第8話 弱音吐いてもいいんですよ

 レオが目を覚ました頃、エルフの国の女王、カレリア・オブ・アルベルンの元で定例会議が開かれていた。

 参加者は人間界でいうと宰相の役割をはたす、四賢者と呼ばれる長老たちだ。


「女王様、我々は精霊大王ティターニア様の加護を受けてるのです。このままでも問題ないでしょう」

「そうです。わざわざ他の種族と国交をするなんて……必要ないと思われます」

「それに他の種族が信用できるかどうかもわかりません」

「不安要素が多すぎますな。現実的な話ではありませんぞ」


 カレリアは四賢者たちの意見を無言で聞いていた。


 真っ直ぐな銀髪は後ろでひとつにまとめて左肩から前に垂らしている。半分ほど隠れた翡翠色の瞳は、憂いを帯びていた。


 ……この者たちは何を見てこのような意見を申すのだ?


 これからのエルフの国についての話し合いで、先日他の国や種族と国交を再開すると宣言したのだが、今日になって強い反対意見が出たのだ。女王とはいえ独裁ではない、賢者たちの理解も必要だった。

 

 大きくため息をついてひとつひとつ説明していく。


「よいか、千年におよぶ鎖国で国力は衰えているのは事実だ。実際に新しく生まれてくるエルフの数も減り、魔力が強いものも減ってきている。それに食料事情も芳しくない。魔力の供給不足で、収穫高も落ちてきている。早々に手を打たなければ人知れず滅亡してゆく運命だ」


 視線で反対意見がないか促すが、誰も声をあげない。反対意見はないものとして進める。


「千年の鎖国で国力が衰えたのなら、新しい風を吹きこまなければ変わらないだろう。おぬしらは変化が恐ろしいだけではないか?」


「変化が恐ろしいわけでは……ただ、必要だと思えないのです」

「左様でございます、女王様。変化によって失ってしまうものもありましょう」

「もしも失うものが取り返しのつかないものであったら、どうにもなりませんぞ」

「今までの政策を続けて、様子をみてはいかがか」


 四賢者は口々に反論するが、聞くに値しない戯言ざれごとだった。すでに様々な方法を試しても、結果が出なかったのだ。こんな無駄な時間は早々に終わらせたい。最強の代替案を提案することにした。


「……ならば、次期女王の試練を使おう」


「試練でございますか?」


 喰いついたな。シェリルには負担をかけてしまうが……おそらくこれが最もよい方法だ。


「そうだ、試練の課題を現女王が決めることになっているが、それを先ほどの問題が解決できるように使おうではないか」


「それは……つまり、シェリル様に解決してもらうということですか?」


「そうだ、私ではなくシェリルが実行するのだ。上手くいけば採用して、そうでない場合は女王交代の際に廃止すればよかろう」


 ……廃止させるつもりは毛頭ないがな。この方法なら、シェリルが女王になった時に一番よい形で国を渡すことができる。そしてその後もつつがなく統治できるだろう。


「むぅ……そういうことでしたら……」

「そうですな、それなら後で修正しやすいでしょうか」

「シェリル様が万が一失敗しても……」

「第一王女のうちなら、なんとでもなるでしょう」


「では、そのように進める。試練に関しては女王である私が詳細を決める。お主らは口出しできぬことを忘れるな」


「「「「御意」」」」


 女王として、そして母としてカレリアはシェリルの未来に光あふれることを祈るのだった。




     ***




「うわー、なんかエルフの国ってすごいな。童話の世界みたいだ」


 お昼に運ばれてきた食事をペロリと平らげ、俺は窓を開けて外の景色を楽しんでいた。


 眼下に広がるのは木々の間にかけられた渡り橋と、おそらく魔法で大木に作りつけられてる家々だ。根元は一本の大木なのに、真ん中あたりから大きく膨らんでいて、そこが住まいになっている。


 人間界とはまるで違う景色に、ここがエルフの国なんだと信じざるを得ない。渡り橋はいろいろなとこにつながっているが、実際に移動しようと思ったら迷路のように感じるだろう。


 そこへ部屋をノックする音が聞こえる。


「はい、どうぞー」


 室内へ向きなおると、数時間前に出ていったシェリルが再び顔を出した。耳は平常時のようだ。


「レオ様、いま大丈夫かしら?」


「大丈夫ですけど、何かありましたか?」


「ええ、王城での採用について女王様の許可が下りたので、相談しに来たの」


「えっ! もう許可が出たんですか!?」


 いくらなんでも早すぎるだろ! お願いしたのは数時間前だぞ。もしかして第一王女だから、優先的に話を聞いてもらえたのかも。


「どのような職種が良いか希望はある? 私の命の恩人だもの、極力ご希望にそうようにするわ」


「それは、ありがたいです。そうですね……」


 俺がシェリル様のためにできることって何だろう? うーん、大きく分けてふたつか。人間界で得た知識を使うこと、それから召喚魔法を使うことか。


 「俺の希望としては、召喚魔法を使ってお役に立てるのが一番です。人間界の知識は……役に立つかわからないので」


「わかったわ……召喚魔法ね」


 そう言って微笑んではいるが、さっきと様子が違うことに気付いた。

 ……耳が、少し下がってる? そしてこの表情だと、もしかして元気がないのか? エルフの耳は気持ちの上下に連動してるみたいだ。


「あの、何かありました? 元気ないですよね?」


「えっ、そんなことは……」


 ピクンと長い耳が動く。なるほど、これは動揺か。……しかし、こんなにわかりやすくて大丈夫なのか?


「言いたくないならいいですけど、俺でよければ話くらい聞きますよ」


 シェリルは少しうつむいて、話してもいいものかと悩んでる様子だ。

 そんなに話しにくい内容なのか?


「俺はエルフに知り合いはいませんし、誰かに話すつもりはありません」


 穏やかに微笑んでみせると、小さな溜息とともにシェリルの耳もほんの少し下がった。


「……次期女王になるための試練が決まったの」


「そんなのがあるんですね」


「でも、その内容が……少し……」


「もしかして、不安なんですか?」


 下がり切ったシェリルの耳を見ながら、俺は続きを促した。


「……エルフの国は千年結界を張ってから、他国との交流がないの。なのに最初の試練が人間の国へ行って、貿易の取引相手を見つけるというものだったのよ」


「ああ、それは不安に感じても無理ないですよ」


 俺は初めて神殿に向かった時のことを、思い出していた。ウェンティーに連れて行ってもらったとはいえ、見知らぬ場所に踏み出すには覚悟がいる。

 最初の一歩はとくに勇気を振り絞った。


「でも、私は第一王女で次期女王なの。そんな弱気ではこれから先、民をまとめられないわ」


 ここでますますシェリルの耳が下がっていく。本当にわかりやすい。



「弱音吐いてもいいんですよ。俺はエルフの国の民じゃないから、俺になら弱音吐いても、泣き言いっても大丈夫です」



 潤んだ翡翠色の瞳が見開かれて、俺をまっすぐに見つめてくる。

 シェリル様は抱えるものが大きすぎて、きっとどうにもできなかったんだ。


 少しだけ俺と似てる。

 本当に言いたいことが誰にも伝えられない、そんな気持ちなら俺も痛いほどわかる。それなら、俺もシェリル様の理解者になれるかも知れない。


 俺が救われたように、シェリル様も心が軽くなるなら。



「いつも精一杯やってきたんでしょう? よく頑張りましたね」



 シェリル様はうつむいて両手で顔を覆ってしまった。でも、耳は上下に揺れていて、さっきより元気が出てきたみたいだ。とりあえず、シェリル様の耳が垂れさがらないように支えるのが目標だな。


「シェリル様、俺はいつでも話を聞きますから。元気出して下さい、ね?」


「……はい、もう少ししたら、元に戻るから……」


「はい、ゆっくりでいいですよ」


 そうして十分後、復活したシェリル様は輝くような笑顔を浮かべていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る