公衆電話
龍鳥
公衆電話
公衆電話とは、様々な人が利用できる公共の電話機である。
某電力会社からの電力の供給を受けているため、停電時でも電話をかけることができる。また、災害時の時でも通信が混み合い、通信制限が設けられても公衆電話は対象外なため、優先的に使用できる。携帯電話の普及により、設置の数は毎年と減少傾向にあり、その数は2021年だと、全国で14万台となっている。
「もしもし、聴こえますか」
僕は、公衆電話で昔に別れた恋人に電話をかけている。
付き合った理由は…忘れた。そもそも、恋焦がれるような関係でもなかったし、お互いに気が合う趣味もなかった。僕たちは縁がないのに、付き合ったのだ。
「どうしたの、突然?」
数秒で返答が来た。公衆電話から携帯電話へ繋げると、非通知設定になっているから、怪しい勧誘と勘違いされるかと心配していたが、杞憂だった。
「僕たちの関係、覚えてる?」
こんなに静かに会話したのは、何年振りだろう。
僕たちの間には、何もなかった筈なのに、出鱈目な夢を追いかけてたように恋をしていた。傷つけることもなく、ポケットでお互い手を入れ合うこともない暖かさは、彼女には無かった。
「もう一度、付き合い直さないか」
だから、このセリフを言うのはおかしい。僕は何人もの女性と付き合ったことがないのに何故、彼女と付き合う気持ちが生まれたのか。
深夜にいる公衆電話は、僕の気持ちを暗くしている。車も通らない、街灯にポツンと照らしてる空間は、誰かの心のオアシスとなっていると言いたい主張があるかのようだ。
「なによ、突然。どうしたの?」
「どうもしない。君に会いたくなったのさ」
「私たち、なにもなかったじゃない」
「そうだけど、今になって思うと、僕たちの関係は悪くなかったと思うんだ」
「そう?デートして何回か話かけても、空返事ばかりしてたじゃないのよ、あなた」
「あの頃は、若気の至りというやつだと、許してくれ」
「勝手すぎるわよ」
怒ったように、笑ったように混じった彼女の声が、癒されていく。君の顔を見るとどんな宝石よりも輝いていると、照れくさい台詞を今では言える。
でも、どうして彼女に公衆電話で電話をかけようと思ったのか、僕の精神は未だに理解できなかった。
「ねえ、どうしてもう一度、付き合おうと思ったの?」
わからない。そう言おうとしても、喉から言葉にできない。その言葉だけ、口が裂けても禁じられているような気がした。僕は電話の追加料金を払うため10円を、もう一枚と入れる。
「君のことを思い出したからさ。そしたら、急に懐かしくなってね」
「じゃあ、会っても思い出話にしかならないわ」
「それでも、君に会いたいんだ」
「…あなた、気付いてる?さっきから私と付き合いたい理由が一つも言ってないわ」
僕の手には血が付いているか?いや、幽霊でもない。
僕の体は透けているか?なら成仏もしていない。
僕は死んでいるのか?しっかりと地に足をついている。
なら、公衆電話のせいだ。この公衆電話が僕の記憶を呼び覚まして…僕は何を言っているんだ。
「単刀直入に言おう、僕は君が好きなのだ」
「だから!あなたが言ってることが、わからないわ!どうして私の質問に答えないの!」
「君が好きだ」
「もういい加減にして!!」
***
ガチャ、と電話を切られた。彼女を声を聞くことは、二度とないだろう。
僕は翌朝、ここを撤去される。だから最後に、大切だったあの人たちに電話をかけている。
僕のことを忘れても、僕から聴かされた声は、この場所で覚えている。
初恋の電話、会社への電話、事故への電話、最後に故郷を別れるときの電話。
でも、想いという概念は、何年を経っていく内の劣化するものだ。
僕は公衆電話。ただいま、人々の残留思念から着信中。
公衆電話 龍鳥 @RyuChou
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