Chapter4:炎上

 ハイドは、ハイドラは、ハーキュリーズの行く手にある湖のほとりに、古城を利用したモントレー家の別邸があるのを見て、あらかじめ調べておいた座標が正しいことを知った。

 石造りの城に鉄骨とガラス張りの建物がまとわり付いているようなその姿は美しいが、若干住んでいる者の趣味を疑いたくなるものがある。

 その広大な四角い庭の四隅に1機ずつ、計4機の深緑色のウォーレッグが配備されているのを、ハーキュリーズのレーダーは見逃さなかった。

 レーダーに表示されている識別によれば、"L1ウォーカー"。箱状の胴体から、ヘの字型の太い四本の脚を生やした姿が特徴の、統合側では最も初期のウォーレッグで、一応戦車を上回る機動力・攻撃力はあるが、現行のL4タスクと比べれば前時代の遺物と言っても過言ではない。

 まずは奴らから取り掛かろう。

 タッチパネルに呼び出した兵装セレクタから、ブラスターライフルを選ぶ。

 ハーキュリーズが右腕を肩に伸ばし、ライフルのアンダーグリップを手に取る。

 ウェポンクリップの固定具が外れ、そのまま機構部、ロングバレル、と引き抜かれる。

 銃口が前方に向けられ、手首内側のコネクタからライフルにエネルギーが供給される。

 銃撃の準備は完了だ。

 ハイドラは高度を維持したままハーキュリーズに屋敷の周囲を旋回させ、地上に向けてブラスターライフルを構えた。

 右の操縦桿で、スクリーンモニターに表示されているロックオンカーソルを操作し、目標のウォーカーに合わせて親指のボタンを押す。

 カーソルの色が緑から赤に変わり、有効射程であることを示す。

 こちらに気づいたウォーカーがようやく足を地面に突っ張らせ、胴体を持ち上げ始めるが、もう遅い。

 操縦桿の人差し指部分にある、引き金のようなボタンを文字通り引く。

 銃口のビームランプから鮮やかな緑に発光する、荷電重金属粒子のビームがほとばしり、コンクリートの地面に焦げ跡を残しながら、その姿を跡形も無く消し去った。

 まず1機。

 運用主体を問わず、この時代の光学兵器に使われる重金属粒子は無色透明である。観測を容易にするため、添加剤で着色されて発射されるのだ。

 残りのウォーカーも動き出し、胴体上部の砲塔を回転させたり、足を必死に伸び縮みさせたりしながら、75ミリコイルガンをこちらに振り上げてくるが、その動きはハイドラから見ればあくびが出るほど遅い。

 ビームを撃つ。

 左半身にビームを浴びたウォーカーが、断面模型と化してその場に擱座する。

 2機。

 ビームを撃つ。

 砲塔に真上からビームの直撃を受けたウォーカーが、弾薬が暴発したのかそのまま爆発四散する。

 3機。

 ビームを撃つ。

 胴体前端のコックピットをビームに貫かれたウォーカーが、パイロットを失い力なく崩れ落ちる。

 これで4機。

 そこで敷地内に警報が鳴り響くのを外部集音マイクが拾った。

 旋回を続けながら、別邸に併設された縦長の格納庫から出てくるウォーレッグの陣容を、スクリーンモニターから確認する。

 出てきたウォーレッグはいずれも統合側で運用された3種類で合計12機。更に歩兵までアリのように湧き出してきた。モントレー家は軍とのコネクションがあるとはいえ、先ほど破壊したウォーカーも含めてこれは、民間人としては破格の武装だ。

 ウォーカーをスマートにして前方に腕を付けたような見た目のウォーレッグ"L2スパイサー"が1機。色はサンドイエロー。

 ウォーカーの後継機で、その名の通り蜘蛛スパイダーキャンサーを合わせたような見た目をしている。

 膝関節が人間とは逆になっている脚部と、長い腕部が特徴のウォーレッグ"L3ワーニマル"が7機。これは赤茶色。

 世界初の2足歩行型ウォーレッグで、一定の条件下ならタスクすら翻弄する高い運動性が特徴だ。

 残る4機はおなじみのL4タスク・通常型。

 いずれもカラーは地上用の基本となるチャコールグレー、フライトパックは装備されていない所謂いわゆるネイキッド仕様。屋敷を襲ったあの3機の姿はない。

 12機全機が上空で旋回を続けるハーキュリーズに射撃武器を向けてくる。

 コックピット内にロックオンの警告音が鳴り響く中、ハイドラはハーキュリーズをウォーレッグが集まる別邸の庭に急降下させた。

 途端にスクリーンモニターを無数の火箭が埋め尽くした。機銃攻撃が始まったのだ。

 だがそれらは直撃してもポリバケツを叩くような音と共にあらぬ方向へそれ飛んでいく。

 稼働状況を示しているコンソールモニターの三面図には、異常を知らせるメッセージは出ていない。

 装甲の運動遮断コーティングは正常に作用しているようだ。

 これはその名の通り、自身に向けられたあらゆる運動エネルギーを塗面から約5センチの空間で無効化してしまうコーティングで、おかげで生半可な攻撃ではハーキュリーズには文字通り傷一つ付けられない。

 だが効果を発揮させるためには莫大な量の電力が必要となるため、ウォーレッグへの使用例はない。少なくとも軍の公式記録では。

 弾幕を物ともせず、手にしたサブマシンガンを必死に撃つワーニマルの1機を、ドロップキックの要領で蹴倒しながら着地。足元のワーニマルのコックピットを、シールドの打突武器になる先端部で潰す。

 そこで射撃を止めたタスクの1機が、ハイバイブダガーを抜いて正面から突進してきた。

 ブラスターライフルをクリップに戻し、大腿部に内蔵されたプラズマバトンを抜刀する。

 すぐにエネルギー誘導管が伸ばされ、重金属粒子と共に注入された添加剤で、これも緑色に光り出す。

 瞬時に白熱化したバトンは、一振りでタスクの腕を切り落とし、次の一突きでそのコックピットを貫いた。

 背後からは大きく跳躍したワーニマルが、大きく腕を広げて飛び掛かってくる。

 タスクに刺さったプラズマバトンを引き抜き、右手だけを後方に向ける。

 空中での挙動を制御するまともな手段も無しに、後先考えず飛んだワーニマルは、そのままコックピットブロックから、プラズマバトンに飛び込んだきりになった。

 ハーキュリーズに担がれるような格好で機能停止したワーニマルを払い落すように、プラズマバトンを引き抜きながら、左から突進してきたワーニマルを左足裏で受け止める。

 ワーニマルが前腕部に装備したソニックネイルを展開し、突き立てるよりも早く、踵に仕込まれたリニアパイルが放たれ、その背中から血まみれになって飛び出す。

 パイルを引き戻しながら左脚を離し、右からやってくるタスクと向かい合う。

 その手には黄色く光るプラズマバトンが握られているが、ハーキュリーズのものと比べれば、その光は今にも消え入りそうなほど弱い。

 緑のプラズマバトンが振るわれると、鍔迫り合いにすらならないまま折れ、タスクは袈裟懸けに切り裂かれた。

 斜め切りになった機体の上側がずり落ち、その断面からコックピットが見える。

 次は距離を置いて9連ロケットランチャーで十字砲火を狙う2機のワーニマルに突進する。

 まずはこちらから見て右前方のワーニマル。

 まるで上半身と下半身が独立しているような人型ウォーレッグ特有の走り方は、ハーキュリーズも変わらない。

 だがその速度はタスクやワーニマルよりも遥かに速い。

 狙われたワーニマルは肩に担いだロケットランチャーを必死に撃つが、ハイドラの瞬間予知の域に達した反射神経とハーキュリーズの驚異的な操作レスポンスが、機体を左右に最小限の動きで回避させ、命中を許さない。

 相手は観念してソニックネイルを突き出してくるが、ハーキュリーズは身を翻して躱し、そのまま背後に回り込んで背中を蹴飛ばすように右足のリニアパイルをお見舞いする。

 当然のようにコックピットとパイロットを串刺しにし、胸に向かって突き抜ける。

 呆気に取られたように立ち尽くすもう1機にひと飛びで接近し、プラズマバトンで横一文字に切り裂く。

 機体の上下半身が文字通りの泣き別れになり、二つになったコックピットの中にはパイロットのそれぞれの半身が入っている。

 プラズマバトンを一旦戻し、その場に落ちたランチャーを拾い上げる。

 今まさに6連ガトリングガンでハーキュリーズに狙いを定めていたスパイサーに向けて構え、迷わず発射。

 スパイサーの機体が全身から火を噴くように爆裂し、胴体上部のハッチから火達磨になったパイロットが飛び出してきたと思うと、その場で力尽きた。

 まだ弾が残っているロケットランチャーをその場で投げ捨て、タワーシールドを構えながら迫るタスクにプラズマバトンを抜きながら向き直る。

 レーダーを見ると、タスクのすぐ後ろに2機のワーニマルが一列になって続いている。

 大方タスクに注意を向けさせた隙にワーニマルで挟撃するつもりなのだろうが、完全に手の内がバレている時点で失敗である。

 まずプラズマバトンでタスクのシールドとコックピットに田楽刺しを決める。

 そこでプラズマバトンを手放し、再びブラスターライフルのグリップを握る。

 ロングバレルをウェポンクリップに残しながら引き抜くと、ライフルは速射モードになる。

 空中に飛び上がったワーニマルに向けて2連射。

 コックピットを正確に撃ち抜かれた2機はそのまま無造作に左右に落ちる。

 まだロックオン警報は鳴り止まない。

 見れば歩兵達がこちらに対ウォーレッグ用レーザーランチャーを向けていた。

 シールドとブラスターライフルを両肩後部のウェポンクリップに懸吊し、迷わず腕部30ミリ電磁バルカン砲を選択する。

 両腕をゆっくりと歩兵達に向ける。

 両前腕部のカバーが開かれ、極短い2連装のバレルが飛び出す。

 ここからはちょっとした早撃ち対決だ。

 レーザーランチャーは照準レーザーを次々とハーキュリーズに延ばし、ハーキュリーズは数十人の歩兵達一人一人を頭部の射撃管制センサー類で捉え、共に射撃諸元の計算とエネルギーのチャージを行う。

 先に準備が完了したのはハーキュリーズだった。

 スクリーンモニターがマルチロックオンカーソルで埋め尽くされると同時に、ハイドラは何の躊躇いもなく操縦桿のトリガーを引いた。

 腕部に内蔵された圧縮弾倉から、レールガンの原理で加速され、毎秒500発の速度で連射される重レアメタル弾の嵐が、もたつく歩兵達に殺到した。

 その体を粉砕しながら貫通し、地面に着弾すると同時に砂埃が舞い上がる。

 射撃が完了した時、歩兵達は一人残らず血煙と化していた。

 残るは1機だけだ。

 先ほど破壊したタスクに、エネルギーが切れた状態で刺さっているプラズマバトンを引き抜く。

 粒子を充填し直すと、誘導管に緑の光が戻った。

 竦み上がったように動かない最後のタスクに悠然と歩み寄り、その目の前で立ち止まる。

 タスクはどうにか手にしているサブマシンガンをハーキュリーズに突き付けるが、その直後プラズマバトンが振るわれた。

 まずサブマシンガンを構えた格好のまま両腕が落ち、続いて2本の脚だけが前のめりに倒れる。

 最後に達磨のような姿になったタスクの胴体が、コンクリートを砕きながら仰向けに叩きつけられる。

 胸部ハッチが開き、コックピットからパイロットが這い出してくる。

 一目散に逃げ出そうとするを、ハイドラは逃がさずにハーキュリーズの右手で掴み上げた。

「こ、殺さないでくれ!」

 握り拳の中から首だけが出ているパイロットの声は、恐怖で上擦っていた。

『ジョナサン・モントレーが連れてきた女は、今どこにいる?』

 ハイドラは外部スピーカーでパイロットに尋ねた。

「知らながががががはっ」

 ヘルメットのバイザーに、鮮血が飛んだ。今ので間違いなく内臓が一つ二つやられただろう。

 どの道も殺すつもりだが、こちらが聞きたいことを吐き出す前に死なれてはたまらない。

 だがこの一撃がかなり効いたようだった。

「本邸だ! 本邸に居る。だからいの」

 次の瞬間、パイロットの身体はハーキュリーズの足元に血の雨になって降り注いだ。

 少し遅れて生首入りのヘルメットもその場に転がった。

 これで次に行くべき場所は決まった。駄目だったらまたその場で聞くまでだ。

 スラスターを吹かし、ハーキュリーズをゆっくりと浮かび上がらせる。

 ハイドラはそこでふと、何かが足りないように感じた。スクリーンモニターに映る別邸の姿を一瞥する。

 1秒たりとも視界に収めていたくない建物だ。モントレー家にこんな家を注文された設計士が気の毒になる。

 どうせ家主はもうすぐ居なくなる。こんなものはさっさと焼き払ってしまおう。

 別れの挨拶代わりだ。

 湖面をさざ波立てながら悪趣味な別邸と距離を取る。

 振り向きながらウェポンクリップからブラスターライフルを再び引き抜く。

 右手でアンダーグリップを、左手でサイドグリップを握り、静かに構える。

 カーソルを別邸の中央辺りに合わせ、ターゲットロックオン。

 右タッチパネルの兵装セレクタからライフルのエネルギーレベルを最大まで上げる。

 銃口のビームランプが一際明るく輝きだす。

 そのまま、ハイドラは無造作に引き金を引いた。

 1発――2発――3発――

 緑色に輝くビームが銃口から放たれ、足元から前方に向かって水面を割りながら目標目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。

 4発――5発――6発――

 建造物に直撃するとそこでビームは一際強い光を放ち、一呼吸置いて爆発で抉り取っていく。

 7発――8発――9発

 別邸を飲み込んだ超高熱のプラズマの嵐は、破壊した物の残骸を巻き込みながら庭へと移っていく。

 やがて攻撃が終了した時、モントレー家の別邸は一面焼け野原と化していた。

 これでよし。今度こそ飛び立つ時は来た。

 ハーキュリーズを東に向け、ワイズマン・リアクターの出力を徐々に高めていく。

 速度が付いていくにつれて高まっていく加速度Gを感じながら、ハイドラは一つのファンクションを呼び出した。

 ハーキュリーズの姿勢が前屈みになっていき、遂には地面に平行な状態になった。

 まずバックパックの上部にフードのように折り畳まれているパーツが伸長し、後頭部から頭頂部を覆うようにして機首の形を取る。

 続いて左腕のシールドを顔面を覆うように機首ユニットに接続。右手のブラスターライフルは右側のウィングにマウントする。

 素手になった両腕は脇下へ畳み込まれ、それを覆うように肩アーマーが下がる。

 最後に膝関節の駆動部が脛に引き込まれる形で縮んだ時、ハーキュリーズはステルス戦闘機を彷彿とさせる高速巡航形態へと姿を変えていた。

 そこでハイドラは、両方のペダルを限界まで踏み込んだ。

 一際強いGが掛かり、身体が背もたれに押し付けられる。

 その時、空を見ていた者がいれば、明け方の空へ向かって轟音と共に一つの光が飛び去っていくのが見えただろう。

 ハーキュリーズは空に雲で軌跡を残しながら、宇宙へと一直線に飛び立って行った。


「ジョン、女は解放しろと言ったはずだぞ?」

 ドレイク・モントレーは、本邸に帰ってきた息子に溜息を吐きながら言った。

 今、木製のプレジデントデスクに座る彼の目の前には、4人の男女がいる。

 息子ジョナサン・モントレーとその腹心モハメド、彼らが攫ってきた女、そして彼らの足元に転がる、粘着テープで口を塞がれ、ロープできつく縛り上げられたサイモンである。

 ここは月の裏側にあるモントレー家が所有するとあるバナール球型コロニー。

 その居住モジュール内部が丸ごと本邸の敷地となっている。

 現在彼らが居るのは、人工湖の畔に建つ、モントレー家の住まいとなっている豪奢な屋敷だ。書斎は、別邸とは対照的にレトロな調度品で揃えられている。

 ワイズマン・リアクターの登場は、人類の宇宙航行を飛躍的に高速化させた。

 事実、自家用スペースプレーンを利用したとはいえ、ジョナサンがドレイクから指示を受けてからこの状況になるまで、8時間と経過していない。

「だって、だってぇ……」

 ジョナサンが駄々を捏ねる。さしずめ、この女を金にするのを諦めきれなかったというところだろう。

「……! ……!」

 サイモンが口の中で何かを喚く。目つきからして抗議のようだった。

 そこでデスクに置かれたアンティーク物のダイヤル式電話機が鳴った。

 ドレイクが受話器のスピーカー側にあしらわれた飾りのようなボタンを押すと、電話機の裏側に仕込まれたホロプロジェクタが、"映像エラー"のメッセージを映し出した。

「今は取り込み中だ」

『別邸がウォーレッグの襲撃を受けています! たすけ』

 そこで声は唐突にホワイトノイズ音に変わり、そのまま電話通信は切れた。

 男の取り乱した声を聞いた女が、表情一つ変えずに頷いた。

 ジョナサンに女の姿を見せられた時点で分かっていたことだが、ドレイクは女の鋭く射るような眼つきには確かに見覚えがあった。

 その姿を見たのはたった一度きりだが、忘れるはずがない。

 遡ること15年前。ドレイクが、どんな絶望的な戦場からも生還する統合派のエースパイロット"不死身のドレイク"と持て囃されていた頃のことだ。

 時は統合大戦の最末期。ドレイクが母艦としていた航宙艦に突如、一般兵を立ち入り禁止とする区画が設けられた。

 エースとはいえ、ドレイクも一兵卒に過ぎない以上、特別扱いはされない。

 彼の方でも律儀にルールは守っていたのだが、ある日偶然区画の出入り口を通りかかった時、そこから出てくる女と目が合った。間違いなく今目の前にいる女だった。

 その眼つきは幾つもの戦場を潜り抜けてきたドレイクでさえも、一瞬たじろがせるものがあった。

 それから数日後、統合大戦の趨勢を決すこととなった戦いで、ドレイクは立ち入り禁止の区画になっているカタパルトから、見慣れないウォーレッグが発艦するのを目にした。

 そのウォーレッグは、彼が駆る当時最新型のタスクを目にも止まらぬ速さで抜き去ったかと思うと、瞬く間に5機の敵機を撃墜し、視界から一瞬で消えていった。

 その時ドレイクの頭の中を、前線で戦う者達の間で囁かれる"エキドナの子"、あるいは"エキドナの子供達"と呼ばれる兵士達の噂話がよぎっていた。そして確信したのだった。"エキドナの子供達"は実在するのだということを。

 この女とあのウォーレッグは、"エキドナの子"は、間違いなく関係がある。

 そして今、息子がそうとは知らずにその怒りを買う真似をしてしまった。

 もっと強く言っておくべきだった、などと後悔する感情はあるが、したところで時が戻るわけでもない。己の地位と未来を守るために、できることをするまでだ。

 ドレイクはジョナサン達に退室を促すと――特にジョナサンには女にもう指一本触れないようきつく言いつけると――電話機のダイヤルを回し、ある番号に繋いだ。

 すぐに黒いビジネススーツ姿の、痩せた中年の男が応対する。

 ドレイクが贔屓にする、とあるバーを隠れ蓑とする非合法組織のマスターである。

『Bar・アプリルです』

「歯磨き粉から塩の味がした。大至急対応してくれ」

 合言葉を言うと、途端にマスターの表情が引き攣った。

『……用件を聞きましょう』

「息子が"エキドナの子供達"の一人を……"エキドナの子"を怒らせた。すぐにウォーレッグに乗れる殺し屋を手配してほしい」

 その一瞬、マスターの片眉が吊り上がった。

『ドレイク様、貴方は自分が言っていることの重大さが分かっていないと見えます』

「どういうことだ?」

 いぶかしげに尋ねるドレイクに、マスターは続ける。

『統合大戦を前線で戦い、この世界の裏にも通じる貴方ならご存じでしょう。彼らに関する逸話は。たった一人で一個師団を消滅させた。無人兵器のAIでさえ恐怖を理解した。その殲滅のためにエースパイロットを犠牲にする作戦が展開された。そんな相手の抹殺を引き受けるような命知らず、居るはずがありません』

「そんははずはない!」

 ドレイクは粘った。

「君のギルドには7000人以上の殺し屋が登録されているはずだ。一人くらいは居てもおかしくないだろう」

『確かに私が斡旋するのは殺し屋。命のやり取りを生業とする以上、殺されるリスクは皆承知の上です。しかし、挑めば100パーセント死が確定している相手に彼らが自ら命を散らしに行くようなことなど、ありえないと言っているのです』

 しかし、ここで引き下がることは己の破滅を意味する。もはや金に訴えるしかない。

「報酬は3億テール。全額前払い。君にも同額の紹介料を払う。頼む」

『……分かりました。善処しましょう』

 マスターは半ば呆れたように応え、電話を切った。


(つづく)

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