまう。

 俺がこの学園で唯一友達らしい会話ができた生徒だった。


 いまは王子の側近なんだろうか。昔からたくさんの本を読んでいたので、きっとその知識量を買われたんだろう。いつも図書館の決まった席で、分厚い本を読んでいたアリエルを思い浮かべる。


「レオの……知り合いなの?」


 シェリル様が、不安そうな顔で俺を見あげていた。安心させるようにフワリと微笑んで、誤解のないように説明する。


「図書館でよく顔を合わせるうちに、話すようになったんです。ただ俺は召喚魔法に夢中だったので、途中で疎遠になりましたが……」


「……それでは、特別室はこちらになります」


 少しだけ寂しそうな顔をしたアリエルを先頭に、学生寮の特別室にむかう。




 何年か前に一度、アリエルに召喚魔法を見せたことがあった。その頃にはお互い図書館の住人で、親しく話すようになっていたから、理解してもらえるかもと思ったんだ。


 そんな考えは一瞬で消え去ったけど。スピリット召喚してあらわれた炎の妖精に、顔をひきつらせ固まっていた。

 怖がらせたんだとわかったけど、拒絶されたと思ったらもう普通に話をする勇気はなかった。


 それからは、またひとりに戻って召喚魔法を取得し続けたんだ。そんなことを考えていたら、特別室の前に着いたらしくアリエルに促されて中に入る。


 最初の部屋は机や応接用のテーブルとソファーが用意されていて、ダークブランとグリーンの配色で落ち着く空間になっていた。ミニキッチンもついていて、お茶くらいならここで淹れられるようになっている。


「まぁ……素敵なお部屋ね」


「シェリル様は気に入りましたか?」


「ええ、とても! ベッドは……ああ、こちらなのね!」


 奥の扉を開くと寝室になっていて、ベージュの壁に白い家具が並び、ベッドカバーや小物はピンク色で可愛らしく飾られている。それを見たシェリル様は、耳が上下に動いていて、喜んでいるのが聞かなくてもわかった。


 そんな可愛いシェリル様を堪能してると、アリエルが細々とした物の場所などを話し始める。そして俺はこの部屋の隣にある、侍従用の部屋を使うように説明を受けた。


「明日の朝食はシルヴァンス王子が迎えに来られますので、準備をしておいてください。では、私はこれで失礼いたします」


「アリエ……ノール様、ありがとうございます」


「……っ、いえ……それでは」


 さすがに愛称で呼ぶのはマズイかと思い、ごく一般的な呼び方で名前を呼んだ。すでに背中を向けていたアリエノールの表情は分からない。

 でも、その声は少し沈んでいるように聞こえた。


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