第7話 許されるかしら?
俺は決意した。
初めて俺をちゃんと見てくれた、この少女のために生きたい。この少女が幸せになるために力を尽くすと。
そのためにはどうすればいいのか……ああ、そうだ。まずは自己紹介から始めようか。
「あの、俺はレオといいます。名前を聞いてもいいですか?」
「あ、ごめんなさい。名乗りもせず……私はシェリル・オブ・アルベルン、この国の第一王女です」
……………………マジか。
いや、王女様ならむしろ役に立てることがたくさんあるかも知れない!! 諦めるのは、まだ早い!!
「シェリル様、俺は貴方のために生きていくと決めました。お願いです、お傍に置いてもらえませんか?」
「え? お傍にって……どういう……?」
シェリル様の顔があっという間に赤くなる。長い耳が上下に動いているのは、動揺しているからだろうか? そうだよな、まともに仕事をしたことがないのに、いきなり側近とかないよな。
「よかったら、俺を王城で雇ってもらえませんか? 仕事は何でもいいんです。精一杯仕事をして、シェリル様のお役に立ちたいんです」
「あ、ああ! そういうことね! そうよね、お傍にってそういう意味よね……はぁ」
シェリル様の耳が少しだけ下がっている。……これは、感情によって耳が動くのか? それなら非常に仕事がしやすいな。
ん? でも、今はなんで耳が下がったんだ? 耳が下がるのはどういう感情のときなんだ?
「王城での採用については、女王様に相談してみるわ。レオ様はまだ休養が必要だから、しばらくここで回復に専念しててほしいの。また、来るわ」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って優しく微笑んだシェリル様は部屋をあとにした。
***
どうしましょう!
とても恥ずかしいし、ビックリしたわ! 本当にビックリした!!
貴方のために生きていくって! お傍にいさせてくださいって! 危うく勘違いするところだったわ! 恥ずかしすぎるわ!! もう!!
私は命の恩人であるレオ様の部屋を出て、彼の意向をくむために女王のいる謁見の間へと向かう。
エルフの国の第一王女である私は、次期女王として生まれたときから厳しい教育を受けてきた。エルフの国は代々、精霊大王ティターニアの加護が最も強い第一王女が女王の座についている。
その役目を嫌だと思ったことはない。大変名誉なことだし、全力で務めたいと思ってる。でも、たまに、どうしようもないくらい、息苦しく感じるときがある。
上手く呼吸ができない様な、崖っぷちに追い込まれているような、そんな圧迫感を感じて逃げ出したくなるときがあった。
そんなときはいつも、母である女王が張った千年結界の端まで、ギリギリのところを散歩して気を紛らわせていた。この結界は母が女王に就任するときに張った結界で、もうすぐ千年を迎えて破れてしまうと聞いている。
その前に私が準備を整えて、女王を交代するのだ。
この千年結界のおかげで、エルフの民は安心して暮らしてこれた。最近は結界もほころびが出始めていて、注意が必要だけど。
でも結界の向こう側は、見知らぬ世界が広がっていると思うとワクワクした気持ちになれた。
三日前も息苦しさを感じて、結界のギリギリのラインを散歩していた。そのはずだった。
千年結界の外側は、敵からの侵攻を防ぐために魔法無効地帯になっている。この区画はどんな魔法も使えない。もちろん精霊魔法も対象だ。
ごく稀に魔物が迷い込んでくるので、散歩するときは武器を身に付けていた。
千年結界の外に出たと気づいたのは、魔物のうなり声を聞いたからだ。結界のほころびから魔法無効地帯に出てしまっていたようだ。
目の前に現れたのは狼型の魔物だった。よだれを垂らして、グルグルとうなっている。獲物は逃さないと、赤い眼は私を捕らえて放さなかった。
どうしよう……逃げるにしても、狼型の魔物は足が速いから、結界の中に戻る前につかまってしまう。それなら倒すしかないけど……ひとりで、しかも魔法なしで戦うのは初めてだ。
私は覚悟を決めた。目の前の魔物を倒さないと、身動きが取れないのだ。初めての単独討伐が命懸けとは、なかなかだと思うけど、やるしかない。
腰にさしたレイピアを抜いて構えた。
魔物は突如、襲いかかってきた。反応が遅れて後手に回ってしまう。私の喉元目がけて喰らいつこうとする大きな口を、横に飛んで何とか避けた。
魔法が使えれば、こんな魔物は敵ではないのに!!
そう思いながらもレイピアを素早く突き出す。だけど狼型の魔物は素早く避けて、ダメージを与えられない。
「くっ、森へ帰って! キャアア!」
何度目かの攻撃で、つる草に足を取られて転んでしまった。
「ガオオォォォッ!!」
ここぞとばかりに魔物が攻撃をしかけてきた。レイピアで鋭い牙を受け止める。だんだん力が入らなくなってきて、もうダメだと思ったときだった。
魔物に奇襲攻撃を仕掛けて、私を守るように立ちふさがる逞しい背中が視界に入った。
少しクセのある黒髪に、アメジストのような紫の瞳が印象的だった。
「立てるか? そして走れるか?」
「っ! 助けに……来てくれたの?」
「そうだ! 倒せなくても逃げられれば……」
視線を前に向けたまま、私を気遣うように守ってくれている。
震える手を落ち着かせて、彼の意向に従うと決断した。
「早く! 逃げるぞ!!」
「は、はい! あっ!」
先ほど絡まりついていたつる草が取れてなくて、また倒れこんでしまった。その拍子にレイピアも手放してしまって、魔物の攻撃を防ぐすべもなくしてしまった。後悔してもどうにもならない。
……ここまでだ。
ギュッと眼をつぶる。でも聞こえてきたのは、彼の叫び声だった。
「うああああ!!」
魔物の鋭い牙は彼の右肩に食いこんでいた。私は衝撃のあまり身動きひとつできなかった。
この人は、私のために身を呈して守ってくれている。
こんなに必死に、守ってくれている。
初めて誰かから守ってもらった。
精霊の加護が強いということは、魔力も誰よりも多くて、つまり私はいつも守る側だった。誰かのために戦い、誰かのために結界を張って、誰よりも前に出て命を削って守っていた。
こんな状況なのに、息苦しかった胸が少し楽になったような気がした。
気がつけば彼は魔物を倒していて、気を失って私にもたれかかっていた。
助けなければ! まずは結界の中へ、いえ、その前に止血しないと!!
「絶対に死なせない……!!」
私の服を裂いて、傷口を圧迫してから、何とか引きずって結界の中に戻った。
その瞬間、彼の周りに精霊王たちがあらわれる。
『生命の雫!! レオ! 死ぬな!! 生きるんだ!!!!』
『癒しの光! ごめん……ボクのせいだ!』
『レオがー! どうしよう、レオがー!! うわああああん!!』
『回復できるのは他にいないの!?』
『
『ワタシが試してみる。星読みの巫女、我の声を届けよ————』
『大丈夫、とりあえず止血出来てる!』
『愛神ヴィーナス、降臨。精霊王たちよ、内側からの回復は私に任せて』
『やった! これなら大丈夫かも!!』
「これは……一体……」
目の前の光景が信じられなかった。
水明王アクア、光華王ルキス、炎獄王イグニス、烈風王ウェンティー、爆雷王トニトルス、暗黒王クリタス、氷刃王ラキエス。この世の精霊王が必死な様子で彼を回復させている。
そして、精霊王だけでなく
「これだけの召喚魔法が使えるなんて……一体、どれだけの時間と努力を重ねてきたの……?」
そう、種族でいえば彼は人間だ。この世で一番ひ弱な種族だ。そんな種族の男が、これだけの召喚契約を結び、しかもこんなにも精霊王や神から愛されている。
「彼はレオというのね……」
精霊王の会話から、彼の名前を拾い上げる。胸が温かくなった。
彼は、レオ様は私を守ってくれた。きっと召喚魔法が使えないのもわかっていて、助けに来てくれたのだ。見ず知らずの私のために。
そんなにしてまで私を守ってくれた彼に、心が震える。
レオ様はもう大切な人がいるのかしら? 誰か心に決めた人がいるのかしら?
もし誰も決まった人がいないなら、私が女王になるまでの少しの間でいいから、私だけを見てくれないかしら?
いいえ、それは贅沢な望みだってわかってる。
女王になる私に自由な恋愛なんて許されないけど……それでも、せめて貴方を想うのは許されるかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます