Chapter2:襲撃

 手と額の切り傷はほとんど塞がっていた。

 丘の上の屋敷に帰ってくると、玄関には心配顔のディシェナが待っていた。

 足元に不安げなリコもいる。

「母さん……」

「ハイド、話は聞いたわ。相当無茶をしたそうね。怪我はしていないの!?」

 彼女の言葉にはハイドへの気遣いが聴いて取れた。

「見ての通りさ。僕の体をこういう風にしてくれたのは、母さんだろう」

「いつもうるさく言っているでしょう。無闇矢鱈に目立つようなことをしてはダメって」

「それは悪いと思ってるよ。でも、どうしてもヨハンソンを助けたかったんだ」

 そこでディシェナはため息を一つ吐いた。

「あなたの悪いところよ。一度やると決めた事はどんな手を使ってもやり遂げようとするのは。それも"最善"ではなく"最短"でやろうとするのは」

「……」

 ハイドはただ、ディシェナの目をまっすぐ見つめ返すことしかできなかった。

「晩ご飯はできているわ。とにかく、食べましょ」

 促されるまま、一先ず荷物を玄関の隅に置き、共に食堂へ向かう。

 白いテーブルクロスが引かれたロングテーブルには、ミートボール入りのトマトクリームスープを中心とする夕食が用意されていた。

 席に着き、無言で食べ始める。

 ハイドは向かいに座っているディシェナから、自分への恐れのようなものを感じていた。

 母さんが僕にくれた"力"を使ってしまった日は、いつもこうだ。

 おそらくは、きっかけさえあれば取り返しのつかないことをしかねないということへの恐れなのだろう。

 だが同時に、自分も、ディシェナも、お互いの側にしか居場所がないということも、十分すぎるほどよく分かっていた。

 母さんのためなら、"あれ"を使うことだって厭わない。そう思いなおしながら、バターロールを口に運ぶ。

 続いてスープのミートボールをスプーンで掬ったその時、ハイドの聴覚は何かが屋敷に近づいてくるのを聴き取った。

 ディシェナも、急に表情を強張らせた彼から何かを察したようだった。

 門の前の未舗装道路を野太い駆動音が1つ。屋敷裏手の空中を甲高い推進音が3つ。来客にしては不自然だ。

 ハイドはそれらをこの屋敷及び自分達に対し、危害を加える目的で近づいている存在と断定した。

「母さん、隠れて!」

 ディシェナは何も聞かず、食堂を飛び出した。それに続いてハイドも食堂を出る。リコの姿はいつの間にか消えていた。

 あの時だって母さんのために戦った。今度もそうするだけだ

 彼女が1階の部屋の一つに身を隠すのを見届けながら、彼は廊下の壁に掛けられていた、花瓶に活けられたヒマワリの油絵をめくり、壁のくぼみに隠されていたハンド・ブラスターを取り出した。

 安全装置を解除しながら、ほんの一瞬、考える。

 屋敷の正面から向かってくるのは大型の自動車、裏手から向かってくるのはウォーレッグだろう。どちらから対処すべきか。

 脅威度で見ればウォーレッグからだろうが、専用の装備を取りに行ける時間がない以上、生身で戦いを挑むのは自殺行為だ。

 隙を見て手に入れられたとしても、1機落とすにも多大な集中力が必要になる。夢中になっている間に自動車に乗っている者達に好き勝手されては目も当てられない。

 方針はすぐに決まった。

 玄関から死角になる角に身を隠し、外に耳を澄ます。

 すぐに車らしき何かが門を突き破って屋敷の前で急停止し、降りてきた数人の足音が屋敷に近づいてきた。

 オートロックのドアノブが硬い物で叩き壊され、乱暴に蹴破られると同時に、ハイドは角から飛び出した。

 ドアに立つ5人の男達に向かって一気に突進しながら、電荷を与えられた重金属粒子のビームを5連射する。

 4発は黒い目出し帽を被った4人の男の額を撃ち抜き、1発は1人の太腿を引き裂く。

 生き残りの男の懐に飛び込み、右手のアサルトライフルを叩き落とす。

 勢いのままに殴り倒し、馬乗りになって目出し帽を剥ぎ取る。

 その下から出てきたのは、当惑の表情を浮かべた男の顔だった。

「なな……なんだお前は!?」

 ハイドは答えず男の鼻面に拳をめり込ませた。

「余計な口を利くな。おれが知りたいことだけを答えろ。最近、この辺りで強盗をやっているのはお前達か?」

「し、知らない!」

 男の顔に拳が3発飛ぶ。

「そ、そうだよ! 俺達だよ!」

「次の質問だ。そこで死んでる奴らのなかにお前達のリーダーは居るのか? 居ないならどのウォーレッグに乗っている奴がリーダーだ?」

「い、言えるか!」

「だったらこっちに聞いてやるよ」

 ハイドは男の抵抗で震える右手首を掴むと、いとも簡単にお互いの目の前に持ってきた。

 右手で男の親指を包むように握りしめ、小気味の良い音と共にへし折った。

「ぎゃっ!?」

「人間には20本も指があるんだ。1本折れた位で音を上げないでくれよ?」

 そのまままた一本、また一本と手を掛けては折っていく。

「次」

「がっ!?」

「ほら、3本目」

「ぐぇっ!?」

「薬指だよ」

「ぶっ!?」

「小指」

「ごっ!?」

「左、行っちゃおうか」

「あぎっ!? お前、楽しんでるのか!?」

「怖いでしょ?」

「ごあっ!?」

「だから拷問になるんじゃないか」

「おげっ!?」

「早くしないと……」

「ごばっ!?」

「……足の指も折っちゃうよ?」

「ぐぉっ!? ……緑のタスクに乗ってる奴だ! こんなことをやって、タダで済むと思ってるのか!? 俺達のボスが黙っちゃいな」

 眉間に押し当てられたハイドのブラスターが火を噴き、男の言葉は途中で途切れた。

 会話を打ち切ったのは、拷問の最中に屋敷の裏手で壁が破られるけたたましい音が聞こえたからだ。

 情報収集のために残した奴が思いのほか強情で、余計な時間を使ってしまったが、すぐに知りたいことはとりあえず聞けた。

 だが相手が何者だろうと、戦うだけだ。

 立ち上がると屋根の向こう側から、緑・赤・青の3つの巨大な頭部がはみ出ているのが見えた。

 正面から押し潰されたような形状の顔面に、4マスの格子状に仕切られた正方形のランプセンサーは、現在軍で最も多く使われ、民間用にデチューンされたモデルも存在する人型ウォーレッグ"L4タスク"の特徴だ。

 隠れているディシェナに危険が及ぶのは時間の問題だろう。すでに何らかの危害を加えられている可能性もある。

 すぐにハイドは屋敷に駆け戻った。


『兄貴、さっきから自動車組の応答が全然ありません』 

「どうせ連れションでもしてんだろ」

 直属の手下サイモンの情けない声にも、ジョナサン・モントレーは全く動じなかった。

 ジョナサン・モントレーは、地球統合評議会の重鎮ドレイク・モントレー上院議員の一人息子。

 主に軍・警察関係者に顔の利く父親の庇護の下、様々な犯罪に手を染める彼の最近の趣味は、強盗だった。

 今日もラフな服装で、軍からの放出品のタスクを改造した、緑の"ジョナサン・モントレースペシャル"を駆り、目を付けた街外れの屋敷を襲撃していた。

 今は青いノーマルタスクに乗るサイモンに周囲を監視させ、赤いノーマルタスクから降りている同じく手下のモハメドと、ジョナサン・モントレースペシャルを含む3機のタスクに同乗してきた下っ端共に、金目の物を回収させている。

 屋敷中に展示品のように置かれている花瓶や壺、油絵の類を片っ端から集めては、タスクの脛側面に装着された、輸送用コンテナに速やかに積み込んでいく。

 この輸送用コンテナも、デリケートな品を傷付けないよう、超弾性ジェルを使った緩衝材を内側に張り付けた特注品だ。

 今日は実に運が良い。

 壁を剥がしたら一階のすぐそこが骨董品置き場になっており、しかも置かれている品を全く傷つけず、壁だけを剥がすことに成功した。

 おまけに屋敷には警備ドローンはおろか、自動通報装置の一つも配備されておらず、今までまともな戦闘も起きていない。

 それはそれで刺激がなくてつまらないが、愛機に傷を付けられずに済むと考えれば多少は気が楽になる。例え何かの手違いで戦闘になったとしても、"切り札"がこちらにはある。

 口笛でも吹きながら積み込み作業が終わるまで待とうかと思った矢先、タスクのモーショントラッカーがこちらへ猛スピードで近づいてくる反応を拾った。

 コックピットの前面に貼られた9枚一組のカメラモニターに視線を移すと、ドアが開けられ、少年が壁が剥がされた部屋に勢いよく飛び込んでくるのが映った。

 歳は見た目十代半ば、若干幼さの残る顔を縁取るくせ毛気味の茶髪に、アイスブルーの瞳。体躯は全体的にひょろっとしている。だが見た目に不相応な、ただならぬ雰囲気を纏っているのは、手に握られたブラスターの所為せいだろうとジョナサンは結論付けた。

 左手でアームレストにあるコックピットハッチの開閉ボタンを押し、メインシートから立ち上がる。

 カメラモニターが上に退しりぞき、続いて前に倒れるように二重構造のハッチが開く。乗降する際の足場にもなるそこにジョナサンは姿を晒して見せた。

「よぉ坊や、ブラスターなんか持って、戦争ごっこかい?」

 傍らで喉元にナイフを突き付けられているジョナサンの"切り札"を見た少年の顔が、みるみる険しくなっていく。

「母さん!」

「ママを助けに来るなんて、偉いなぁ」

 どうやら物色中に見つけた女は、少年の母親で間違いないようだ。

 その手に握られたブラスターが、ゆっくりとジョナサンに向けられる。

「おいおい良いのかい? 妙な真似をしたら、お前のママの喉を掻っ切っちまうぜぇ?」

 ジョナサンはナイフを握る手に少しだけ力を入れた。

 そんなことはありえないだろうが、万が一ブラスターが本物で、放たれたビームが自分に致命傷を負わせたとしても、この女の頸動脈を切り裂くくらいはできる。

 ブラスターの銃口を正確にジョナサンの額に合わせる少年と、ナイフを女の喉元に押し当てるジョナサン。

 二人の睨み合いは唐突に現れた一人の下っ端の、間の抜けた声によって終わった。

「坊ちゃま、一階の分の積み込みは粗方終わりました……ここに落ちてるのはいったい何すか?」

 彼は足元に落ちていた何かを、右手でぶら下げるように拾いながら聞いた。

「ああ、よくやった……そいつのことは気にするな。この部屋のモンを持ち出してたら、急に飛び掛かって来やがったから、ちょいと焼きを入れてやっただけさ」

 ジョナサンは目と口だけで返事をする。その左頬には大きな引っかき傷ができている。

「へ、へえ……随分と生意気な奴だったようで……」

 そう言いながら下っ端は、血を拭き取った後のぼろ雑巾のような赤い物体を、重さを確かめるように上下に振って見せる。

「!」

 それを見た少年が息を呑むのが分かった。頃合いだな。

 首元のインカムで下っ端達への命令を吹き込む。

「お前ら、そのガキの相手は頼んだ。バラせ。帰りは自動車組と合流しな」

 銃撃が始まる中、ジョナサンは女と共に悠々とタスクのコックピットへ消える。

 カメラモニターを呼び出すと、赤いタスクにモハメドが乗り込むのが見えた。

 機外スピーカーで少年に向かって嘲るように呼び掛ける。

「ママを返してほしけりゃ、1億テール用意しな!」

 無論、あの少年が本当にそんな額の金を用意できるとは思っていない。

 完全にジョナサンの悪ふざけだった。

 最も、小遣い稼ぎをする良いチャンスだと心の片隅で思っていたのも事実だが。

 この分なら残った下っ端共の仕事もすぐに終わるだろう。

 今日は実に運が良い。


 動揺したときには既に、ハイドの頭脳は戦闘に必要な命令を出し、体は目の前の人間を殺害するための動きを出力していた。

 左手の甲で相手の銃口を反らし、顎にブラスターを突き付けて引き金を引く。

 男が仰向けに倒れ、無惨なリコの死骸を手放すが、それに向ける感情を今のハイドは持ち合わせていなかった。

 その間にタスクのハッチは閉じてしまった。

 今手にしているハンド・ブラスターは飽くまでも対人用だ。ウォーレッグには効かない。

 それに相手は人質を取っている。直接乗り込んで取り返すしかない。

 足音だけで次の敵の接近を察知し、左脇下からブラスターだけを後方に向けて撃つ。

 振り向いて階段の方へ走り出し、ヘッドショットでとどめを刺しながら通り過ぎる。

 屋敷の裏手からウォーレッグ用フライトパックの、金属的な駆動音が聞こえてくる。

 タスクはパイロットシートの他に、2つのサブシートが備え付けられている。窮屈になるが最大3人まで搭乗できる訳だ。

 3機のタスクにそれにまつわる改造がされていない限り、今屋敷には最大であと4人の目出し帽がいる計算になる。

 奴らを追う前に、全員倒しておかなければ、どんな妨害を受けるか分からない。

 2階への階段を上る途中で、案の定一人階段を下りてきた。

 踊り場から一段抜かしで一気に駆け上り、すれ違いざまに足を払う。

 振り向いて転げ落ちた相手の後頭部にビームを撃ち込む。

 廊下からやってきた二人目は、出合頭に側頭部をブラスターの台尻で殴り付け、怯んだ所をそのまま撃ち抜く。

 3階からは少なくとも物音は聞こえないが、下から軽く様子を窺うと、階段終点のすぐ前の廊下で二人、待ち伏せしているのが見えた。

 階段から見て左側の一人は素手、右側の一人はナイフだ。

 ハイドは右側にブラスターを向けながら飛び出し、同時に飛び掛かってきた左側を勢いを利用し、片手で軽々と反対方向へ投げつける。

 そのまま二人同時にビームで片付ける。

 やっていることは強盗でも、戦闘の方は完全に素人だ。

 部屋の一つからバルコニーに出て、そこから更に屋根によじ登る。

 屋敷の裏手では、スラスターを青く光らせながら青と緑のタスクが飛び去り、遅れて赤いタスクが夜の闇が迫る紫色の空に飛び立とうとしている所だった。

 もう一度になるが、人質がいる以上、対ウォーレッグ用の携行火器を使う訳にはいかない。直接乗り込んで奪い返すしかない。

 ハイドは一旦屋根の端まで後退すると、ブラスターをベルトに挟んでそこから一気に助走を付け、最後尾の赤いタスクに向かって跳躍した。


 青いノーマルタスクで左横に就いたサイモンからの呼び出しに、ジョナサンは渋々回線を開いた。

『兄貴、自動車組が全員、殺されてます!』

 途端に入ってきたのは、サイモンの恐怖に震える声だった。

「仲間割れだろ。前も似たようなこたぁあったろうが」

 ちょっと予定外の事態が起こると、いつもこれだ。彼の報告は楽観する位が丁度いい。

『絶対にあの少年の仕業です! 一目見ただけで分かります。彼が纏っていた雰囲気は、絶対に普通ではありません!』

「雰囲気!? んなフワッとした理由でガキ一人にビクついてんじゃねえ!」

 ジョナサンが乱暴に通信を切ったその直後、後方を映している中段左のモニターで、遅れて付いてきている、モハメドの赤いノーマルタスクが急に高度を下げ、すぐに持ち直した。


 ハイドは赤いタスクの脚部に掴まりながら、前方を飛ぶ緑のタスクを見据えた。

 タスクは生産コスト削減のため、飛行用の固定装備は持っておらず、飛行する際は背中にフライトパックを装着する必要がある。それでも、同じ性能の航空機1機の生産コストで、タスクとフライトパックは12セット生産できる。

 戦闘用だったとは思えない過剰な装飾が施されたそれは、赤いタスクよりやや上の場所を飛んでいる。危険は確実だが、やるしかない。

 足元では屋敷の裏手に広がっている森の木々が、猛スピードで通り過ぎていく、

 ハイドは凹凸に手を掛けながら機体をよじ登り始めた。

 太いが決して頼もしいとは言い難い脚部から、四角形の箱を組み合わせたような面白みのない胴体へ。

 胸部にしがみ付いた所で、払い落そうと赤いタスクが人間の腕の数倍の太さはある右腕を向けてくる。

 ハンマーのように振り下ろされるその手を首を竦めてかわし、戻ってきた手の甲に掴まる。

 そのまま大きく振られる勢いを利用し、悪趣味な造形の緑のタスクへ飛び移った。


「!?」

 モハメドのタスクが突然へばり付いてきた人影と数秒揉み合った直後、ジョナサンはコックピットの中で強烈な縦揺れに襲われた。

 左右アームレスト先端の小型コンソールモニターのうち、右側のモニターに表示されている稼働状況が、左脚部に異常な重量を計測したことを告げている。

 異常な重量の反応がそこから徐々に上がっていき、たちまちコックピットのある胸部に辿り着いた。

 ジョナサンが顔を上げると、前方を映しているカメラモニターに大写しになった少年の、カメラ越しに睨み付ける据わった目と、状況を何とか理解しようとしている自分の見開かれた目が合った。

 人型ウォーレッグは、カメラの視界とコックピットからの実際の視界とのギャップを最小限にするため、カメラモニターには基本的に胸部に設置されたカメラからの視界が表示される。頭部カメラは頭部にあるその他の精密センサー類と共に主に射撃管制に使われる。

「ふざけるな!」

 ジョナサンはアームレストのボタンを操作し、ハッチにアウターロックを掛けた。


 人間でいう左鎖骨の辺りにあるカバーを開け、中の開閉ハンドルを回すが開かない。

 内側からロックされているようだが、ハイドには想定内だった。

 自分の腕力なら、この程度のコックピットハッチは十分にこじ開けられる。

 タスクの胸部と左肩で足を踏ん張り、ハッチと機体の隙間に両手を滑り込ませた。

 腕にあらん限りの力を込めて、左右に引っ張る。

 重い音と共に超合金製の装甲板が飴のように曲がり始める。

 だが、相手もコックピットにハイドが侵入するのを、指を咥えて待ってはいない。

 緑のタスクが右腕を持ち上げ、開かれた手が大蛇の口のように迫る。

 すんでの所で身を屈めて躱したその一瞬、重心がずれたのがまずかった。

 不意に左肩が揺さぶられ、それに合わせてよろめいた。

 そのままハイドの身体は滑り落ち、タスクの胸部に宙吊りになる。

 早く体勢を立て直さなければ。

 なんとか登ろうとするハイドの背後に、「それを待っていた」と言わんばかりに巨大な手が迫っていた。


 ウォーレッグのマニピュレータは、細かい物を摘めるような設計にはなっていない。

 だがこの時だけは、ジョナサンのタスクは、彼の想定通りのことをやってのけた。

 タスクのマニピュレータはしがみ付く少年のシャツの襟首を正確に摘むと、そのままいとも容易く機体から引き剥がした。

 今、カメラモニターには、手からどうにか逃れようとしている少年の姿が映し出されている。

 必死に足をばたつかせるが、足掛かりになる物は何もなく、襟に手を掛けて首が締まらないようにするのが精一杯のようだった。

 この状況に及んで尚、少年はカメラセンサーの向こうのジョナサンに、殺意に満ちた眼差しを向けている。

「は……はは……ははは……」

 自分が少年の生き死にを左右できるのだと思うと、ジョナサンの口角は自然と吊り上がってきた。

 右の操縦桿を右に向かって倒しながら、人差し指のボタンを離す。

 それにあわせてタスクも、まるでゴミでも投げ捨てるように、少年を下に広がる森に向かって手放した。

「はははははは!!!」

 ジョナサンは少年が落ちていくのを見届けながら笑った。

 それが自分が異常な状況に置かれているということをようやく理解したからなのか、それとも自分の命を狙った相手を死に追いやれたからなのか、そのどちらでもないのか、ジョナサンには分からなかった。


 手放されてもハイドは、もう一度タスクに掴まることを諦めなかった。

 必死に空を掻き、なんとか緑のタスクの過剰な装飾の一つを掴もうと手を伸ばす。

 あとほんの数センチ。

 足首に向かって一際強く手を伸ばすが――その手をタスクの足首はすり抜け、ハイドの身体は木々の中へ真っ逆さまに落ちていった。

「がああああああああああっ!!!」

 ハイドは視界から遠ざかっていく3機のタスクに向かって、絶叫しながら落ちていった。

 死への恐怖からの叫びではない。

 それは自分の平和な暮らしを奪った者達への、怒りの叫びだった。


(つづく)

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