出会い05

 唖然とはまさにこのことである。

 いやまあ、さすがに二人乗りで学校まで送ってもらえるとは思っていなかったにしても、それにしてもだ。


 明らかに困っている女子がそこにいて、「大丈夫?」くらいの声かけがあって然るべきではないだろうか。


 あの薄情者。今度会ったら絶対文句言ってやる。

 というか、学校が終わった後はまたこの道を通って帰るんじゃないか?

 だとするなら話は早い。あの男が帰ってくるまでここで待ってやる。


 よし、と腹を括った私は再び道端に座り込み、時間を潰すためにスマホを取り出した。

 御石みいしさんからの着信が一件入っていた。

 怖すぎる。お家帰りたくない。

 口論になって家を飛び出して、挙げ句の果てに学校サボりましたなんてことがバレたら……。

 想像したくない。


 あの男が私を乗せて学校まで行ってくれればこんなことにはならなかったのに!

 自分勝手な責任転嫁だとはわかっていても、なぜだろうかあの男子生徒のことが腹立たしくて仕方なかった。


 夏前とはいえ、青空の下にずっといるのは体力を消耗する。

 小さな羽虫が頭のまわりを飛んでいるのも不愉快だ。

 あー、早く夕方になって帰ってきてよー。お腹もすいたー。スマホの充電もなくなりそう。

 私のイライラは鰻登りに上昇していった。


 最悪のケース、帰りはこの道を通らない。なんてことはないよね?

 だとするなら、私はなんでこんなところに座っているんだろう。

 はぁ。今日何度目かもわからない溜息がまた漏れる。


 学校が終わる時間になるまでの間、私がこんなところに座り込んでいるものだから、不思議がった農家のおじさんやおばさんが数回声をかけてくれたけれど、薄情なあの男を待っていないといけない私はこの場を一度たりとも離れることはなかった。

 そして、ついに待ち人は現れる。


「……あっ」


 何時間も待った甲斐があった。

 遠距離恋愛中の彼氏と数年ぶりに再開したような気持ちになる。いや、その気持ちわからんけども。


 朝と同じ、自転車に乗って彼は現れた。

 そして、またしても同じように私の前を無言で通り過ぎようとした。ありえなくない?


「私は困っていますよ?」


 若干声を強張らせて言った。

 私の声と同時にぴたりと動きを止め、彼は私の顔をまじまじと見つめた。


「あなたが帰りもここを通ると思って待っていました。この薄情者」


 口を開かない彼に追撃する。


「お腹が空いたんですけど?」


「……弁当派じゃないんだな?」


「やっと口を開いたと思えばなんですかそれ。もっと言うことあるんじゃないですか? というかお弁当派です! 今日は家を飛び出したから持ってこなかっただけなんです!」


 ははは、と彼は苦笑いになる。

 私は私で久しぶりに歳が近い人と話したものだから少し早口気味になってしまった。

 会話をする、という恥ずかしさから頬が熱くなる。

 いや、一日中太陽に照らされていたからなのかもしれない。


「そうかそうか。だったら何か食うか? お詫びじゃないけど、奢ってやるよ」


 キラキラと輝く顔で彼は言った。

 きっと、彼は高校生活という青春を謳歌しているのだろう。

 自信に満ちたというか怖いもの知らずというか、そういう顔に身震いした。

 たぶん、この人に好感を持つことは一生ないだろうと確信した。


「うわ! なんですかいきなりナンパですか!?」


「なんだよ。食わないのか?」


 その言い方がなんだか憎い。


「……食べますけど」


「けど?」


「……その、名前。教えてください。私は月夜見希望つくよみのぞみ、一年です」


 彼は一瞬怯んだような顔をした。

 ああ、月夜見希望というヤバい一年の噂話は上級生にまで行き届いているのか。とすぐに察した。


小竹朔太郎おたけさくたろう。僕は三年だから先輩ってことになるな。よし、何が食いたいか? 言っとくけどあんまり金持ってないぞ」


 先輩はまたキラキラした顔になり、目を細めて笑った。

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