第86話 書状


王都での騒動がひと段落ついた頃、テッサリアの冒険者ギルドではギルドマスターであるマオ・カーマと受付嬢であるメリッサが送られてきた一枚の書状の前で頭を抱えていた。


その書状の送り主はヴェルダン帝国皇帝。

そして、書状に書かれている宛名はヴェルダン帝国第3皇女メリッサ・ファン・ヴェルダンとなっていた。


そしてその内容はたった一言だけ【帰って来い】と……



「困ったわねぇ〜……どうするのメリッサちゃん?」


ギルマス専用の椅子に座り、マオは両手を組みながらメリッサに聞く。


「そうですねぇ……本当ならこんなの無視したい所なんですけど、流石にこれは無理ですよねぇギルマス?」


半ば諦めムードのメリッサに対してマオは右手を頬に当てながらため息を吐く。


「はぁ……本当、あれだけワタシやグラスが目を光らせてたのにまんまとやられたわ」


「そうですね。ですが、こうしてわざわざ私に送って来たと言う事は……」


「ええそうね、これは間違い無く『断ればどうなるか分かっているだろうな』って言うメリッサちゃんに対しての脅迫よ!」


と言ってマオは書状を指で叩きながらメリッサに忠告する。それに対してメリッサは


「はい、私もそう思っています。だから私も今回に関しては向こうの言う通りにしようと……」


ドン!!


と、メリッサが言いかけた瞬間、マオがテーブルを叩き割りながら叫ぶ。


「ダメよメリッサ!!もし行けば間違い無く貴女は殺されるわよ!!」


「ですが!もし私が従わなければギルマスやグラスだけでは無く、テッサリアの街にまで危険が及ぶ可能性があります!それに、こうして書状が来たってことは皇帝にその気は無いと思いますし」


「それでもよ!!例え皇帝にその気が無かったとしても、貴女の命を狙う人間は必ず存在するわ!」


「だとしてもです!!」


互いに一歩も引かず睨み合う中、メリッサは一度深呼吸をした後ゆっくりと口を開く


「ギルマス……いえ、我が弟子マオ・カーマよ!そんなに私の事を信じられませんか?」


メリッサはそう言いながら再びマオを睨む。

するとマオはため息を吐き、両手を上げながら


「………はぁ、分かりました師匠。ワタシの負けです。どうぞ貴女の御心のままに……」


と言って頭を下げるマオにメリッサは笑みを浮かべ


「ありがとうマオ。それじゃあ私は準備があるから失礼するわね!」


と言って帰ろうとするメリッサにマオは


「ちょっと待って師匠!ワタシも師匠に同行するから、スケジュールの調整をさせて頂戴!」


「ダメよマオ!いくら貴方が私の弟子だとしても貴方はこの街のギルドマスターなのよ!」


と、断る。だがマオは


「それならせめてグラスだけでも連れて行って頂戴!」


「それもダメよマオ!私が居ない以上、この街に出入りする間者の処理はどうするつもりなの?」


メリッサはそう言ってマオの提案を拒否する。


ここテッサリアの街は、王都に近く他国の間者スパイが仲間同士の情報交換などによく利用する為、領主であるバスタード家とギルドが協力して内々で処理しているのだ。

その中でも、精霊使いであるメリッサと元暗殺者であるグラスは主戦力の為、最低でもどちらか一人は街にいる必要がある。


当然マオ・カーマもその事を理解してはいるのだが、それでもメリッサの安全の為にとグラスを同行させようとしたがメリッサはこれを拒否した。


「もういいですねマオ。それでは失礼します」


メリッサが部屋から出ていこうとした時、若いギルド職員がノックもせずにギルマス室へと勢いよく入ってくる。


「失礼します!大変ですギルマス!!」


「そんなに慌てて何が大変なの?」


「それが、たった今王都本部からの伝令で昨日、王都に置いて魔族が出現し、多数の被害が出てそうです!」


職員からの報告に驚くマオは


「何ですって!?それで魔族はどうなったの?」


と言う質問に対して職員は


「はい!魔族の方は『剣聖』を始めとした数人で討伐をしたそうなのですが……」


言い淀む職員に対してマオは


「??どうしたの、早く言いなさい」


と催促する。

職員はメリッサをチラ見した後


「実は先程、王都から使者がいらっしゃいまして、何故かメリッサさんに王都まで直ぐに来るようにと国王陛下直筆の書状を置いていかれました!」


「??!!」


驚くマオに対してメリッサは冷静に


「それはつまり、国王陛下から私への召喚命令って事かしら?」


「はい、その通りです!」


「……分かったわ、ありがとう。もう下がっていいわよ」


と、メリッサが言うと職員は


「あっ!それと、ギルマスとメリッサさん宛にエドワード様と言う方から手紙が届いております」


と言って職員は手紙を渡すと下がる。

するとマオは手紙を開けて内容を声に出して読んでいく。


「えーと、なになに……『拝啓 マオ・カーマ様、並びにメリッサ様。お元気でしょうか?お二人共お忙しいと思いますが、早急にお耳に入れて置きたい事がございますので手紙を書きました。もうご存知の事と思いますが昨日、王都に魔族が出現し、被害が出ました。魔族の方は僕を始め、サラディン様やギリアン殿が討伐したのですが、実はその裏でウステム蕃国とヴェルダン帝国が手を組み、王都にて大規模なテロ行為を行おうとした事が分かりました。幸いにも未然に防ぐ事ができ、帝国第3皇子のライナー・フォン・ヴェルダンを捕縛する事に成功致しました。詳しくはまた情報が集まり次第連絡させて頂きます。あっ!それと、マオ様の紹介で来たケイタとはとても仲良くされてもらっています。今では僕の大親友として屋敷に滞在していますのでご安心下さい。それでは失礼します』だって」


「そう……あの愚弟の事だから、どうせ何も知らずに片棒を担がされただけでしょうね。でもこれで、どうして私が呼ばれたのか謎は解けたわね!」


と、納得した表情を浮かべるメリッサに対してマオはとある提案をする。


「そうね……あっ!ねぇ師匠、あの子が王都にいるなら師匠の護衛をあの子に頼むのはどう?」


マオの提案にメリッサは顔を赤くしながら


「ええ?!あの子ってまさかケイタさんの事?」


「そうよ師匠!師匠に勝ったあの子なら実力も申し分ない訳だし、何より師匠の思い人な訳だし。いいじゃない!」


「うーん、そうねぇ〜……まぁ、本人に聞いてみて決めるわ。流石に嫌だと言われれば私も無理には連れて行けないしね」


「そうねぇ〜……多分大丈夫だと思うけど、気をつけてね師匠」


「ええ、心配しないでマオ。私は必ずここに戻ってくるから!」


「ご武運を……」


「それじゃあね!」


と言ってメリッサはギルドを後にすると、自分の家に行き、鼻歌を歌いながら旅支度を済ませる。そして準備が終わり、王都へと馬車に乗ると小声で


「ケイタさんに会えるの楽しみだなぁ〜」


と呟いた。

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