出会い07

 初夏の夕風が先輩の髪をすり抜け、私の体を包み込む。

 爽やかな香りがした。青春という抽象的なものを表現したかのような香りだった。


 舗装されていない農道を行く自転車の荷台は少しお尻が痛かったけれど、それを感じさせないほどに先輩との会話は楽しかった。


 誰でもよかったのだろう。

 たまたま今日出会ったのが小竹朔太郎という三年の先輩だっただけで、歳の近い人と久しぶりに会話ができたことが嬉しかっただけなのかもしれない。


 初めての二人乗りが怖かったからなのか、自然な流れで先輩の学ランをしっかり掴んでいた。


「怖かったら腰に抱きついてくれてもいいのに」


「うわ最悪。セクハラ反対」


「冗談だって……。マジなトーンで言うなよ」


「おたけ先輩。そうやっていつも女子を弄んでるんですか?」


「偏見だ! 言っておくけど僕は普通の優等生だからな!? 困っているお前をスルーしたことのお詫びがしたくて必死なだけだ!」


「はぁ。そういう割には結構手馴れた感じで今この状態にあるんですけどね。普通の優等生が出会って間もない後輩の女子を自転車の後ろに乗せます?」


「そういう月夜見こそ、出会って間もない先輩の男子にホイホイ着いていくのはどうなんだ? もし僕が普通の優等生じゃなくて、悪いやつだったらどうするんだ」


「……先輩、私に変なことしないですよね?」


「しないって! ほんとにお詫びがしたいだけだから!」


 先輩の言うことも一理ある。

 どうして私は素性の知れない男子生徒と二人乗りなんかしているのだろう。

 心のどこかで、この人は大丈夫、安全だと思い込んでいたのかもしれない。


 まあ、見るからに悪そうな感じの人ではないし、いざとなれば家に連絡すればいいのだし、どこか楽観視していたことは間違いない。


 自転車で数分走ったところにコンビニがあった。

 先輩は持ち合わせが少ないとか言い訳をして、菓子パンとジュースを買ってきてくれた。

 私がコンビニの前で菓子パンを食べている間、先輩は隣でジュースを飲んで待ってくれていた。


 空腹は最高のスパイスと言われるように、お昼ご飯抜きだった私は安っぽい菓子パンがとても美味しく感じた。


「なあ月夜見。すごーく変なこと言っていいか?」


「え、嫌ですけど」


「即答かよ!」


 コンビニからの帰り道。

 家の近くまで送ってくれると言うので私は再び先輩の自転車の後ろに乗っていた。


「……なんでしょう。変な話じゃなければ聞きますよ」


「こんな形だったのは本当に申し訳ないけれど、たまたま出会って多少なりとも会話をする仲になったわけだ」


「はぁ……。何が言いたいんですか?」


「他意はないけれど、連絡先教えてくれよ。小遣いもらったらもう少しちゃんとしたものを奢ってやるからさ」


「うわぁ……(ドン引き)」


「なんか心の声出てない!?」


「そんなこと言っていつも女の子と遊んでるんですね」


「すごく警戒されているみたいだけど、安心しろ。僕は普通の優等生だ」


「普通の優等生は自分のことを普通の優等生だなんて言いません」


「え〜。僕はただ可愛い後輩と仲良くなりたいだけなのに」


「出た〜。性欲の塊みたいな発言ですね。獣ですよ獣。けもの先輩」


「ひどくない!? いや、ほんっとに深い意味はないからな!?」


 変な人でも悪い人でもないことは話した感じや真っ直ぐな目を見れば分かる気がする。

 確かに言っていることは怪しいけれど、たぶん、先輩は本当に他意はなく善意で言ってくれているのだろう。


「ふふふ。面白いですね、おたけ先輩」


「何が面白いんだよ」


「いいですよ。可愛い後輩がもう少し面白い先輩に付き合ってあげます」


「可愛い後輩は自分のことを可愛い後輩だなんて言わないんだよ」


「ひどい」


 夕暮れの中、私も先輩も笑っていた。

 そして、私は家の近くまで送ってもらい、結局どちらからというわけでもなく連絡先を交換した。


 この人に好感を持つことはないだろうと思っていたが、いつの間にか、今朝の先輩に対する立腹は収まっていた。

 これが、忘れもしない、私と小竹朔太郎の出会った初日のこと出来事だった。

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