第12話 その提案受けましょう

 王都ブルーリアの南区画に国立魔法研究所がある。王城に匹敵するほどの敷地に立っているのは、グレーのレンガ造りの建物だ。地味だが頑丈で、正面口の扉の周りに彩られるステンドグラスが唯一の装飾だ。




「ここが魔法研究所です、シェリル様」


「これは……便利ね」


 俺とシェリル様はクリタスを使って、一瞬で研究所の前に移動した。影を使っての移動になるので、知らない場所では使いにくいのが難点だ。

 前に初めて行く街で使って、迷子になってからよく知った場所にしか使ってない。


「どうしてこの街に来る時にこちらを使わなかったの?」


「シェリル様には初めての人間の国なので、外観からお見せした方がよいかと思ったのです」


「っ! そうね……ありがとう」


 エルフの長い耳が上下に動いてる。どうやら喜んでくれたようだ。本当にわかりやすくて助かる。

 さっさと用件を済ませるべく、シェリル様を促して魔法研究所へ足を踏み入れた。


 無駄な置物や絵画などはなく、いたってシンプルな内装だ。そこへ、シェリル様の来訪に気付いた職員が飛んできた。濃紺の制服を身にまとい、左胸には銀色のライオンをかたどったブローチがついている。


「ようこそおいで下さいました! シェリル王女様ですね? 先日、国王陛下より通達がきておりました。僭越ながら副所長の私、カーター・ブラウンがご案内いたします」


 そう言ってカーター副所長は恭しく頭を下げた。少しフランクに感じるのは、魔法研究所は完全実力主義なので貴族の割合が他より少ないからだ。本で読んだ知識ではあるが、シェリル様には事前に説明してある。


「よろしくお願いします。それでは早速ですが、こちらの所長様にお会いできますか?」


「もちろん手配したしますが、魔道具の実験で手が離せなくて……少しお待ちいただきたいのです。よろしいでしょうか?」


「構いません。ではその実験も見学させていただけますか?」


「かしこまりました。ご案内いたします」




     ***




 実験室は研究所の別棟にあるということで、中庭を通って目的の部屋へ向かう。実験中の札が下げられた扉を、カーター副所長が強めにノックした。


「ハロルド所長、シェリル王女をお連れしました! 実験はどうですか?」


 部屋の中にはフェイスガードを付けた所員が数名いてブロンズのブローチを付けている。所長と呼ばれて反応したのは、ゆるく制服を着崩した青い髪の青年だ。左胸には金色のライオンが輝いている。


「んー、ボチボチだな。再現率が七割を超えな————て、誰だ、コイツら?」


「だからエルフの国の王女様でシェリル様です! もしかしてあれだけ言ったのに、通達読んでないんですか!?」


「あー、忘れてた。そうか、エルフか……エルフ! エルフって実在したんだな! 眉つばの伝説かと思ってた!」


「うわー!! もうそれ以上話さないでください!! シェリル王女、大変失礼しました! この人こんなんですが、魔法に関しては天才なんです! 本当に申し訳ありません!!」


 直角以上に身体を折り曲げて、カーターがシェリル様に慌てて謝罪した。このやり取りだけで副所長の苦労がうかがえる。まぁ、でも頑張れ。俺はシェリル様以外はどうでもいいんだ。


「構いません。私はただのエルフですから。それで魔法の天才というのはどれ程なのですか?」


「それはだな、ま————」

「ハロルド所長は黙っててください! えーと、僕が代わりにお話しします。現在の所長ハロルド・ベイカーは全魔法適性があり、魔力量も膨大。それからすべての最上級魔法が使えます。この国で知識も実力も最強の魔道士です」


「そう、それなら問題ないわね」


 ここでシェリル様がニヤリと笑った。

 え、何いまの黒い微笑み。それはそれで新しい一面を知れて嬉しいけど。問題ないって、取引相手として……て事ですよね?



「では、その天才魔道士が私の専属護衛に勝ったら、取引相手としてハロルド・ベイカーを指名しましょう」



 は? 俺? ここで俺か!?


「シェリル様……他にも方法があるのでは?」


「そうね、でもこの国の根本的な魔法知識の誤りも直さなければ、今後も貴方のような優秀な人間が冷遇されてしまうわ。なにより……レオがあのように言われたままなのが、一番許せないのよ!!」


 ああ、そんなに気にしてくれてたのか。……それで俺のために動いてくれてたのか。それなら俺はシェリル様の期待に応えるだけだ。

 ニヤけそうになるのを、なんとか我慢する。提案が衝撃的だったのか、カーターが呆然としていたけどハッと意識を取り戻した。


「ほ、ほ、本当ですか!?」


「カーター、取引って何?」


「ああ、もう! シェリル様は今回エルフの生薬を人間と取引するので、取引相手を探しに来てるんです。ここで選ばれたら、研究所の予算ガッツリ取れて、エルフの生薬だってガンガン研究できるんですよ!」


「マジか!!!!」


 エルフの生薬が研究できると聞いて、ようやく事態を飲み込んだハロルドが不敵な笑みを浮かべた。



「その提案受けましょう。全力でお相手します」



「そうそう、ちなみに私の護衛は、この国でいうところの呪われた存在カース・レイドらしいわ。問題ないかしら?」


「はぁぁ!? 魔法も使えないヤツが相手!? いや、まぁ、俺としては約束さえ守ってもらえれば何でもいいですけどね」


「ええ、約束は守るわ。その代わり私の護衛が勝ったら、貴方には私の頼みを聞いてもらうわよ」


 シェリル様は相変わらず黒い笑顔で、所長を追いこんでるようだ。でもそんなに自信満々で大丈夫なのか? シェリル様に恥をかかせないように、やるしかないけど。



「いいでしょう。それでは戦える場所を用意します。カーター、手配を頼む」


「かしこまりました。それなら、闘技場を借ります。ハロルド所長が本気を出すなら、あそこじゃないとムリです。今日はもう厳しいでしょうけど、シェリル王女の名前を出せば明日は押さえられると思います」


「では時間が決まり次第、連絡をください。それから……もう少し見学させていただけますか?」


 シェリル様がチラチラと、周りをうかがっている。エルフの国にない物はやっぱり気になるらしい。千年も鎖国していたのでこういった魔道具は初めてみたいだ。ウキウキしてるのが長い耳でわかる。


「あぁ、構わない。説明が必要ならオレが案内します」


「お願いします。ここでは何の実験をされていたの?」


「今実験してたのは、魔法そのものを保管する魔道具の出力がイマイチなので、その原因を探っていたのです」


「魔法を保管できるの……?」


「保管はできます。この魔道具を使えば、適性のない魔法も使えるようになりますから、みんなの生活がもっと良くなります」


「それは便利そうね……」


 その後は魔道具を中心に見学させてもらって、俺たちは明日に備えて早めに王城へ戻ったのだった。


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