間話 皇帝
ヴェルダン帝国……そこは異世界シャングラの北方に位置する世界最大の国。
その国土はソラリア王国のおよそ2倍。これはシャングラの約5分の1に相当する。
地球で言えばユーラシア大陸の殆どを支配していると思って貰って構わない広さだ。
しかし広大な広さを誇る帝国ではあるが、その反面、厳しい寒さによって食糧難に陥ったり、反乱や他国からの侵略により何度も滅亡の危機を迎えて来た。それでも現在、こうして栄華を極めていられるのは、代々皇族に長寿であり、精霊術や魔術の才能があるエルフ族……特にその中でも希少なハイエルフの種族の血が受け継がれているからである。
現に先代までの18人の皇帝は皆、エルフ又はハーフエルフであった上、妃達にもエルフやハーフエルフ、時にはハイエルフであったりする。こうして代々皇族は、エルフの血を絶やすことなく受け継いで行っているのだ。
ただ、現皇帝は人族であるが為、重鎮達からは
その所業から現皇帝は民や周辺諸国から別名『狂鬼帝』と呼ばれている。
そんな『狂鬼帝』が治めるヴェルダン帝国には唯一無二の掟が存在する。
それは……「弱人強食」そして「百戦百勝」
この国では強者こそが正義であり、強ければ平民が皇帝にすらなる事も出来る程の実力主義国家だ。ただし、例え強者だとしても闘いに敗れれば全てを失う。金も、地位も、名誉も、そして命でさえも……
現に帝国が誇る最強の6人……6騎将の内、4人は先代との決闘にて勝利した者であると同時に元平民であったり、他国の人間であったりするが、その事を気にする人間は今の帝国には存在しない。
この様に徹底した実力主義の国だからこそ、ヴェルダン帝国は長く繁栄する事ができたのだった。
*******
帝都ウルガ
ヴェルダン帝国帝都ウルガ、その中央に聳え立つ帝国が誇る城「天傾城」その謁見の間に置いて現在、皇帝を始めとした6騎将の面々、そして帝国が誇る将軍達が集まっていた。
城に住まう皇帝は兎も角、帝国各地に散らばっている6騎将がこうして揃っている事は珍しく、若い将軍達は冷や汗をかいている。
不気味な静寂が謁見の間を包む中、玉座に座る赤毛の男が喋りだす。
「さて宰相よ、朕にもう一度、王国から来た書状を読んでくれんか?」
皇帝がそう言うと、金髪に耳の長いエルフの青年が前に出て話し出す。
「かしこまりました皇帝陛下。それではお読みします。ゴホン!【この度、帝国第三皇子であるライナー・フォン・ヴェルダン、並びに『雷光』ムサシ・カゲミツとその部下数名がウステム蕃国王子バルバート・ファン・ウステムと共謀し、ソラリア王国王都に置いて特級呪具を用いて大量虐殺に及ぼうとした件について帝国より事実確認と謝罪を求める。ソラリア王国国王】との事です」
宰相が話し終わると、謁見の間が騒がしくなる。それもそうだ、なんせ今回の一件の事を知っていたのは皇帝を始め、ごく少数の者だけなので将軍達の中には計画自体知らない者もいる。
「皆のもの静まれ!!」
皇帝が声を張り上げる。すると、将軍達は勿論の事、謁見の間中が静まり返る。
「それで宰相よ。王国は他には何と言ってきたのだ?」
「は!どうやら王国はライナー殿下を捕虜にしたようで御座います。書状には帝国にて幽閉している第二王女と交換する準備が出来ていると書かれておりますね」
宰相が書状を読み終わると皇帝は肘掛けを叩きながら叫ぶ。
「ふん!あの役立たずの愚息めが!!生き恥を晒しおって、皇族としてなんとも情けない奴だ……」
皇帝はため息を吐きながら怒りを露わにする。自分の息子が捕虜になると言う恥を晒す事になったからだ。
ようやく皇帝が落ち着き、宰相が続きを話そうとすると、6騎将の1人であり近衛騎士団団長の「夢道」グライド・ベナパルトが声を上げる。
「失礼ながら皇帝陛下!ご質問が御座います!」
「良い発言を許そうベナパルト!」
「ありがとうございます。それでは、ライナー殿下に同行していた『雷光』ムサシ・カゲミツとその部下である雷衆の安否はどうなったのでしょうか?」
ベナパルトの質問に対して宰相は書状に書いてある通りに告げた。
「書状によりますと、『雷光』ムサシ・カゲミツ並びにその他の騎士達は一人残らず戦死したと書かれております。また、遺体に関してはソラリア王国で処理するとの事です」
帝国最強の6騎将の1人、『雷光』が死んだ事で動揺が走る。
「まさかあのムサシが死んだなんて……」
「嘘だろ?『雷光』が死んだってよ!」
「王国にはたしか『剣聖』がいたはずだ。多分その『剣聖』に負けたんだろう……」
周りが騒がしくなる中、ベナパルトは皇帝の正面へと進むと片膝をつきながら
「皇帝陛下!どうか私めにソラリア王国侵攻の許可をお与え下さいませ!!『夢道』の名にかけて必ずや国王の首を陛下の御前に持って参りましょう」
と言って、王国への出兵を進言する。
だが皇帝は一度深くため息をついた後
「ベナパルトよ、お主の息子がムサシの部下であった事は朕も知る所である。それ故、息子を失ったお主の気持ちもわからなくも無いが……」
「それでは私に……」
「だがダメだ!許さん!!」
皇帝はベナパルトの言葉を拒否した。
「何故ですか陛下?!」
食い下がるベナパルトに
「その理由に関してはこれから宰相が説明する!」
と言って皇帝は宰相へと目線を向ける。
すると宰相は一度頷いた後
「それでは私の方よりご説明させて頂きます。今回、我が帝国はウステム蕃国と協力し、王都にて国王を含む王国の重要人物達を殺害した後、その混乱に乗じて軍を送り侵略する予定でした。しかし我が帝国軍は国境付近にて正体不明のモンスターの群れによって多数の被害を受けた後、撤退する事になりました。その上、我が軍と同じくウステム蕃国の軍もモンスターの群れによって国境を越える事ができず、突如現れた人型のモンスターによって全滅させられたとの事です。この件に関しましてはすでに確認もとっておりますので間違いございません!!そして人型のモンスターは去り際にこう言い残しております。『今すぐ兵を引いて停戦せよ!!これは我らが至高の御方様から最後勧告である』と……」
「何と!?」
将軍の誰かが驚きの余り声を上げた。
するとそれはたちまち伝播していき、再び謁見の間が騒がしくなる。
ザワザワ……
謁見の間が騒がしい中、皇帝は立ち上がり声を張り上げて告げる。
「よって朕は、此度の王国よりの申し入れを受け入れる事にした!!そして朕は此度の責任を取り皇帝の座を退く事を決めた!!!」
皇帝はそう言って被っている王冠を取る。
先程から騒がしかった将軍達が更に騒がしくなる。
「陛下?!!」
「なんですとー!!!?」
「これは一大事だ!!」
だがそんな中、帝国最強の6騎将達は特に驚く様子も無く佇んでいた。6騎将の面々からしたら、皇帝が変わろうが変わらなかろうがぶっちゃけどうでも良いのだ。
そんな我関せずの6騎将の中で唯一、「紅姫」が一歩前に出ると皇帝に対して質問をする。
「陛下!!失礼ながらお聞きしますが、次代皇帝はお決まりになっておるのでしょうか?」
「紅姫」の質問に皇帝は頷きながら答える。
「うむ!!皇太子が決まって居ない以上、次の皇帝は帝国代々の慣例通り、帝位継承権を持つ朕の子供達による話し合いと言う事になる!!」
「それはつまり……」
皇帝の言う話し合いがどう言う事を意味するのか理解した「紅姫」は声を詰まらせた。
何故ならば、6騎将最古参である「紅姫」またの名を「
そして先程皇帝が言った話し合いとは、帝国では殺し合いと言う意味だ!!
自分の事を殺意のこもった目で睨むソフィアを見て皇帝は笑みを浮かべながら告げた。
「ここに、第19代ヴェルダン帝国皇帝グロリアス・フォン・ヴェルダンが、帝位争いの開始を宣言する!!」
皇帝の宣言の後、6騎将を始め文官や将軍達は片膝をつきながら
「「「「「「「全ては陛下の御心のままに!!」」」」」」」
と言って恭順した。
こうしてここに、帝国史上最も苛烈で最も熾烈な争いが開かれたのだった。
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