ココロの深いトコロでLOVE判定


 体を揺すられる感覚で目を覚ました。


「――ズサ! ねえ、カズサってば!」


 高すぎず低すぎず、耳に心地よい声。これだけで好みの人だって分かる。

 声の方に目を向けると、鎖骨辺りまで伸びたあでやかな黒髪、くりっとした薄茶色の瞳に、厚めの唇が印象的な女性がいた。

 その姿を見た途端、全身に鳥肌が立って、体の中心から喜びが溢れ出す。

 ああ、思った通り最高の女性だ。


 でも……ここはどこだろう?

 窓の外には白い砂浜の海岸が広がっている。周囲を見回すとテーブルとイス、それと人。コーヒーの香りが鼻をくすぐり、どうやらカフェらしいと理解した。今さっきまで誰かに何かを必死に訴えていた気がするのに。

 うっすら浮かぶ記憶と現状に繋がりが見出せなくてモヤっとする。


「もう! デート中にぼーっとして!」

「……でーと?」

「そうだよ、久しぶりのデート!」


 確かに一緒のテーブルにいる彼女は好みど真ん中。けれど、彼女の名前は分からない。

 なのにデートなんて、一体どういうことだ? まさか記憶喪失?

 私は恐る恐る口を開いた。


「あの……あなたの名前って……」

「は!? テルミでしょ!?」


 テルミという名前を口の中で転がしてみる。すると、頭の霧が晴れていき、彼女のと思い出がせきを切ったように浮かんできた。


 テルミとの出会い。

 恋に落ちた瞬間。

 告白した時の緊張感。


 どれも鮮やかな色彩と感情を伴ったもので、紛れもなく自分の思い出だと思えた。


「あ、ああ、ごめん。何だか頭が働かなくて」

「だから昨日、早く寝てって言ったのに!」

 頬を少し膨らませ、上気したテルミもまた可愛かった。


「そんな酷いカズサには、お仕置きしちゃうんだから!」


 白昼堂々はくちゅうどうどう、カフェの客もいるのに、テルミの顔がゆっくり近づいてきた。蜂蜜みたいなローズの匂いがふわりと香る。

 こんな仕打ちならいいか、と甘んじて受け入れようと目を閉じた時。

 電撃のように痛烈に、脳裏にある女性が浮かんで離れない。テルミよりもタイプじゃないのに、その顔を見ているだけで、なぜだか心が温まる。

 私はテルミと付き合ってるんじゃなかった? 一番好きなのはテルミなんじゃないの?

 酷く頭が混乱する。

 だけど、本能的にこれだけは分かった。私はテルミよりも好きな女性が、いる。このまま流されてはいけない。

 私は両手を前に出してテルミの顔を受け止めた。


「待って! あの、何だか急に……テルミじゃない女性が頭に浮かんで、離れなくて……きっと、その人のこと、好きで……だから、ごめん!」

「ホントあなたって、最低ッ!」


 テルミから強烈な一撃を左頬に食らい、目の前が真っ暗になった。



 テルミに殴られた痛みを感じながら目を開けると、そこには海潮うしおエーコの姿があった。

「上出来ね」

 夢からめたばかりの朦朧もうろうとしたまま上体を起こす。

 白一色の広い部屋に、私の座るベッドが一台。その近くに数台のモニター。その機械と、私の身体に付いている電極コードが繋がっている。


 そうだ、全部思い出した。


 私はエーコに浮気を疑われて、必死に無実を訴えていたのだった。

 彼女を怒らせると開発中装置の実験体第一号にされることが多く、何度か死にかけた。今回も同じで、安全かどうかも分からない装置にぶち込まれたのだった。


「あなたはテルミになびかなかった。よって、カズサは無実ね」

 エーコは満足そうに笑っている。どうやら浮気の疑いは晴れたようだ。


「お陰さまで、この深層系浮気判定システム《テルミ七世》の安全性が確認され、大規模実験に移れるわ。それと――」

 耳元にエーコが近づく。

「嬉しかった。あんなにも深く、私のことを想ってくれて」

「も、もちろんだよ。私が好きなのは海潮エーコ、ただ一人」

 微笑みながらエーコは部屋を出ていった。


 私は急いでスマホを取り出し、メッセージを送る。

 送信先は《テルミ七世》で思い浮かんだ、私の心を深くとらえて離さない女性。


【いそがしくて しばらくあえない ごめん カズサ】


 ようやく生きた心地がして、息を吐きながら全身の力を抜いた。

 浮気判断システムに欠陥があることは、心の奥深くに沈めた、私だけの秘密だ。

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