第15話 君を私の右腕にするチャンスだよ

 ジオルド王国の国王はレオとハロルドの対戦日の夜に、特別なワインを開けた。


 今日の午後には魔法研究所のハロルドがあの忌々しい呪われた存在カース・レイドを倒し、エルフとの取引を決めているはずだったからだ。


 いつもなら何かあれば簡単な報告を聞くのだが、今日の対戦結果はわかりきっていたので、報告は不要だと指示を出していた。

 執務を終えて私室に戻ってきた国王は、ワインと共に置かれていた水晶玉のような魔道具を手にする。


 この映像を保管する魔道具はハロルドの発明品で、水魔法を使って事実を映し取る物だった。ひとりで楽しみたかったので侍従はすでに休ませている。ワインを開けグラスに並々と注いだ。

 

(ふむ、やはりトルモーニュ地方のワインは香りからして格別だ。しかもこれは王太子のシルヴァンスが生まれた年の物だ。十七年寝かせていたのを、今日という特別な日に用意させたのは正解だったな。これからのジオルドの繁栄を祝って、前祝いだ)


 ニヤリと笑う顔はひどく醜いものだったが、それに気づく者は誰もいない。

 映像を見ようかという時に、ノック音がした。「父上、失礼いたします」とシルヴァンスが部屋に入ってくる。金髪に碧眼の見目麗しい王子だ。


「このような時間にどうしたのだ」


「夜分に申し訳ありません。こちらの処理が急ぎで、父上のサインが必要なのです。お願いできますか?」


「どれ……ふむ、よかろう。承認しよう」


 ジオルド国王はサラサラとペンを走らせる。いつもは魔法学園の寮にいるが、たまに政務で王城に戻ってくる時がある。

 三年前から簡単な政務を任せており、その度にしっかりと結果を出してきた有能な王子だ。


(しかも王位には興味なさそうで、私の立場を脅かすこともなさそうだ。シルヴァンスには、もう少し政務を任せても良さそうだな)


 そこで、シルヴァンスの視線が水晶に向いていることに国王は気づいた。


「父上、この水晶は……映像記録ですか?」


「ああ、今日のハロルドとエルフの護衛の対戦記録だ。興味あるか?」


「……そうですね。少しご一緒してもよろしいですか?」


 シルヴァンスはハロルドが魔法剣士であることを知っていたので、その戦いが見たいと思ったのだ。


「構わぬ。まぁ、わかりきった結果だがな」


 そうして父と息子で映像を見始めたのだが、国王は真っ赤な顔でブルブルと震え始め、ついにはワイングラスを叩き割っていた。


「何なのだ、これは!? 何故ハロルドは負けを認めておるのだ!?」


 そんな国王を横目にシルヴァンスは思う。



(レオ・グライスか……こんな逸材がいたなんて知らなかった。調べてみるか)



 国王は「悪霊を呼び出しおって!」だの「呪われた存在カース・レイドの分際で!!」だのわめいていたが、気にせず部屋を後にした。


(今だにあんな迷信じみたものを信じているのか。先が思いやられるな)


 シルヴァンスは前世がどうだの呪いがどうだの、そんな話には微塵も興味がなかった。王太子教育をうけてきて、そんな不確かなものを信じるのは愚かだと考えている。


 仮に前世があっても、それはそれ、これはこれだと考えている。前世の記憶があったとしても、今のシルヴァンス・エル・ジオルドが自分自身なのだから。


 その確固たる信念にしたがって、シルヴァンスは己の道を突き進むのだった。




     ***



「それで、いつまでここにいるんですか。ハロルドさん」


「いつまでって……古代文字が読めるようになるまで?」


 王城の一室で、俺は古代文字の講義をしていた。生徒はハロルドさんだ。意外と素直に講義を聞いて学んでくれている。

 ここ三日間泊まり込みでビッチリと教えているのだが、そのせいで今までのようにシェリル様との時間が取れないでいた。


 対戦のあと土下座で謝罪され偏見なく接してきたので、シェリル様の希望もあって相手はしている。

 だけど、邪魔だ。ものすっっごく邪魔だ。


 今もシェリル様とふたりで優雅なティータイムのはずが、むさ苦しい野郎を交えてストレスが溜まる一方だ。


「まぁ、それでは、あと半年はかかるわね」


「…………もう古代語の講師は辞めます」


「え!? 何で!? レオは教え方上手いからわかりやすいんだよ! 頼むからあと三ヶ月は時間ください!!」


 何でだと!? 俺とシェリル様のふたりの時間を邪魔をするからに決まってるだろう!!


「お断りします。シェリル様に割く時間が減るのでイヤです」


「シェリル王女の傍にいたままでいいから! 俺がどこでも行くから! 講師辞めるなんて言わないで!!」


 ハロルドさんが俺にしがみついて離れない。何なんだ!? 古代文字くらい自分で勉強しろっつーの!!


「レオ、私からも頼みます。ハロルド所長が早く古代文字を覚えれば、翻訳を頼めるわ。ハロルド所長の名前でヴァルハラの翻訳本をだせば、レオの召喚魔法が広く認知されると思うの」


「シェリル様がそう言うなら、あと一ヶ月だけ続けます」


「うわっ、切り替え早っ!! てか俺のネームバリュー目当てか……!!」


 ハロルドさんが何か言ってるが、華麗にスルーする。

 お茶の時間もまもなく終わるころ、俺たちの部屋に客人があらわれた。




 サラサラとなびく金髪は短く切りそろえられ、海のような碧眼は俺とシェリル様を視界に捕らえる。そして美しい所作で優雅に礼をした。



「先ぶれもなく訪れ申し訳ありません。ご挨拶が遅れましたが、私はこの国の第一王子シルヴァンス・エル・ジオルドと申します」



 微笑んだ笑顔はキラキラと輝いて見えた。

 今度は第一王子……つまり王太子がやってきた。


 


     ***




 王城に仕える侍女が新たにお茶を用意してくれる。シルヴァンス王子の指示だ。ということは、話が長くなるらしい。ハロルドさんもちゃっかり同席している。

 もうさ、どうでもいいから、早く帰ってほしい。


「先日の対戦を映像水晶でみせてもらったよ。レオの実力に感服した。今までの処遇については、王子としてここに謝罪する」


「別に、気にしてませんから」


「いや、私は同じ魔法学園に通っていたのに、君の存在に気付きもしなかった。君とは同学年なのにだ」


 それは学園長が隠していたからなぁ……王子とはいえ気がつかなくても無理はない。でも、そのおかげで召喚魔法を取得する時間も取れたんだから、結果オーライなんだけど。


「そこでだ、もしよかったら私にチャンスをもらえないか?」


「え? 何のチャンスですか?」


「このくだらない常識を破壊して、腐った根を取り払い、君を私の右腕にするチャンスだよ」


 ……今なんて? 常識を壊して、根っこを取って、俺を右腕にすると言ったのか? そんなの答えは決まってる。ああ! シェリル様の耳が下がってるじゃないか! 王子が変なこと言うからだ!!


「俺はシェリル様以外は興味ないので、右腕の件はお断りします」


「ははは、即答だね」


「お前……ほんとブレないな」


 シェリル様の耳が上下に動いてるのを確認して、ホッと胸をなでおろす。シルヴァンス王子はまったく気にした様子もなく、穏やかな笑みを浮かべていた。ハロルドさんも苦笑いしながら、お茶をすすっている。


「ですが常識を壊すというのは、シェリル様の希望でもあるので、そちらの協力はします」


「それはよかった! では早速で悪いが明日から賓客として魔法学園にきてほしい。住まいも寮の特別室を用意するので、そちらに移ってもらいたい。期間は私が魔法学園を卒業するまでだ」


「レオ……大丈夫なの?」


 俺の事情を知っているシェリル様が、心配そうに声をかけてくれる。シェリル様を安心させるように微笑んで、シルヴァンス王子に向き直った。


「何も問題ありません。魔法学園に行きましょう」


 こうして俺は数か月ぶりに魔法学園に戻ることになった。


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