第5話 立てるか?そして走れるか?

 迷彩の森は王都ブルーリアから、馬車で東に三日進んだところにある。

 国土の四分の一を占める広大な森は、冒険者たちにはレベルアップの場として活用されていた。だが、そんな人の気配がするのも、せいぜい街道から十キロメートル程までで、森の全容はいまだ解明されていない。


 今までに何度も調査隊が挑んだが何故か森の奥深くまでは進めず、もとの場所に戻ってきてしまうのだ。やがて資金の無駄使いと判断され、今では放置されている。


 街で必要な物を買いこんで、ウェンティーの魔力で空を飛び、迷彩の森へと降りたった。すでに日が落ちていたので、冒険者の気配もない。


【エレメント召喚、光の精霊】


 光の精霊があらわれて、俺の周りは淡い光に照らされた。明日以降のことも考えて、できるだけ森の奥深くへと進んでいく。


「さて、まずは今日の寝床を確保するか」


 なるべく障害物のなさそうな平地を探して、下準備にとりかかる。



【ヴァルハラ召喚、守護神メリウス降臨】



 ゴッド召喚は精霊召喚と違って、自分自身の身体に神々を召喚して力を借りるものだ。

 俺は魔物に襲われないように結界を張ろうと、まずは守備担当のメリウスを召喚した。

 身体が淡い金色の光に包まれて、右手には『神器』が具現化される。神器はいわゆる神々のオリジナルの武器だ。


「聖杖の盾」


 右手に具現化された『森羅万象の杖』を振り上げ、十メートル四方の結界を張った。そしてなけなしの銀貨で買った野営用のテントを組み立てる。この他に細々とした道具と、今日の夕食を買ってきたので残りは銀貨一枚と銅貨二枚となっていた。



 明日からは魔物を倒して食料にして、なんとか生き抜くんだ。

 それから、あの道具屋に売ってた薬草は、採ってきたら買い取るって店主が言ってたから、それで少しでも稼いでいける。


「大丈夫、なんとかなる。きっと大丈夫だ。俺ひとりでも生きていける」


 そう自分に言い聞かせながら、眠りについた。




     ***




 あれから三ヶ月がたった。



 結果からいうと、魔法学園にいた時よりも楽しく快適に過ごせている。まさかの適応能力に自分が驚いたくらいだ。


 最初のころは薬草の扱いが悪くて買いたたかれたけど、店主がいい人でいろいろ教えてくれた。俺が呪われた存在カース・レイドだとバレなければ、みんな普通に接してくれる。モヤモヤしたけど、稼げないと話にならないから黙って教えてもらっていた。


 ある日、薬草の採取を精霊たちに手伝ってもらえばいいんじゃないかと思い付いた。試しにエレメント召喚して話してみると、あっさり受け入れてくれて嬉々として手伝ってくれた。


 そのうち精霊王たちもやると言い始めて、今では当番制になっている。薬草採取のときに繊細な魔力の調整が必要らしくて、訓練になると張り切っていた。精霊王たちは、かなりストイックみたいだ。




 薬草がなくなったら、違う場所へとテントを移して日銭を稼ぐ。あとは誰も来ない森の奥で、ヴァルハラ召喚を使いまくった。

 今までは周りに遠慮して使えなかったから、ここで魔物を倒しながら、いろいろと試したんだ。


 薬草採取と魔物の討伐で使用頻度があがり、二四時間ずっと召喚し続けていた。そのおかげなのか精霊王たちや神々とも絆が深まり、最近では勝手に出てくるようになっている。


 だから心配していた孤独感もほとんど感じたことがない。いや、むしろこっちの方が人間らしい会話をしている。



『レオー、この草まだ採るのー?』


「うーん、あと十五本ってところかな。それで一旦街に行って売ってくるよ」


『わかった! あと十五本ねー!』



 今日の当番はイグニスだ。油断するとすぐに薬草を燃やしてしまうが、今日はノーミスだ。魔物の退治は火力重視で問題ないけど、こういう作業は魔力のコントロールが必要らしい。

 最初のころからみたら、みんなずいぶん上達したなと思う。



『レオ、そろそろかしら?』



 後ろから声をかけられたと思ったら、俺の影から闇の精霊王が顔を出していた。

 漆黒の髪と瞳に、星空を切りとったようなドレスを身に付けて、暗黒王クリタスがスルリと姿をあらわす。


『レオー! 十五本、全部燃やさずに採れたよー!!』


「イグニスお疲れさま。さすがクリタスだな、タイミングがバッチリだ」


 クリタスは空間魔法も得意で、影を通して遠くへ移動することができる。いつも行く場所へはこの影移動を使っていた。


『ふふ……レオの役に立てるのが嬉しいのよ』


 クリタスもそうだけど、精霊王や神たちはかなり積極的に俺の世話を焼いてくれる。

 召喚魔法……だったと思うんだけど、呼んでもちゃんと来てくれるし、まぁ、助かってるので気にしないことにした。


「そうか、ありがとう。あ、クリタスにも街でお土産買ってくるよ」


『……レオは優しいのね。いつもの街でいいのかしら?』


「うん、頼む」


 こうして俺は穏やかな時間を過ごしていた。




    *** 




 その日は新しい寝床を探して、さらに森の奥へと進んでいた。


「この辺はいつもの薬草がないみたいだな」


『そうだね……もう少し奥まで行ってみる?』


 今日の当番は光の妖精王、光華王こうかおうルキスだ。キラキラ輝く金髪に琥珀色の瞳で、常に淡い光に包まれてる物理的にもまぶしいイケメンだ。


「うん、それなら別々に探さないか? ルキスは向こうを頼める?」


『わかった。何あればすぐにボクを呼んでね』


 そういって、光る物体はフワフワと浮きながら、別方向に進んでいった。ルキスは多少離れても見つけやすいし、最悪でも呼べば戻ってくるので心配はいらない。


「できれば泉も近いといいなぁ……朝晩水浴びしたい」


 そんな独りごとを言いながら足を進めていた。



 ……おかしい。いつもならこれだけ歩いていれば、魔物が出てくるはずなのに一匹も遭遇していない。

 薬草も、というか植物も見たことがないものばかりだ。こんな植物は俺の記憶にない。


【ルキス】


 いつもなら、すぐに姿をあらわすはずの精霊王が出てこない。


【ヴァルハラ召喚、光華王ルキス】


 正しく呼んでも出てこない。まさかルキスに何かあったのか!?


【ヴァルハラ召喚、水明王アクア】

【ヴァルハラ召喚、戦神マルス】

【ヴァルハラ召喚、太陽神ヘリオス】



 ダメだ、召喚魔法が一切使えない。一体どうなってるんだ?



「くっ、森へ帰って! キャアア!」

「ガオオォォォッ!!」


 そんなとき、少し遠くから女の人の悲鳴と魔物の雄たけびが聞こえてくる。


 一瞬、躊躇する。だって今は召喚魔法が使えない。俺は非力なただの人間だ。

 こんな森の奥深くに人がいるのが不思議だったけど、助けに行ったところで役に立たない。


 ————でも、ここで逃げたら、俺は……アイツらと同じじゃないか? 本当にツラい時に見捨てたアイツらと。


 ギリッと歯を食いしばり、声の方に駆けだした。


 走りながら俺は考えた。


 魔物を倒さなくてもいい、隙をついて逃げられればいいんだ。いざという時のために片手剣はある。正面から挑んでも勝ち目はないから、不意打ち一択だ。


 視界に魔物に追い詰められている少女の姿が入ってくる。小型の武器で凌いでるようだ。少女を襲っているのは、ブラッドウルフだ。魔物は目の前の少女に夢中で、俺の方には見向きもしていない。



 ブラッドウルフの死角までこっそり近づいた。

 片手剣を構えて深呼吸する。

 大丈夫、ブラッドウルフならそんなに強い魔物じゃない。エレメント召喚でも倒せるくらいの敵なんだから、逃げるくらいは出来るはずだ。


 思い出せ、ゴッド召喚で太陽神ヘリオスを召喚した時を。あの時と武器は同じだ。神々の動きを思い出せ。力はなくても動きでカバーするんだ。この三ヶ月やってきたんだ、俺ならできる!!


 意を決して、魔物へ向かっていく。そして死角からブラッドウルフの背中を、渾身の力で切りつけた。


「ギャウゥゥッッ!!」


 そして、すぐさま座り込んでいる少女とブラッドウルフの間に入る。不意打ちが効いてるのか、うずくまったままで襲いかかってこない。視線はそのままで、後ろの少女に声をかける。


「立てるか? そして走れるか?」


「っ! 助けに……来てくれたの?」


「そうだ! 倒せなくても逃げられれば……」


 そのときブラッドウルフがふらつきながらも立ち上がる。怒りに染まった紅い眼は、真っ直ぐに俺を見つめていた。

 攻撃対象が、俺になった。ドクンと心臓がうねる。


 くそっ、今さら足が震えてきた! 明確な殺意を向けられて、腰が引けてしまう。

 それでも少女の手を引いて、何とか足を動かした。


「早く! 逃げるぞ!!」


「は、はい! あっ!」


 逃げようと立ち上がった少女は、足がもつれたのか倒れてしまった。その拍子に武器のレイピアも落としてしまう。そこへブラッドウルフが容赦なく襲いかかる。

 考える間もなく身体が動いていた。


「うああああ!!」


 気付けば少女とブラッドウルフの間に滑り込み、正面から受けた魔物の牙は俺の身体に深く食い込んでいる。

 流れ落ちる血は、名前も知らない草花を赤く染めていた。


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