第13話 俺はダメージ受けてないですから

 レオとシェリルが魔法研究所を訪れた翌朝、国王は執務室でエルフの国との取引に関する報告を、宰相から受けていた。



「何!? 集めた士官どもは全員ダメだったのか!?」



 前日のシェリル王女との面談において、集めた士官たちが誰ひとり取引相手に選ばれなかったと聞き思わず叫んでいた。


「左様でございます、陛下。シェリル王女の怒りを買ったようでして、そのあと魔法研究所へご訪問されております。そして本日ブルーリアの闘技場で、ハロルド所長と例の護衛が対戦することになっております」


 宰相の顔にも疲労の色が濃くでていた。昨夜遅くにこの報告を受けてから、あまりの結果にほとんど眠れなかったのだ。


「闘技場でハロルドと対戦だと!? 魔法が使えないのに我が国一番の魔道士と対戦するというのか!?」


「はい、私からもハロルド本人に確認いたしましたが間違いございません。本日の対戦に勝てばハロルドが取引相手になることは約束したと聞いております」


「そうか、それならば……うむ、問題なかろう」


 なにせハロルドは歴代魔道士の中でも、五本の指に入るほどの実力の持ち主だ。現時点で人間界の中で最強といって過言ではない。結果は聞かなくてもわかる。


「しかし……呪われた存在カース・レイドの分際で、エルフの王女に取り入りおって!! グライス家は何をやっていたのだ!?」


 忌々しいのは、エルフの王女の護衛としてやってきた呪われた存在カース・レイドだ。どんな手を使ったのかはわからないが、王女の寵愛を受けていることは先日の件で嫌というほど理解した。


「陛下、グライス家には嫡男の再教育を命じます」


「うむ、そうだな。それと魔法研究所と取引するなら、王家も一枚かむように書類を用意しておけ。国立なのだ、ハロルドの好きにさせる必要はない」


「承知いたしました」


 一礼して宰相は国王の執務室を後にした。続いて国王は別の補佐官を呼び、今日のレオとハロルドの対決を映像で記録しておくように申しつける。


 ふん、無能が無様に倒れる様子を今夜の酒のつまみにしてやる————


 このあと、その映像を見て愕然とすることを、国王は予想だにしなかった。




     ***




 レオとハロルドの対決が午後から開始されるという情報は、前日の夜遅くに研究所と王城に周知された。それでも闘技場の半分ほどは席が埋まっている。


 見に来たのは研究熱心な所員と、国王の謁見室にいた高官やレオの召喚魔法を悪霊と呼んだ士官たちだった。

 呪われた存在カース・レイドが無様にやられるのを見たいらしい。



 シェリル様は貴賓席から観戦か……クリタスを付けておいたから、万が一の脱出も問題ないだろう。俺の気持ちをくんで、精霊王たちもしっかりシェリルを守ってくれるから安心だ。



 俺は控室でのんびり時間になるのを待っていた。ハロルド所長も先ほど闘技場に到着したと聞いたので、間もなく開始だろう。

 そこへノックの音と共に、カーターが入ってきた。


「レオさん、お待たせしました。時間なのでステージまでお願いします」


「わかりました」


 カーターはそのまま所長に声をかけに向かった。俺は暗い通路を進み、ステージへと登る。

 観客はざわついていた。たぶん呪われた存在カース・レイドがどうのとか言ってるんだろうけど、どうでもいい。


 そのまま待っていると、反対側からハロルド所長があらわれる。その姿に観客席からワッと歓声があがった。完全アウェイだ。シェリル様が心細くしていないか気になって視線を向けると、相変わらず黒い笑顔で微笑んでいた。


 いや、女王様になるんだし、必要な資質だと思う。優しいだけでは国を治めるのなんて無理だろう。ある意味頼もしい。さすが俺のシェリル様だ。



「それでは、これよりハロルド・ベイカーとレオ・グライスの対戦を開始します!! 始め!!」



 カーターの宣誓によって対決は始まった。



「よく逃げずに来たな。褒めてやるよ」


「さっさと終わらせましょう。早くシェリル様のお傍に戻りたいので」


「はっ! 後悔すんなよ!!」


 ハロルド所長の両手にどんどん魔力が集められていく。俺はジッとその魔力を観察した。

 さっさと終わらせるには、完膚なきまでに叩き潰すに限る。相手の心をポッキリ折るために、ひとつの作戦を考えていた。


「フィフス・テンペスト!!」


 放たれたのは風属性の最上級魔法だ。荒れ狂う嵐に飲み込まれると同時に、ヴァルハラ召喚を使う。



【ウェンティー】


 コバルトグリーンの艶髪を風になびかせ、烈風王があらわれた。


『レオ、なぁに?』


「この嵐が邪魔だ。消してくれ」


『ふふふ、レオの邪魔になるものは、私が消してあげるわ』



 ウェンティーが最上級魔法で生み出された嵐に触れると、ふわりとほどけるように暴風がかき消えた。そして嵐の中からあらわれた俺とウェンティーを見て、ハロルド所長は驚きのあまり固まっている。


「なんだ……それは! なんていう魔力の塊だ!! まさか、本当に悪霊が呼べるのか!?」


 どうやら俺のことをどこかで聞いてきたらしい。研究者だけあって噂を鵜呑みにしなかったみたいだけど、それで悪霊と紐づけるならコイツもダメだな。


「……悪霊かどうか試してみればいい」



「クソッ! サンダージャッジメント!!」


 今度はウェンティーの弱点の雷属性で攻めてきた。俺もすぐに次の精霊王を召喚する。


【トニトルス】


 アメジストのような髪と瞳の筋骨隆々の雷の精霊王があらわれて、俺の横に並び立つ。


『おう! どうした、レオ!』


「トニトルスの雷が上だと見せてほしい」


『はっ! 造作もない!!』


 トニトルスは丸太のような腕で、俺に向かってくる雷魔法をまとめて掴んだ。そして、両腕で雷魔法をまとめあげると、そのまま「ふんっ」と一息で霧散させる。



「なっ……! また増えやがった!! ヘブンズブリザード!!」


 次も雷属性の弱点である、氷属性の攻撃だ。同じように同属性の妖精王を呼びだした。


【ラキエス】


 煌めくミルキーホワイトの髪に、アイスブルーの瞳をした美女があらわれ、俺にしなだれかかる。


『ほう、面白いことになってるな』


「そうなんだけど、アレを止めて欲しい」


『ふむ、なかなかだが、我の敵ではない』


 そう言って、片手で凍てつく吹雪をハロルドに跳ね返した。自分の放ったブリザードが跳ね返されて、ハロルド所長は身動きができない。



 その後もハロルド所長が放つ最上級魔法を、同属性の精霊王を呼びだしてすべて消してもらう。クリタスだけは護衛中で呼びだせないので、ルキスに対処してもらった。

 ハロルド所長の放った魔法は、ほんの少しも俺に届かない。



「ウソだろ……こんなこと、あるのか……?」


「ありましたね、俺はダメージ受けてないですから」


「マジかよ!? これが悪霊なのか!?」


「いい加減そこから離れてください。もう終りにしますか?」


 全属性潰したから、魔法が効かないのは理解したはずだ。早く降参してほしいんだが。


「はぁ!? 誰が終わりにするか! 本気出すからちょっと待て!」


 すると、ハロルド所長は腰にぶら下げていた片手剣を構えて、魔力を全身に巡らせた。飾りじゃなかったのか……と思っているうちに、身体強化の魔法をかけ始めていく。



「ヘイスト! パワスト! ガードアップ! 最後にファイア・オン・ソード!」



 すべての身体強化をかけ、剣に魔力を乗せたその姿は、魔法剣士と呼ばれるものだった。


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