第9話 俺にシェリル様を守らせてください

 どうしましょう。



 いつ顔から手を離したらいいのかしら。

 たぶん、泣きそうになったのは治まったはず。もう手を離しても、大丈夫なはずよ。



 でもレオ様の顔が……恥ずかしくて直視できない……!!



 うっかり漏らした弱音を、密かに好意を寄せている人が受け止めてくれたのだ。

 もちろん嬉しくて嬉しくてたまらない。


 私はずっとこんな風に受け止めてもらうのを、諦めていた。お父様が病でこの世から去ってから、頑張ったねと労ってもらうことなどなかった。


 母はこの国の女王で、私は第一王女、それが母と私の関係だ。愛情があるのはわかってるけど、甘えることは出来なかった。



 そんな私をレオ様は甘やかしてくれるの?



 私にとって泣きたくなるほどの優しい囁きは、大きく感情を乱してゆく。少しでも落ち着けようと深呼吸した。


 私がこんな風に思っていることは、内緒にしなければ……女王として、いずれ政略結婚しなければいけないんだもの、私の気持ちを伝えて混乱させてはいけないわ。



 そうよね、気持ちは伝えなくても、大切な方として接するのよ。私の大切なレオ様……ひえっ!!!! 自分で考えたのに衝撃が強すぎだわ!! 私の……って!! いやああああ! どうするのよ、いつまでたっても手が離せないじゃない!!



 レオがジッと待っていた十分のうち、八分がこんな感じの思考だったのは、シェリルだけの秘密だ。




     ***




「レオ様、大変失礼しました。でも、話を聞いてくれてありがとう。元気がでたわ」


 コホンと咳払いしながら、シェリルはようやく顔を隠していた両手を膝の上に戻した。


「いえ、シェリル様が笑顔になってよかったです」


 少し恥ずかしさの残る笑顔をみて、元気になってくれてよかったと安心する。あんなに垂れ下がっていた耳は、今はピンと上がっていた。


「あの……人間界へ行くなら、俺が役に立てるかも知れません」


 影響力なんて微塵もないけど、人間界の作法や常識なら伝えられる。本で読んだ知識もたくさんあるし、俺がついていくことはできないだろうか?


「そう……ね、そうだけどレオ様に負担をかけたくないの」


「負担なんて何もありません。俺はシェリル様のお役に立ちたいんです。それとも、俺が近くにいてはお邪魔ですか?」


 そうだ、俺がよくても押し付けてしまってはいけない。断られるなら、それも仕方ない。


「邪魔なんてことないわ! 違うのよ、レオ様を私の問題に巻き込むのが嫌なのよ」


「なんだ、そんなこと気にしてたんですか。それなら、俺を護衛として雇ってください」


 それが理由なら、シェリル様が気に病まなくて済むようにすればいい。それだけだ。


「護衛として?」


「そうです、可能ならシェリル様の護衛として」


「それは問題ないけど……でも私は女王様の次に強いから、護衛なんて必要ないわよ?」


「でも、護衛ならずっとお傍にいられます」


 シェリル様はハッとして考えている。耳が上下に動いていて、感触は悪くないようだ。


「俺にシェリル様を守らせてください」


 シェリル様は困ったように眉尻を下げている。でも耳は下がっていないから、不快ではないようだ。俺は懇願するように名前を呼んだ。


「シェリル様……」


「わかったわ。この時をもって、レオ様を私の専属護衛に任命します」



 ふ、やった……やったぞ! これで心置きなくシェリル様のお役に立てる!! シェリル様の耳が下がらないように、邪魔なものは全力で排除していこう!!



「俺の全てをかけて、シェリル様をお守りします」


 俺は小躍りしたいのを堪えて、次の要望を出す。実は最初から気になっていたことだ。


「では、俺のことはレオと呼び捨てにしてください。ただの護衛ですから」


 今度は耳だけ赤くしてピシリとシェリル様が固まってしまった。

 俺はおかしなことを言ったか? 配下を呼び捨てにするのは普通のことだよな? エルフの国はこれが常識じゃないのか?


「シェリル様……? 人間界では、配下を様付けで呼ばないのです。ご理解いただけますか?」


「え……あ、そうなのね!? ああ! そうなの! わかったわ、それならそうします」


 シェリル様はやたら咳払いをしている。喉の調子が悪いのか? 顔も赤いし風邪でも引いたのか?


「シェリル様、具合が悪いのですか? 顔もほてっているし熱でもあるのですか?」


 そっと手の甲でシェリル様の頬に触れてみて、その熱さに驚く。


「ちっ、違うの! ちょっと急に暑くなっただけよ! 大丈夫だから!」


 こうして、レオは己の欲望に忠実に、シェリルはレオの一言に振り回されながら、次期女王の試練に挑むのだった。




     ***




 無事シェリル様の専属護衛となった俺は、人間界に旅立つ準備をしながら、エルフの国のいたるところでヴァルハラ召喚を披露していた。


 エルフの国は女王の次に魔力の高いものが民を守るため、何かあるとシェリル様が行かなければならなかった。


 当然、俺も付いて行く。そして魔物との戦闘なら、当然俺が最前線で戦うことになる。

 精霊王たちを見たエルフたちに、俺が認められるのにそう時間はかからなかった。


 一ヶ月たつ頃には個別の依頼も来るくらいだった。シェリル様以外どうでもいいので、直接来た依頼は全部断ってた。


 そして何をどう勘違いしたのか、シェリル様への忠信厚い人間だと、さらに評価が高くなっていた。

 それすらもどうでもいいので放っておいてる。




 それからさらに一週間後、シェリル様と俺はいよいよ人間界へ向かうため、女王へ謁見することになっていた。余程の事がないかぎりは、試練をクリアするまで戻れない決まりだ。


 俺はすでにシェリル様の命の恩人であり、専属護衛であるとエルフの国では認知されている。

 そのため試練の同行も許されたし、どこについて行くにも止められることがない。役得だ。


 本来なら三人ほど護衛として猛者がついていくらしいが、俺が行くと言ってひと睨みたら「あー、レオ様がいるなら……」とみんな引き下がった。


 決して殺気を込めて、睨んだりなんかしていない。……邪魔すんなオーラは出したかもしれないが。

 精霊王に頼めば、もし俺が側にいなくても二四時間シェリル様を守れるので、それも大きかった。


 おかげでここ最近のシェリル様は、心穏やかに過ごせているようだった。

 謁見の間に入り、女王陛下の前まで進んで膝を折る。



「シェリル、心の準備はよいか?」


「はい、女王様。試練とはいえこの国の行く末を左右するものです。全力で取り組んでまいります」


「よろしく頼むぞ。……レオ、どうかシェリルを支えてやってくれ」


「はい、全身全霊をもってお仕えいたします」


 女王は満足気にうなずき、出立の言葉を告げた。


「それでは、これより次期女王の第一の試練を開始する! シェリルの発言は我が発言となる、心してかかれ!!」



 そして俺はシェリル様の護衛として人間界に戻った。


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