第10話 お黙りなさい

 女王やエルフの民の見送りを受けたあと、俺たちは人間が治める国を目指すべく千年結界から迷彩の森へと出た。


 急いで魔法無効地帯を抜けて、移動のためにウェンティーを呼び出す。一陣の風と共に、コバルトグリーンの色彩をまとう妖精王があらわれた。


『レオ、今日はなぁに?』


「俺とシェリル様を人間の国に連れて行ってほしいんだ」


『んー、たくさんあるわね。どこがいいの?』


 それもそうだ、いくつも街がある。試練のこともあるし、シェリル様に決めてもらうのが一番いいだろう。


「シェリル様、どこか行ってみたい街はありますか?」


「それなら……レオの生まれた街が見てみたいわ」


 何故かモジモジしながら王都ブルーリアを指名された。他でもないシェリル様の頼みならイエス以外の選択はない。俺はウェンティーにブルーリアへ行くように指示を出した。




     ***




 久しぶりの王都だ。活気はそのままに季節だけが春から夏の終わりへと移ろいでいた。


「ここが……レオの生まれた街なのね!」


 シェリル様は翡翠色の瞳をキラキラさせながら、辺りを見回している。やがてエルフの存在に気付いた人々が、ザワザワと騒ぎ始めた。


「シェリル様、後ほどゆっくりと見て回りましょう。まずは国王に挨拶に行きませんか」


「そうね、思いのほかワクワクしてしまって……ごめんなさい」


 ごめんなさいと言いつつ、耳が下がっていないところを見るとワクワクの方が強いらしい。あとで王都を案内しようと心に決める。

 そこへ街の警備を担当している騎士がやってきた。


「エルフ様がいると聞いて来たが……まさか、本当に……!?」


 通報を受けた騎士は半信半疑でやって来たらしい。シェリル様を見て、目玉がこぼれ落ちそうなほど見開いていた。その反応はわかる、わかるよ。



「エルフの国からやってきました。第一王女シェリル・オブ・アルベルンです。国王陛下に謁見できるかしら?」


「は、はいぃぃ!!」


 かわいそうなくらい気が動転した騎士は、ぎこちない動きで俺たちを王城へと誘導してくれた。そして、少し待たされたものの、国王への謁見が許されたのだった。




     ***




 国王がいる謁見の間では、通常ではありえない光景が目の前に広がっていた。


 ひとりの少女の前に跪く国の重鎮たち。その筆頭にジオルド王国の国王の姿もある。悠然と立っているのはエルフの国から突如やってきた第一王女のシェリル様だ。


 至高の存在であるエルフの王女を一目見んと、高官たちが集まっていた。王座へ向かう深紅のカーペット以外はひれ伏す高官で埋め尽くされている。



おもてをあげてください。これはエルフの国の女王陛下から預かってきた親書です。人間の国の国王陛下へ渡すよう預かりました」


 親書を受け取った国王は、その場で目を通す。


「しかと受け取りました。今回のご来訪は次期女王の試練のためと書かれておりましたが、詳細を伺えますでしょうか?」


「もちろんです。この国で我がエルフの国と、貿易ができる者を探すために来ました」


「なんと光栄な! それはジオルド王国と取引していただけるということですかな!?」


 謁見室の中がザワリと色めき立つ。国王もその意味に興奮しているようだ。今まで千年間も姿を見せなかった至高の存在であるエルフが、つながりを持とうとしているのだ。


 ここで縁をつなげば、他の国への牽制どころか発言力は格段に増す。為政者なら喉から手が出るほど欲しいものだろう。だからこそ、エルフには見極める眼が必要だ。


「……場合によっては。でもその為に私自身の眼で、取引する相手に相応しいか精査する必要があります。ご協力いただけますか?」


「当然でございます! それではこの国に滞在する間は、次期女王様が快適にお過ごしいただけるよう手配いたしましょう」


 俺はシェリル様の斜め後方に立って一連の流れを見ていた。どこか緊張気味だったシェリル様も、ここでようやく肩の力が抜けたらしい。長い耳がピクリと動いた。



「今……レオと。レオと呼んだ者は誰ですか?」



 どうやらシェリル様の耳が、誰かのつぶやきを拾ったようだ。エルフの身体能力は人間よりはるかに優れているので、この謁見室くらいならどんな囁き声でも聞こえるのだ。


 俺は視線をわずかに動かして、今では他人になったひとりの中年の高官を見た。そういえば、王城の高官として働いていたか。



「恐れ入ります。私でございます。レオの父でマリオ・グライスと申します」


 声を上げたのは、数ヶ月前まで父と呼んでいた男だった。シェリル様に紹介する気もないので、そのまま無言を貫く。


「貴方がレオのお父上でしたか! 今日はレオの勇姿を見に来られたのですか?」


「いいえ、シェリル第一王女様。この愚息は呪われた存在カース・レイドでございます。なにゆえ王女様のお傍にいるのかわかりませんが、すぐに別の優秀な人材を手配いたします」

 

 そう言って、すぐに後ろで頭を下げている部下に指示を飛ばしていた。……ここで俺を邪魔するなら、あの男は排除しなければ。


「かーす、れいど? それはどの様なものですか?」


 シェリル様の言葉に、今度は国王が答えた。あの男がシェリル様と言葉を交わしたのが、気に入らなかったらしい。


呪われた存在カース・レイドとは、前世での行いが悪く、神より呪いを受けた存在。その呪いで今世では魔法が使えない者の呼び名でございます」


「レオが……その呪いを受けた、呪われた存在カース・レイドだと……?」


 今度はあの男が見苦しくわめき散らした。シェリル様の様子が変わり、機嫌を損ねたと思ったようだ。


「左様でございます! この度は愚息が大変失礼をいたしました! すぐに私の方で処分いたします! レオ、お前は早く下がらんか!!」


「…………なさい」


「レオ! 聞こえているのか!?」


 俺はシェリル様から目が離せなかった。あの男が何か言っているのも耳に入らない。シェリル様のまとう空気が一瞬で変わった。



「お黙りなさい」



 地を這うようなシェリル様の声は、凍てつくような覇気と共に謁見室に放たれる。さっきまでわめき散らしていた男も、口をつぐんでいた。国王や他の高官たちも真っ青になっている。

 息すらもできないほどの空気に、俺は驚いていた。



 ————シェリル様が、本気で怒ってる。



 初めて見るシェリル様の姿だった。



「なんて無知なの……! 私の専属護衛であるレオを侮辱することは、何人たりとも許しません!!」



 俺のために怒ってくれてる。それがどうしようもなく嬉しかった。もう一生かかっても尽くしきれない、そう思うほど嬉しかった。


「私たちの世話も結構です。このような場所にレオを置くくらいなら、野宿の方がマシです」


「シェリル様……野宿はさすがに……部屋だけは用意してもらいましょう。俺は気になりませんから」


 シェリル様が暴走し始めたので、引きとめに入る。耳がいつもより立ってるのは、怒りからなのか。どうしたら落ち着くんだ?


「それでも……私が許せないわ」


「俺はシェリル様以外はどうでもいいんです」


 これでわかってくれるだろうか? あれ、なんかフリーズした? 念のためもう少し押しておくか?


「シェリル様以外は、一ミリも興味ありませんから平気です」


「…………………………わ、わかりました。レオがいいのであれば、部屋はご厚意に甘えます」


 たっぷり固まったあと、何でもない風を装って部屋への案内係についていくシェリル様に、そっと胸をなでおろした。


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