第14話 俺の勝ちでいいですか?
魔法剣士は、そんなに簡単になれるものじゃない。魔法の才能もそうだけど剣の才能も必要だし、なによりふたつの道を究めるんだ。その努力たるや想像を絶するものがある。
俺が召喚魔法を取得したのと同じように、この人も血反吐を吐いて努力したのか。ハロルド所長のその努力には素直に感服した。
でも、だからと言って負けるつもりはない。早く決着をつけたいことに変わりはないし、そろそろシェリル様の傍に戻りたいんだ。
気がつけば闘技場は静まり返っていて、誰もこの戦いから目が離せなかった。
【ヘリオス、降臨】
片手剣なら、片手剣で勝負するだけだ。俺の身体に太陽神ヘリオスが降りてきて、光剣ティターンが右手に顕在化する。
「はっ!? なんだ!? お前も剣が使えるのか!?」
「そうですね。早く決着つけましょう」
「何なんだよ、お前! 本当に
「はい。ただの
今度は俺から仕掛けていく。ヘリオスの動きに逆らわず、身を委ねた。
一瞬で間合いをつめて、サイドから斬りつける。ハロルド所長はギリギリで交わすと、体を回転させながら魔法剣を振りぬいた。
切先から炎魔法がほとばしって、俺の胸元をかすっていく。避けきれない炎は光剣ティターンで斬り伏せた。
次々と繰り出される攻撃を、カウンターを交えながら最小限の動きで
レオの頬や髪先に熱波が届くが、直接的なダメージは受けていない。そのことにハロルド所長も気づいていて、焦りの表情が浮かんでいた。
ヘリオス相手に剣技でこれだけやり合えるんだから、ハロルド所長はすごく強いと思う。でも、これなら負けない。
「ヘリオス、次で終わりにする」
『承知した』
俺の空気が変わったのに気がついたのか、ハロルド所長は魔法剣に魔力を込め直した。剣身からは紅く燃えさかる炎があふれ出ている。
でも……そんな炎じゃヘリオスの攻撃は防げないですよ?
「
まばたきほどの一瞬。
太陽神ヘリオスの魔力が乗った一撃が放たれた。
数秒後、ハロルド所長の炎をまとった魔法剣が、四つに分かれて崩れ落ちる。小さくなった剣身はカランカランと音を立てて、闘技場のステージを転がった。その音がやけに大きく響く。
静まりかえった闘技場は、時間までも止まったようだった。
「ハロルド所長、俺の勝ちでいいですか?」
「…………っ!!」
ハッと我に返ったハロルド所長は、いまだに信じられない様子でこま切れにされた剣を見ている。
ようやく絞り出したのは、己の負けを認める言葉だった。
「ああ……オレの……負けだ」
「し、勝者、レオ・グライス!!」
カーター副所長の宣言で今回の対決は終了となった。そこへシェリル様が精霊魔法を使ってステージへ降りて、茫然としているハロルドの前に立つ。ようやくシェリル様の傍へ戻れた。
いまだにシンとした闘技場にシェリル様の声が響き渡る。
「約束です。私の頼みを聞いてください」
「……あ、ああ……そう、だな」
心ここにあらずのハロルド所長が、シェリル様に視線を向けた。
「では貴方達の間違った魔法の知識を正してください。そしてそれを発信し、広めてください」
「は……? 間違った、魔法の知識……?」
「そうです。レオが使っていたのも、間違いなく魔法です」
ハロルド所長も近くで聞いているカーター副所長も、声も出さず瞠目している。
「レオが使っていたのは、ヴァルハラ召喚という極めて高度な古代召喚魔法です」
闘技場がザワザワと騒がしくなる。ようやく聞く耳を持ってもらえたようだ。シェリル様はこれがやりたかったのか。たしかに実力を見せつけないと無理だったかもしれない。
「召喚……魔法? そんなの聞いたことないぞ……?」
ハロルド所長ですら知らない魔法。だからこそ、この国の他の人たちが理解できないのもわかる。でも、それが
「召喚魔法の適性は特殊なので、魔法を普通に使える方には使えません。エルフが使う精霊魔法も同じです。私は普通の魔法が使えません」
「そうなのか!? エルフは、普通の魔法が使えないのか!?」
「そうです。我々は血で継承していくので生まれてすぐに精霊魔法が使えますが、先ほど貴方が使ったような魔法は使えません」
ハロルド所長は小さく「マジか……」とつぶやいて、なにか考え込んでいた。
「私が知ってほしいのは、
ここにいる全員が認めざるを得なかった。人間界最強の魔道士が手も足も出なかったのだ。あの人型は悪霊なんかではなく、召喚魔法であらわれたものなのだと。
この世界には召喚魔法というものが存在し、それを使える人間がいるのだということを。
「そして貴方たちはその無知ゆえの偏見で、レオの未来を奪ったのを忘れないでください」
俺はなんて幸せなんだろう。俺のためにあんなに真剣に怒ってくれて、こんなに必死になってくれる人がいる。シェリル様は俺の一番……特別な人だ。
学園を退学になって家からも追放されたときは、俺だけが不幸だと思った。でも今日は、今日だけは俺が世界で一番幸せなんだと思えた。
泣きたいほど、嬉しかった。
***
それは思いっきりハンマーで殴られたような衝撃だったよ。
オレは人間界最強の魔道士と呼ばれるまで、他の奴らが想像もできない様な訓練をしてきた。なんども血反吐を吐いて、なんども心を奮い立たせて。
だから自分が間違ってるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
世界の常識と呼ばれるものを、疑ったこともなかった。
『そして貴方たちはその無知ゆえの偏見で、レオの未来を奪ったのを忘れないでください』
これがキツかった。無知なのは仕方ない、そんなのは自ら学べばいいんだ。実際、オレだって最初は知らないことばっかりだった。
でも『無知ゆえの偏見』————これは違う。
あのレオとかいう少年は、どれ程の苦渋を味わってきたんだろうか。
国立魔法研究所という、魔法に関する情報や知識を発信する立場にいながら何もしてこなかった。
常識を疑って、突拍子もない実験はしてきたのに、魔法が使えない理由に関しては興味すら抱かなかった。
今までどんな思いで、魔法が使えない人たちは過ごしてきたんだろう。自分が善人だなんて思ってないけど、仕事は真面目に取り組んできた。でも偏見によって、与えられた職務をちゃんとこなしていなかったのは事実だ。
…………このままじゃ、ダメだ。悪い常識なんていらないんだ。枠にとらわれた思考なんて邪魔なだけだ。オレは正しい魔法の知識が知りたい! そして、正しい知識を広めるんだ!
約束なんてしてなくても、それが俺の役目なんだ!
目覚めたハロルドはレオから話を聞き、さっそくヴァルハラの古書を手に入れた。しかし古代文字が読めず、再度レオに泣きつき教えを乞うのだった。
魔法研究所の所長が、
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