終業後の『特殊な部隊』

第3話 公文書偽造と飲み会

 夕方。終業時間を迎えた誠は、まだ提出が終わっていない前回の出動のレポートの手を止めて伸びをした。


「神前!あがっていいぞ。アタシも今日は帰るわ」


 機動部隊長の大きな机に座っているちっちゃな幼女、『偉大なる中佐殿』と隊では呼ばれているクバルカ・ラン中佐がそう言いながら立ち上がった。


「『近藤事件』の報告書……出さなくていいんですか?もう例の事件から一週間になりますけど……」


 そう言って再びキーボードに手を伸ばそうとする誠だった。


 しかし、誠が不意に向けた視線の先に、小隊長カウラ・ベルガー大尉は珍しく柔らかい笑みを浮かべているのが見えた。


「いいんだ、このところの報道を見てみろ。『法術』と言う超能力が遼州人に備わっているということで大混乱だ。遼州同盟は隊長経由で今回の貴様の法術発動を知っていたが、同盟加盟国や地球圏などは我々と接触を取りたくて仕方がないらしい……」 


「でも、それならなおのこと僕の報告書が必要なんじゃないですか!」


 カウラの言葉に今一つ納得できない誠はそう反論した。


「そんなことは分かってんだよ、叔父貴も。正規の報告書はすでに叔父貴が代筆して提出済みだ。オメエのは内部的な書類として処理されるだけ。いつまでだっていいんだよ、そんなの」


 カウラの正面に座っている西園寺かなめ大尉はそう言って薄ら笑いを浮かべていた。


「そんな!公文書偽造じゃないですか!僕は嫌ですよ!そんなの!」


 社会的な常識に疎い誠でも『公文書偽造』と言う言葉は知っている。誠の自筆の報告書として上層部に出されたそれの内容を誠が知らなければ問題になることくらい誠にも分かった。


 うろたえている誠の隣まで来た帰り支度のランはほほ笑みながら彼の肩を叩いた。


「心配すんじゃねーよ。オメーは所詮下士官の下っ端だからな。アタシ等が全責任を負うって言ってんだから、気にすんな」


 8歳女児のようなちっちゃな顔に笑みを浮かべるとランは部屋を出て行った。


「本当に……いいんですか?」


 誠は部隊長、嵯峨惟基の姪に当たるかなめに目を向けた。


「いいんだよ、それが軍事警察ってもんだ。政治家連中向けのヤバい案件とか……一兵卒の関知するところじゃねえだろ?全責任は叔父貴が取るって言ってるんだから……安心しろよ」


 そう言って笑うかなめを見ながら、誠はしょうがないというように目の前のモニターの電源を落とした。


「それより、神前。オメエはアタシの『下僕』だよな」


 女王様気質で遼州外惑星系第四惑星を構成する『大正ロマンあふれる国』、甲武国の名家の当主でもあるかなめは、いつも誠を『下僕』と呼んだ。


 甲武国の宰相令嬢であり、直接確認はしてはいないものの自身も高位の貴族らしい彼女にとって、この東和共和国の庶民の出である誠は『下々の出』の当たり前の青年にすぎなかった。


「いい加減『下僕』扱いはやめてくれませんか?一応、市民なんで」


 誠はそう言って反論するが、かなめは脇に吊るしたホルスターの中の愛銃『スプリングフィールドXDM40』を撫でながらにこにこと笑っている。


「そんなこと関係ねえんだよ!オメエは気に入ったからアタシの『下僕』にしたんだ!光栄だろ?甲武の貴族主義者の士族の連中なら飛び上がって喜ぶぞ」


 かなめは誠の意思とは関係なく笑っている。


「僕は……嫌です。それより、何か用があるんじゃないですか?」


 そう言って誠は『下僕』の話題から離れようとした。


「実は……」


「飲みに行くぞ」


 かなめが話始めようとしたところで、今度は小隊長のカウラ・ベルガー大尉が声をかけてきた。


「飲み会ですか?先週も行ったじゃないですか……」


 エメラルドグリーンのポニーテールが似合う長身の女性のカウラは、全く酒が飲めないくせに飲み会の雰囲気が好きなタイプだった。


「そんなもん、今度の海に行くことについて話し合うに決まってんだろ!今回はアタシとカウラ、それにアメリアだけだ。島田達やサラ達はなんでもカラオケに行くらしいからな。アタシ等が遊びに行かなくてどうするんだよ!」


 上機嫌のかなめはたれ目を光らせながら、意味の分からない理屈をこねる。


 誠はかなめに逆らうといつも彼女の愛銃の銃口を向けられるので、ここは黙ってうなづいた。


「分かりました……でも、今日は僕は寮からバイクで来てるんで……」


「大丈夫だ。貴様は私の『ハコスカ』で送ってやる。明日の朝は寮長の島田のバイクの後ろに乗ってくればいい。決まりだな」


 なんとか言い逃れをしようとした誠だが、カウラは笑顔で誠の逃げ道を封じた。


「ふう……」


 いつものように誠は女性上司達の気まぐれに付き合わされる。自分が彼女達の色気に騙されていることは十分承知だが、久しく彼女のいない誠はただ苦笑いを浮かべてそれに付き合うより他の道を知らなかった。


「じゃあ、着替えてきますんで」


 それだけ言って誠は機動部隊詰め所を後にした。

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