第4話 タバコを吸う『不老不死』の隊長

 誠は司法局実働部隊のライトブルーの制服からTシャツとジーンズに着替えると、終業後に遊びに出かける男子隊員達でごった返す実働部隊男子更衣室を後にした。


 そのまま司法局実働部隊本部の二階の廊下を歩いていると、喫煙所の前を通りかかった。


「帰りかい?」


 誠に声をかけてきたのは、司法局実働部隊の隊長である嵯峨惟基さがこれもと特務大佐だった。その姿は相変わらず隊長らしくは無かった。


 まず、見た目が若すぎた。


 誠は大卒二年目の24歳だが、どう見ても嵯峨は誠と同い年くらいに見える。自称46歳、バツイチ、子持ちだが、そんな風にはとても見えない。しかし、それには理由があった。


 誠や嵯峨、機動部隊長であるちっちゃなクバルカ・ラン中佐は、地球外知的生命体として地球人が遭遇した宇宙人の一つである『遼州人』と呼ばれる種族だった。見た目はどう見ても地球人の東アジア系にしか見えない『遼州人』にはある秘密が隠されていた。


 それは『法術』と呼ばれる力を持つ者もおり、その『法術師』には地球人の科学では理解不能な『力』を持っていることだった。


 司法局実働部隊では誠の知っている限り、誠、嵯峨、そしてランがその『法術師』と呼ばれる存在だった。そして、誠達『法術師』には超能力のようなものが備わっていた。


 様々な能力があるとされている『法術師』だが、嵯峨とランのそれはある意味、科学の存在を疑わしめるとてつもない能力を秘めていた。


 それは『不老不死』だった。


 嵯峨は誠が生まれる二十数年前から誠の実家に出入りしていたが、その姿が全く変わらなかった。書類上は34歳と言うことになっているランに至ってはどう見ても8歳女児にしか見えない。


 そんな訳でどう見ても誠とさほど年齢の変わらない『中年男』、嵯峨惟基が出来上がった。


 嵯峨惟基はいつも通り自分を不思議そうに見つめてくる誠を見ながらゆったりと構えてタバコをくゆらせていた。


 これがいつもの誠の見かける嵯峨の終業後の姿だった。


「いつも暇そうですね」


 誠はきついタバコの匂いに閉口しながら、隊長である嵯峨に嫌味を言ってみた。


「言うねえ……まあ、おまえさんにはそう言う権利があるか。まあ、息抜き。部下の顔色を見るのも隊長のお仕事だから」


 嵯峨はそう言って誠の嫌味を受け流した。


「そう言えば、うち以外に法術関係の捜査の専任機関として『法術特捜』とか言う組織ができるんですよね、隊長の娘さんが仕切って……」


「らしいね」


 誠のとりあえず言ってみた話題に嵯峨は素っ気なくそう答えた。


「らしいって……うちの部隊と対をなす組織の上に、隊長の娘さんがそのトップになるかもしれないんですよ!」


「俺は前からそんな組織が必要になるってさんざん上申してたんだから。遼州同盟のお偉いさんが重い腰を上げただけだから、連中の考えそうなことはすべてお見通しだよ。それに茜の件ならアイツはおまえさんより二つ上、26だ。大人だよ。俺に小遣いをやって更生させようとしているくらいだもの。俺なんかがどうこう言う話じゃないんじゃないかな」


 相変わらず嵯峨はのらりくらりと誠の詰問を受け流す。


 話題に詰まった誠を嵯峨は嫌らしい笑みを浮かべつつ見上げた。


「それより、お前さんは茜の顔を知らないんじゃないの?アイツは久しくお前さんの家には行ってないはずだから……俺はしょっちゅう通ってたけど……ああ、ちょっと待って」


 嵯峨はそう言うと通信タブレットをズボンのポケットから取り出していじり始めた。


「なんですか?美人だって自慢したいんですか?」


 さすがにおもちゃにされている自覚はあるので、誠は少し腹を立てながらそう言ってふくれっ面をした。


「はい、これ」


 通信タブレットを手にした嵯峨はその画面を誠に向けた。


 そこには長い金髪の美女が映っていた。鼻筋が通ったヨーロッパ系の面差しはどう見てもアジア系に見える嵯峨とは異なって見えた。


「綺麗な方ですね……でも……ちょっと遼州人ぽく無いですね。失礼ですけど……隊長の奥さんって『ガイジン』ですか?」


 無遠慮にタバコをくゆらせる嵯峨に、誠は聞いてはいけないことなのかもしれないと思いながら遠慮がちにそう言った。


 その言葉に嵯峨は特に気にする様子もなく素直にうなづいた。


「そだよ。ベルルカンの貴族の出だから。本人も自分を『騎士』だって言ってるし……まあそっちに似たんだわな、見た目は」


「騎士ですか……」


 誠は貴族のことはよくわからないのでただ呆然ぼうぜんと嵯峨の言葉を繰り返すだけだった。


「なに?俺のかみさんはゲルパルト帝国出身のドイツ系だもの。当然、金髪ってこともあり得るわな」


 嵯峨はそう言ってにやけてみせる。


「でも……隊長の……結婚……」


 究極の『駄目人間』の嵯峨が結婚していたことにさえ不自然に感じる誠にとって、嵯峨の亡くなった妻が『金髪美女』であることは想像できることでは無かった。


「いいよ……おまえさんに俺のプライバシーを語るだけ無意味なのは分かってるから。それより、遅くともこいつが来月にはうちに通うことになるから」


 嵯峨はそう言ってにやりと笑ってみせる。


「えっ!!この人、うちに来るんですか?」


 正直うれしかったが、そう言うと嵯峨にさらに罠にはめられると思って誠は驚きの表情を控えて嵯峨にそう言いかけた。


「まあ、常勤じゃねえけどさ。例の司法局の法術対策班の『法術特捜部』ってのができるんだわ。警察軍事実働部隊の『特殊部隊』であるうちとは連絡を密にする必要があるんだと。まあ、どうせ『法術特捜』にあてがわれる法術師なんざ数も質もあてにならないだろうからな。実質、俺やランや『かの有名な近藤事件』の勇者であるお前さんに助けを求めることもあるだろうと……上の連中もなかなか考えてるよ」


 そう言う嵯峨の口調は誠にはどこか誇らしげに見えた。


「でも……僕より二つ上で……そんな組織のトップをやるなんて……凄いですね」


 誠は正直に嵯峨を持ち上げるつもりでそう言ってみた。


「そりゃあ、官僚組織の『キャリア』で、『司法試験』合格者だもん。警視正で軍で言えば中隊規模の組織のトップなんて普通じゃないの?」


「『キャリア』!『司法試験』合格者!」


 ひっくり返るような声で誠はそう叫んだ。『司法試験』はここ、『東和共和国』では最難関の資格試験だった。十年浪人など当たり前、一生受け続ける人もいる『弁護士』や『検事』になるための必須試験である。


「ああ、十六歳で司法試験に受かった時には新聞に載ったな。あいつは俺に似て頭が良いから。見てくれはかみさん似で、中身は俺に似たわけ。俺も司法試験通って弁護士の資格は取ってるけど……まあ、その弁護士事務所を食えるような仕組みにしたのは茜だけどね」


 次々ととんでもないことを言い放つ嵯峨に誠はあんぐりと口を開いたまま見つめ続けるほかにしようがなかった。


「まあ……苦労すると思うよ、お前さんは。俺と似て頼りにならない感じだもん」


「僕は隊長とは似ていません!」


 部隊長の嵯峨の言葉に、正直誠は反発していた。


 嵯峨はゴミだらけの部隊長室をはじめとする、『駄目人間』を代表するような男である。


 誠の部屋は嵯峨の惨状に比べればかなりましだった。


「そう言えば……隊長は小遣いを茜さんから貰ってるんでしたっけ?」


 せめてもの反撃として誠はそう切り出した。


「そうだよ……俺は資金面での計画性は茜に任せっぱなしだから。あんまりね……」


 嵯峨の言葉に誠はやはりと思いながらタバコをくゆらせる嵯峨を見つめていた。

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